矛盾する言動
「……と、いうわけだ」
食事中俺はセシルの屋敷に住まわせてもらった経緯をフレッドへ述べる。理由としては勇者の試練以降仕事で出くわしたため。で、現在は闘技大会で腕を磨くということにして、セシルとこの街でばったり出会い、色々な縁があるということで住まわせてもらっている、という感じで説明。
「へえ……縁というのはどういう風に繋がるのかわからないものだな」
神妙な面持ちでフレッドは言う。疑ってはいないようだ。
「けどまあ、宿代かかっていない上、屋敷暮らしで至れり尽くせりなわけだな」
「ああ。もし宿に困っているなら、こっちに来ないか? セシルなら承諾すると思うんだけど」
「俺を……?」
「ああ。たぶん反応すると思うよ。何せ、フレッドが見せた力に興味津々だったみたいだし」
そう告げると、フレッドは首をすくめた。
「……斬られないよな?」
「俺が無事なんだし大丈夫だよ。屋敷の中ではおとなしいし」
「……それもそうか。なら、懐もさみしいところだし甘えさせてもらうかな」
フレッドはあっさりと了承――この時点で、やはり彼は事情を知らないのだと認識する。ヘクトという人物がどういった意図があってフレッドに力を与えたのか今の所不明だが、少なくとも目の前の彼が英雄シュウや魔王の存在を知っている可能性は低い。
こうなると捕縛することがなんだか不憫に思えてしまうのだが……万が一という可能性はあるし、実際魔族の力は生じさせているのだ。実行するしかない。
「それじゃあ食べ終えた後行くことにしようか」
俺の提案にフレッドは頷く……少しばかり罪悪感を感じたりもしたが、俺は心を押し殺し食事を続けた。
店を出た時ジオやルーティと合流し、五人でセシルの屋敷へ向かうこととなった。
二人に関する説明としては、ここで知り合った闘士ということにしてある。フレッドも騎士の人相までは憶えていないのか、観戦していたにも関わらずとりあえずバレているような気配はなく、ジオの先導に従い彼らと談笑を行っている。
予定通り、所定の位置までは誘導することができそうだ……また、この時点でもしフレッドにシュウの一派が絡んでいるのなら、魔族の力を持った人物が追って来ていてもおかしくないのだが――
「フィクハ、気配は?」
「……ない」
首を振る彼女。本来なら策が順調に進行しているため喜ぶべきなのだが、彼女の顔は曇っている。
「フレッドと接触する前に言った問題か?」
「うん……あの時点で、私は一つ穴があると思った」
「穴?」
前を歩くフレッドに気取られないように聞き返す。
「私がどんな風に魔法を使ったかというと……有り体に言えば人間と魔族の魔力というのはかなりの違いがある。それを見分けることにしたんだけど……」
「それなら敵がいたら気付くんじゃないか?」
「そう……本来は、ね」
どういうことだ……? 首を傾げると、フィクハからの説明が来た。
「フレッドが店に現れた時、彼自身にも魔族の力が感じ取れなかった……ここで私は気付いたのよ。つまり、彼自身は魔の力を身に宿しているわけじゃない」
「となると、魔石の力というのは間違いないわけか……?」
「そうなる。だからこそ、私達のことを追っている人間がいる可能性も――」
考える間に、俺達はセシルの屋敷へ続く道へと出た。なおかつここは人通りもほとんどなく、店なども皆無に近い上周囲は大きな屋敷があり、少々派手に動いても街まで波及する可能性が低い。
――だからこそ、フレッド捕縛の際、ここが選ばれたというわけだ。
「……フレッド」
所定の位置に辿り着いた時、俺は前を歩くフレッドに呼び掛けた。
「ん?」
彼はジオ達との談笑を中断し、同時にジオやルーティは一歩彼から離れる。
フレッドは気付いていないかもしれないが……道の周囲には植えられた木々なんかも存在し、その陰に人が隠れていたりする。なおかつ俺やジオが位置的に彼を取り囲むようになっている……これで、フレッドが逃げ出そうとしても捕縛できる準備は整った。
しかし、一つだけ訊いておかなければならないことがある……本来は捕縛してから尋ねるべきだと思うのだが、実行したらしたで話さなくなってしまうかもしれない。だから、俺は捕縛する前に口を開いた。
「一つ訊きたいことがある」
「改まってどうした?」
「実はさ……フレッドの試合が終わった後、俺は会いに行こうと思って控室まで行ったんだ」
オルバンと戦った後のことを質問しようと思った結果、こういう切り口で話をすることにした。
「そしたら既にフレッドはいなくて……なおかつ、周囲の人に訊いてみたら通りがかった人もいなかったという話だった。何か魔法でも使ったのか?」
「……んー?」
すると、今度はフレッドが首を傾げた。その顔は俺の質問を理解できない、という感じのもの。
「ちょっと待て、魔法ってどういうことだ?」
「え? いや、俺は戦いが終わった後すぐに行ったんだ。けど控室からあっさりと去って、しかもその姿を廊下で見た人間は――」
「俺は普通に控室から出て、観戦席に行っただけだぞ?」
……嘘を言っているようには見えない。だけど消えたのは確固たる事実であり、
「――そういえば、リリンも言っていたな。そそくさと帰ったと。そんなに急ぎの用があったのか?」
少し話の矛先を変えて俺は告げる。すると彼は、
「……リリン? 控室に戻った時、誰もいなかったぞ?」
――その言葉を聞いて、俺は明確な違和感を胸中に抱いた。
気付いていないはずがない……というより、フレッドは間違いなくリリンと会っているはずであり、ましてや俺だって控室でリリンと会っている。彼女自身もフレッドのことを証言していた以上、会話はなくとも「誰もいない」などという返答をするはずがない。
となれば、どういうことなのか……そこで俺は、また別の角度から質問を行った。
「それじゃあ別のことを訊きたいんだけど、試合が終わってから誰もいない控室を出て観戦席へと行ったんだな?」
「ああ、そうだ」
「その道中、誰か知り合いに会ったか?」
「いや、何も……変なことを訊くんだな? どうしたんだ?」
彼の顔は一点の曇りもない……態度から演技をしているとも思えないし、嘘をつく理由だってない。周囲に人がいることに気付けば彼だって不審に思うだろうし、警戒するはずであり――
「俺は試合が終わった後すぐ観戦席に行った。そして昼まで観戦し続けたんだが……何か、あるのか?」
「……そうか」
俺は相槌を打ち――もしや、記憶を改ざんされているのではと思った。
シュウが施したことなのかはわからないが……力を使った結果、誰かが来る前にフレッドを逃がした……そして、彼にはその記憶が抜け落ちているのではないか。
現時点でその可能性を立証できる情報が無いため、推測しかできないのだが……どうやらフレッドが魔族の力を用いていたという簡単な事情ではなく、詳しく調べる必要がありそうだ。
俺はフレッドの後方にいるジオへ目を向ける。彼は黙ったまま小さく頷いた。
この場で「お願いします」と言えば、ジオ達がフレッドを捕縛する手筈となっている。その声を発する寸前、俺は再度フレッドと目を合わせた。
「どうした?」
不思議そうな顔をする彼。先ほどの質問は怪しんでもおかしくなかったが、彼は一切疑いの無い眼差しを向けている。
そうした彼に対し、忍びない思いとなったのだが――俺は、事件解決のためと思いながら声を放とうとして、
「……待て」
ジオの声――同時に、俺は背後から気配を感じ取った。




