魔法使いと竜の騎士
先制したのは槍を持つリミナ。ドラゴンの力によって強化された一撃が、ルーティの真正面から放たれた。
対するルーティは、左手をかざし応じる……刹那、左腕に半透明の結界が出現――どうやら俺と、似たような戦法を選択したらしい。
「打ち払うのを捨て、力勝負に出たか」
最初の激突を見て、セシルはそう評した。
「普通の人なら、ドラゴンの力を持つリミナさんに圧倒されてしまうわけだけど……彼女の場合は、違う」
セシルの言葉を証明するかのように、槍と結界を合わせた双方の動きが、止まった。リミナは槍を突き出したまま。ルーティは左手を向けた状態で、硬直する。
ルーティの剣の間合いからは外れている。となればリミナに一撃当てるためには懐に潜り込まないといけないわけだが――結界を合わせたまま動かない。警戒しているのだろうか。
それはきっと、リミナが魔法使いだからだろう……迂闊に近づけば無詠唱魔法が来る――そう考えているに違いなかった。
「これはしばし続きそうだね……お互い、どう攻めるか考えている様子だし」
そしてまたもセシルが予測を立て……言葉通り、双方が槍と結界を合わせたまま、完全に動かなくなった。
会場がざわつき始める……けれど野次を飛ばすような人間はいない。むしろ、次動き出した時どのようになるのか……それを、会場の面々は期待している空気。
それに合わせ、俺もまた考えてみる……この戦いは図らずしもドラゴンの力を持った者同士の戦いとなった。リミナは後天的なものだが、何せ女王の血を見に宿しているのだから、ルーティ自身も迂闊に飛び込めないだろう。
かといって、リミナが一気に仕掛けるかと言えば……難しい。リミナが腕を弾き再度槍を向け……ルーティがそれをかわし、リミナが無詠唱魔法――まで予想してみたが、もし無詠唱魔法でダメージを与えられなかったとしたら、ルーティが接近し一薙ぎして終わってしまう可能性もある。
武器を扱う技量は、間違いなくルーティが上だろう。けれどリミナには魔法というアドバンテージがある。両者は自分の利点を生かして戦うのは間違いないだろうけど……果たして、どんな戦術を用いるのか。
ただ一つ言えるのは、双方悩んでいるのは仕方ないことだけ。
「あまり時間はなさそうだが」
今度はグレンが述べた――見ると、槍と結界が衝突しあっているのだが、両者は僅かながら身じろぎしている。リミナは結界を突破しようと模索し、ルーティは槍を防ぎながらカウンターを決めるべく動いている……という感じだろうか。
なるほど、静かにではあるが双方力でせめぎ合っているというわけか……もしその均衡が崩れたなら、勝負は予想外の展開になることだろう。
「セシル、あの鍔迫り合いはどちらが勝つと思う?」
なんとなく質問を行うと、セシルは口元に手を当てながら答えた。
「物理的な武器と結界とでは、先にガタがくるのは結界の方だろう……ましてや、リミナさんが持っているのは魔王の一撃さえ防いだ物……となれば」
瞬間、イヤホンをつけた右耳からピシリ、と変な音が聞こえた。それと同時に闘技場にいるリミナが僅かながら前へと動く。どうやら、結界の限界が来たようだ。
「動くよ」
セシルが発する――同時に、耐え切れなかった結界が、ガラスが割れるような音と共に砕かれ、槍がルーティの眼前に迫った――
けれど彼女はその槍を剣でどうにか捌き、後退。対するリミナは追撃を仕掛け、さらに、
「剣よ――!」
無詠唱魔法が炸裂。リミナの周囲に数本の剣が出現し、槍と共に襲い掛かった。
果たして、ルーティはどうやって防ぐのか――次の瞬間、彼女は構わずリミナの槍を弾くと、一気に接近を行う。
「間合いを……!?」
驚愕する間に、ルーティが剣を振るう。しかしリミナはそれを引き戻した槍で防ぎ、魔法がルーティへ直撃した。
同時に起こったのは――リミナがルーティの剣を槍で受け、大きく飛ばされる姿。斜め上におよそ十メートル程度……しかしインパクトは十分であり、歓声が生まれた。
双方の攻撃が決まった……が、リミナに関しては無傷。一方のルーティも、剣が直撃したにも関わらず鎧に傷一つない。
「無詠唱魔法でも、基本的なものはルーティさんも防ぐということか」
断定すると同時に、リミナがどのように動くかを予想する。
有効な魔法は十分あるし、槍の攻撃だってルーティに通用するだろう……ただドラゴンの力を制御し無詠唱魔法の指導を受けた状態で、ルーティは攻撃を防ぎ切った。となると、生半可な魔法は通用しなさそうだが――
「魔法で戦うのは、得策ではないかもしれないわ」
アキが言う。どうも、彼女は何かに気付いたらしい。
「たぶん無詠唱魔法を相当警戒し……魔法攻撃に関してかなり防御を固めたのではないかと思う」
「魔法に……?」
「魔法の質というのは、詠唱する方式かしない方式かで結構変化するの。無詠唱魔法の場合はあくまで詠唱を略式するという形だから、詠唱する魔法に該当する。つまり、詠唱する魔法に対し、結界を強化したというわけ。たぶんそういう魔法の道具を使っているんだと思う……道具を使わないと、そういう調整はできないし」
そこまで語ったアキは、小さく息をついた。
「もっとも、逆に詠唱しない魔法……これはレン君が使っている魔法のようなものを言うのだけど、それに対する防御能力が弱くなっているはず……となれば、リミナさんは槍を使って攻撃するのがベストなわけだけど……」
「技量はリミナの方が下だろうし、辛いな」
……逆に言えば、この攻防でルーティをねじ伏せることができたなら、リミナの槍の腕が相当上がっているという何よりの証明になると言えるのだが――
「問題は、リミナさんがそれに気付いているかだけど……」
アキが続ける。視線を送ると、距離を置いた状態で双方武器を構え睨み合っていた。
「リミナさんの無詠唱魔法の中には、あの結界を破る魔法だってあるはずだけど……ルーティさんもそれは大いに警戒しているだろうし……」
と、アキが解説した直後、今度はルーティが仕掛けた。剣を構えつつ疾駆し、観客が息を呑むような速さでリミナへ近づく。
さて、どう動く――注視しているとリミナはまず槍で放たれた斬撃を防いだ。次いで、
「――光よ!」
放ったのは光弾。魔族にも通用した強力な無詠唱魔法……だが、
ルーティは左腕をかざした。直後光弾が腕に衝突し――ルーティは身じろぎ一つせずさらにリミナへと剣を振る。
「相当強力な結界を張ったみたいだね……対策は万全か」
セシルが言う……ルーティ自身、女王の血を手に入れたリミナに対し、最大限の対策を施しているのがわかった。
ならばリミナの手立ては……詠唱する魔法は一騎打ちである以上論外。無詠唱魔法の中には結界を突破できるようなものも確かに存在しているはずだが……ルーティはどうやら接近戦に持ち込む構え。となると、下手に強力な魔法を使えばリミナ自身もダメージを負う危険性がある。
いや、むしろルーティが対策を行っている以上、至近距離で魔法が炸裂し、リミナだけがダメージを負うなんて可能性もゼロじゃない。
「……なるほど、そういうことですか」
直後、リミナの声が右耳から。さらに放たれた斬撃を槍で押し返すと、彼女はさらに距離を置く。
「確かに、魔法の大半を封じられたも当然ですね……以前の私なら、勝てなかったでしょう」
淡々と語るリミナは……槍を構え直し、なおも突撃しようとするルーティへ、今度は逆に仕掛けた――!




