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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
魔法使いの闘技編

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魔の気配

 次の試合が始まるまでにリミナは戻ってくる。するとロサナは嬉しそうに彼女へ告げた。


「おめでと、リミナ……第一関門、クリアね」

「はい。けどまあ、どんどん関門が押し寄せてくるわけですが」


 苦笑するリミナ……次の相手はオルバンだし、彼女がそう言うのも無理はないな。

 俺が視線を送り続けていると、やがて目が合った。声を掛けようかと思ったのだが、彼女はすぐに視線を逸らしフィクハがいた席へと歩み寄り、着席した。


 ……ここに至り一つ推測を立てたりもしたのだが、俺はあえて何も言わず、次の試合に関してアキに言うことにする。


「アキ、次の試合だけど……」

「騎士オルバンと予選上がりの戦士みたいね。名前は……」


 と、彼女はトーナメント表を衣服のポケットから取り出して目を落とし、


「フレッド」

「……は?」


 思わず声を上げた。そしてアキの持つトーナメント表をひったくって確認する。


「フレッドって……まさか」

「たぶん予想している通りじゃない?」


 セシルが頬杖をつきながら言う。


「勇者の証争奪戦の際、彼もまた僕達と合流していたからね……予選を上がるくらいはできると思っていたよ」

「……予選通過者が判明した時、偶然フレッドに会ったよ」

「そっか」

「しかし、よりによって相手がオルバンか……」


 どちらの肩を持つというわけではないのだが……両者共闘士相手なら二回戦に挙がれるくらいの実力は持っているはずだし、なんだかもったいない気もする。


「僕としては、オルバンが勝つと思っているよ……というか彼の『剛壁』を打ち破る技を、フレッドは持っていないと思う」


 セシルの意見に、俺も同意だった。なおかつリミナやグレンも同意見らしく、頷いていた。


「オルバンさんは相当落ち着いていましたし、フレッドさんが勝つのは難しいと思います」


 これはリミナの意見。彼女は控室で会っているのだろう。俺を含めた全員が、オルバンが勝利するということを考えているようだった。

 やがて全ての準備が整い、次の試合が始まる。


『さて、続きましては……騎士の登場です。会場でも知っている方は多いでしょう! 以前行われた騎士だけの闘技大会においての――準優勝者! 『剛壁』の騎士オルバン!!』


 声と共に、オルバンが入場してくる……茶髪に青い鎧姿と、選抜試験の時の格好そのままだった。


「……というか、オルバンさんって準優勝者なのか……騎士だけっていう縛りはあるけど、すごいんじゃないか?」

「実力あっても出場しないって人もいるから、一概には言えないと思うけど……まあ、その肩書に間違いはないと思うよ」


 セシルがオルバンを見ながら告げる。


「ちなみにセシル。優勝者って知っているか? まさかジオとかじゃないよな?」

「彼は出場していなかったなぁ……よくよく考えると、あの大会は壁を超えていない騎士を故意に選定して、出場させていたのかもしれないね」


 セシルは言いながら懐からトーナメント表を取り出す。


「えっと、確か……いた。順当にいけば、ラキと三回戦で当たる」

「ラキか……優勝者となればかなりの実力者だと思うけど、相手が悪いかもしれないな」

「優勝した騎士は現在、壁を超えているはずだけど……現世代の戦士と対等に渡り合える実力がないと厳しいし、難しいかもね」


 セシルが評した時、さらに実況の声が聞こえた。


『続きまして、予選から勝ち上がった戦士……果たして『剛壁』に勝てるのか!? 流浪の傭兵、フレッド!!』


 声と共にフレッドが姿を現す。黒い短髪に無骨な胸当て姿は、これでもかという程闘技場に溶け込んでいる。

 両者が向かい合った時、俺の耳に会話が聞こえた。


「よろしく、騎士さん」

「……どうも」


 余裕のフレッドに対し、オルバンは冷静に応じる。そして二人は剣を抜き、構えた。


『――始め!』


 試合開始の声が轟く。同時に仕掛けたのは、フレッドだった。


「おらっ!」


 声と共に横一閃。けれどオルバンはそれを剣で受けると、上手に捌く。

 剣のリーチはフレッドの方が上。次いで体格もフレッドが上。見た目だけならオルバンは不利だが、魔法に関して言えば、明らかに彼の方が上だろう。


「ふんっ!」


 立て続けにフレッドが攻撃。勢いを殺さぬまま流れるように剣を差し向ける。

 オルバンは一歩後退しつつ剣を防ぐ……が、威力を完全に抑えることができなかったのか、フレッドの攻撃に合わせさらに後退させられる。


 剣が押し切られて刃が体に届くようなことはないが、傍から見ればオルバンは防戦一方。観客も予想外の応酬に驚いたか、歓声が大きくなる。

 だが……広間にいる俺達は、ただひたすらに無言を貫いていた。おそらく誰もがこの後の展開を予想できた、はず。


 フレッドはなおも猪突猛進な攻勢を続ける。オルバンはそれを紙一重で避け、さらに剣で弾く。反撃は行わない。見た目は、フレッドから攻撃を受け続け対応できないようにも見えた。


 けれど、オルバンにとってはそれこそ狙いだったに違いない。


「――おらぁっ!」


 フレッドが、一際大きな声を上げ剣を縦に振り下ろす。豪快な剣戟であり、もし直撃すればオルバンも無事で済まない……と一瞬思った。

 けれど、オルバンは左腕をかざし対応する。結界を張り巡らせたのだと認識した瞬間、剣と腕が衝突し――動かなくなる。


 オルバンの腕が剣を食い止める間に、右手を振るい斬撃を相手の左肩に決める――!


「っ……!?」


 フレッドは攻撃態勢に入っていたため、防御する暇がなかった。見事なカウンターであり、決まったと俺は思った。しかし、


 終わりではなかった。フレッドは叩きつけるように放った剣を無理矢理引き戻し、オルバンの剣を弾く。

 さらには、大きく距離を取った……しかしオルバンの攻撃はしかと、その身に刻まれていた。


「ちっ……!」


 舌打ちするフレッド。遠目からでもわかる。彼の左肩からは出血していた。深さまではわからないが、動きを鈍らせるには十分な傷だろう。


「決まった、かな」


 セシルが言う。確かに今のやり取りを見れば、オルバンはフレッドの必殺の一撃を平然と防いでいたし、カウンターにより傷を負わせた。加え、オルバン自身まだ傷一つ負っておらず、明らかに余裕がある。

 状況的には完全にオルバンが有利という流れ。さて、ここからフレッドはどう応じるか。


「無理をすると、出血が多くなりまずいことになるかもしれませんよ?」


 オルバンはフレッドに言うと同時に、刀身についた血を素振りして石床に落とした。


「……やれやれ。今の俺じゃあ、あんたの本気すら拝めないってことか」


 嘆息するフレッド。どこかさっぱりとした態度であり、なんだか清々しく思えてしまうのだが――


「さすが『剛壁』といったところか……けどまあ、その真価を発揮するところを是非見てみたいもんだ」

「必要とあらば、使いますよ」

「だろうなぁ……となると、あれしかないんだよな」


 と、フレッドはボヤいた。まだ手があるということなのか?


「どうなさるおつもりですか?」


 オルバンは油断なく問い掛ける。刹那、

 ガラス越しにもわかった……フレッドの気配が、一瞬変化する。


「っ……!?」


 セシルが反射的に立ち上がる。次いでリミナやグレン……他の面々も身を乗り出して闘技場を見た。

 そして俺も例外ではなく……その時、一人冷静なロサナがポツリと呟いた。


「……魔の力というやつね」


 そう――フレッドが一瞬見せたのは、紛れもなく魔族の気配だった。


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