覇者の交戦
広間に戻った時、フィクハの口からノディは大丈夫だと説明し、いよいよ午前最後の試合が始まる実況の声を耳にした。
それに合わせ闘技場を見ると、先んじてセシルが登場する……純白のサーコートは異様なほど闘技場に映え、熱狂が包むことによってその姿を神格化させているかのよう。
その声の中でジオが出現――セシルと競い合うように鎧は以前と同様純白で、さらに彼の場合は縛ってある銀髪までが太陽によってキラキラと輝いている。
兜を含め顔の部分以外を全て覆っている彼だが……足取りはしっかりとしており、なおかつ風格も十分だった。
「あんたを倒せば、僕はルファイズ王国騎士団の面子全てに勝てる、ということでいいのかい?」
向かい合った時、挑発的にセシルが尋ねる。
「……私が一番などと言う気はないが、少なくとも頂点に近くなるのは間違いないだろう」
「そうか。なら、気合を入れないとね」
セシルはゆっくりと二振りの剣を引きぬく。一方のジオも腰から剣を抜き、両手で握り構える。
その時だった――会場は静まり始めていたのだが、突如ざわざわとし始める。
「さすが、闘技の都ね。遠目でも気付く人がいるか」
ロサナが感心するように言った……リデスの剣のことだと認識しつつ、俺は彼女に言う。
「あれって、そんなに目立つような装飾はないけど」
「リデスはこの闘技場ではアレスよりも絶対視されていたから、剣の形状を憶えている人がいたってことでしょう……レプリカなどという可能性も否定できないわけだけど、他ならぬ覇者のセシルが持っている以上、本物だと観客は考えたのかもしれない――」
「それを持ち出してくるということは、それなりに評価されているということか?」
ロサナが解説する間にジオが問う。するとセシルは、
「……聖剣護衛の時のことはレンから聞いている。おそらくあの時、僕があの場にいても何もできなかっただろう」
自らを戒めるように、セシルは言う。
「それを自覚し……なおかつ、僕は英雄リデスの剣所有者として、壁を超え大きな差があったはずのあなたと、勝負をしに来た」
「総力戦というわけか……負けた時、観客は失望するのではないか?」
「負けないさ。全力を出しあんたに勝つ」
「……自信は、揺るがないということか」
ジオがどこか納得したように声を上げた――直後、戦闘開始の声が闘技場内に響く。
次の瞬間、仕掛けたのはジオ――セシルへ飛び込むように迫り、鋭い剣閃を放つ――!
セシルはそれをリデスの剣で防ぎ――反撃。左の剣でジオを狙う。しかし、
ジオの反応は早く、リデスの剣を上手に捌くと左の剣もまた防いだ。
速い――セシルの剣速もかなりのものだが、ジオの動きはそれよりも……?
「現時点で速さは互角……おそらくこれは、技術の差だ」
そこでリュハンが解説を行う。
「まだ様子見の段階と言えるが、最初の攻防を見て感じたのは、ジオの動きがひどく洗練されて見えること……技量面ではまだジオが上だと見ていいだろう……セシルはまだ、粗削りだ」
「その差が、あの剣速の違いに?」
こちらが問うと、リュハンは首肯。
「動きに無駄がないために、ジオは対応できているわけだ……本質的な速度もおそらく、互角くらいだろう。けれど技術の差によって、セシルの双剣をジオは捌ける」
――その時、一際大きな金属音。見ると、セシルの双剣をジオが勢いよく弾き、あまつさえ僅かに後退させる光景。
「ジオは基本両手で剣を扱っている。当然その方が力も大きく、防がれてしまえばセシルは体勢を崩す。なおかつ攻撃速度が互角か、一歩上だとすると……セシルは得意分野で不利な状況になっているということに他ならない」
リュハンの説明はなおも続く……その言葉はセシルにネガティブなものばかり。
「さすが、ルファイズ王国精鋭といったところかな?」
けれどセシルは陽気に告げつつ一歩後退。ジオは無理に仕掛けようとせず構え直す……これは、やりにくいな。
会場もまた、覇者の苦戦にざわつく……が、それもすぐに歓声と応援の声に変わる。
「ここでセシルが負ければ、多くの人が失望するだろうな」
リュハンがさらに言って……それに同調したのは、グレン。
「騎士が闘士に負ける……訓練などの質を考えればこの構図は至って当然なのかもしれない。しかし戦っているのは覇者セシルだ。もしあいつが負けたとなれば……闘士そのものが騎士に劣るという証明に他ならない。その衝撃は、観客にとって大きいだろう」
となると、セシルは――僅かながら不安を覚えた時、セシルが仕掛ける。
先ほどよりも明らかに速い――が、それによって加えられた斬撃を、ジオは平然と叩き落す。手数で有利なはずの彼だが、それでも剣が到達しない。
「つくづく、厄介な相手だ……!」
どこか楽しむように――セシルは吠え、さらに前進。するとさらに攻撃の勢いが増し、防ぎ切っていたジオが一歩後退。
そして――セシルの剣が一太刀、ジオの鎧に入った。
刹那、歓声が轟く……が、セシルはすぐさま一歩下がる。
「剣の速度はほぼ互角な上に、当ててもそれを越さないといけない」
俺もすぐに理解した。彼の鎧だ。
「どうやら、相当強力なやつみたいだね」
「魔族達に対抗するために開発した。ルファイズ王国考案の防具だ」
ジオは言うと、一度軽く素振りをした。
「見た目とは裏腹に、かなりの軽量化も施している……今回の闘技大会でテストしてくれと言われ、身に着けた次第だ」
「その速さは鎧の軽量化も関係しているというわけか……動きで翻弄できればと考えていたのだけど、甘かったようだね」
セシルは歎息。けれど声音はやはりどこか楽しんでいるよう。
「ま、だからこそ戦い甲斐のある相手だ」
「そう悠長にしていていいのか?」
ジオは戦闘態勢に入りつつ問う。セシルは、当然とばかりに頷いた。
「まだまだ足りないことが今の攻防でわかった……けれど、それでも勝つのは僕だ!」
絶対の自信と共にセシルは走る。真正面からの、ジオと打ち合うべく進む彼――本当に、勝てるのか?
考える間に双方の剣戟が交錯。ジオは身じろぎせずセシルの剣を受け切ったのだが――
「……やはり、一筋縄ではいかないか」
呟いた……今の激突で、何かわかったのか?
「ねえリュハン。セシルのことについては何か知っている?」
そこで、ふいにロサナが言葉を漏らした。
「私はセシルについてはほとんど指導もしなかったけど……」
「こちらも詳しくは知らない。そもそも彼の剣の師はナーゲンだ。私が口を挟む必要もない」
「でも、ナーゲンから何か聞いているんでしょう? セシルがジオやルルーナに対抗する手立てが」
会話が続けられる間に、闘技場ではセシルが押し始める。見ると二振りの剣が次第に鋭さを増し、ジオに剣を当てていく――
「どうも、騎士ジオは完全に防げないと認識し、わざと剣を防がずにいるな」
そこで声を発したのは、グレンだった。
「鎧の防御能力が高いため、問題が無ければ鎧で受け切るようにしている……おそらく防御しなかった剣を、反撃に回すためだろうな」
「そう。見た目押しているけど、セシルに決定打がないのは確定的」
ロサナが言う。そして再度リュハンに問うた。
「どうせここで言わなくても誰かが話すと思うけど?」
「……わかった。私の知っていることを話そう」
リュハンが言う……その眼差しはセシルに向けられ、
「私が知っているのはたった一つ……ナーゲンが、セシルに何を伝えたか、だ」
解説した、次の瞬間――
セシルの剣がとうとうジオの剣を大きく弾き、左手の斬撃がしかと鎧に入った。




