それぞれの方針
多少時間が経過した後、午前最後の試合……ミーシャの戦いが始まる。とはいえ終始体術のみを使用し相手を翻弄しただけで、俺は何も掴めなかった。
「……魔法すら使わないんだよな。あの相手では必要ないってことか?」
試合がミーシャの勝利で終わり、潮が引き始めたように観客が外へ出始めた時、俺はふと呟いた。
「それもあるけど、手の内を晒さないようにしているということもあるだろうね」
俺の横に来て座っているフィクハが告げる……顔は、いまだ緊張を帯びたままだ。
「結局情報無しで戦闘することになるのか……ま、これも敵の策だろうし、私がどうにかやるしかないか」
「そのセリフだと……捨て石になる感じになっちゃうけど……」
「負けるつもりはないよ、一片たりとも……けどまあ、私が最初に戦うわけだし、色々考えないといけないわけで」
「シュウさん達は、私やフィクハさんに対しミーシャさんが勝てると考えたのでしょうか……」
リミナが言う。それにフィクハは肩をすくめた。
「どうだろうね……けど、ミーシャが何かしら対策を施しているとなると、おそらくアクアさんに対してもそうだろうし……早い内に倒しておくべき相手ではある」
「その前に、私はオルバンさんに勝たないといけないわけですけど……」
「そうね。手の抜ける相手ではないし、全力をぶつけなよ」
フィクハは言うと、席を立ち先んじて部屋を出ようと歩き出す。
「結果もわかったし、私はこれから訓練に勤しむよ」
「明日以降の対戦は?」
「私が必要なものは見たし……主要な出場者も大体手尽くしたでしょ? なら、後は次の試合まで訓練する方を選ぶよ」
「なら、僕もそうしようかな」
続いて声を発したのはセシル。
「残っている中で目立った人物は……午後一番に始まるグレンと、今日最後の試合で登場するアクア。明日以降のラキとマクロイドくらいしかいないしね」
「……後はそれだけか?」
俺は呟き、テーブルに置いてあるトーナメント表を手に取った。
「明日以降は……確かに、見覚えの無い名前が続くな」
「ベルファトラスで有名な人はいるけどね……ま、Cブロックはラキかルルーナの側近であるコレイズ。そしてDブロックはマクロイドが勝ち上がるのは確定的だし、見なくてもいいんじゃないかな」
「……一応、俺としてはラキの戦いを観るべきかな」
後は午後から始まるグレンとアクアの試合か……どちらにしろ俺はひたすら腕輪を使った訓練しかできないわけだし、観戦するか。
「私は午後からだな。ここで軽めの昼食でもとって、待つことにしよう」
そこでグレンが言う。するとセシルが彼に口を開いた。
「ずいぶん余裕だね」
「相手は戦った経験のある相手だからな」
グレンはさっぱりとした口調で応じる。
「油断していると足元すくわれるよ?」
「油断しているつもりはない。心配するな」
グレンは答えるとアキやリミナを一瞥する。
「残りの面々はどうする?」
「……私も、オルバンさんの対策をしようかと」
手を上げつつリミナが言うと、今度はロサナが提案した。
「なら、私が少しばかり指導してあげるわ……それとさっきのミーシャにおける戦いで少し思いついたこともあるし、フィクハにも色々教えようか」
……体術だけの攻防で、か。物の見方が違うんだろうなと思っていると、リミナとフィクハは同時に首肯した。
残るはアキだが、彼女はこの場に残る決断を下す。そうして全員方針が決まり、各々動き出した。
「アキは、いいのか?」
俺は椅子に座り頑として動かないアキへ問い掛ける。
「エンスとの試合なわけだけど……」
「私なりに考えていることがあるから心配いらないわよ……前日くらいになったら、少しくらいは訓練する」
「そっか……」
「そっちは、間に合いそう?」
「わからないな……けどリーダーである以上、負けてはいられないよな」
「その意気」
アキがそんな風に語った時、部屋にノックの音。呼び掛けると侍女が訪れる。昼間ということでルームサービスを聞きに来たのだろう。
とりあえずサンドイッチなんかを適当に注文しつつ、グレンも俺達のテーブルに移動し、あまりなかった取り合わせで会話を始める。
「まだ大会は始まったばかりだが、やはり敵の動きが読めないため不気味だな」
口を開いたのはグレン。俺は小さく頷きつつ、同意の言葉を示す。
「それに、フレッドという懸念まで出始めた……状況的には、なんだか悪くなっていくばかりのような気も……」
「そう否定的に捉えなくても良いだろう。勝てば相手の策は打ち破れる……フレッドの件はオルバンが打ち破ったことで、良かったと解釈しよう」
「そうだな」
「……ねえ、ミーシャに関することだけど」
と、今度はアキが俺達に言う。
「彼女は、体術を使うみたいだけど……同じブロックにいるアクアさんもまた体術よね? 同系統の技で勝負して、勝てると思う?」
「……片や魔族。片や伝説を作り上げた闘士か。俺としてはアクアさんの力を知っているし、なおかつミーシャの作り出し巨大なゴーレムを圧倒していた所も見ているから、敵じゃないと思うんだけど」
そう俺は提言したのだが……もし、その時の戦いに基づいて色々と解析させられていたら……相手には英雄がいる。アクアの力を解析し、彼女用に結界を作成、とかやっていてもおかしくない。
「単純な格闘とは、違う所で勝負しようとしているのかもしれないわね……ともかく一番なのは、フィクハかリミナかオルバンか……戦って、勝利することね」
「それが一番だけどね……エンスも同じことが言えるな」
「そちらは、二人に任せて良いんだろう?」
グレンの問い。俺とアキは同時に頷いた。
「ま、ここは私に任せて。見事、相手を倒してみせるから」
「自信あるのが逆に不安……」
「何か言った?」
俺の言葉にアキはジト目で応じる。こちらは首をすくめ、それ以上言葉は発さないことにした。
そうした会話の後、食事が届き俺達は食べ始める。サンドイッチを頬張りながら窓の外を眺めると、闘技場内を清掃する運営の人達が見えた。
「大変だなぁ、運営も」
「しかも今回はトラブルまでおまけでついているしね……管理者が胃と腸を悪くしないことを祈るしかないわね」
俺の呟きにアキは応じると、サンドイッチを口に放り込んだ。
「一応確認だけど、二人は明日以降も観戦?」
彼女が問うと、俺は「そのつもり」と答えた。
「腕輪をはめている間は特にやることもないし……グレンは?」
「私はアクア殿と戦うまではそれなりに余裕があるからな……敵に対し何かわかることがあるかもしれないし、観戦しよう」
「となれば、当面このメンバーで戦いを観ることになるな」
改めて言いつつ……俺はサンドイッチを食べた。
やがてグレンが準備するよう言われ、俺とアキだけが残る。結局他の面々は以降現れることもなく、グレンの試合を待ち続けることとなった。
その中で、ふとアキから漏れるように声が届いた。
「……リミナさんは、あんな態度を見せてどうするつもりなんだろうね」
――俺に言ったのかもしれないし、それは単なる独白なのかもしれなかった。反応した方がいいのか少し迷ったが……結局、俺は無言を貫いた。
「ま、今はまだ下手に事を進めなくてもいいんじゃないかしら。一連の事件が終わってからでも遅くはないし」
さらにアキは続けて言う……明らかに俺への言葉だったが、首はこちらへ向いていない。
対する俺はなおも無言……けれどとりあえず、俺はアキの言葉に賛同することにして、次の試合を待ち続けた。




