悲しき夢
会話を終えた後ルーティ達は帰ろうとしたのだが、丁度セシルやフィクハが戻ってきた。そこでセシルが食事くらいしていけと言い、半ば強引に食堂へ。俺やリミナを除く面々に料理が運ばれた時、対面に座るルーティが問い掛けた。
「今回の闘技大会……敵の目論見を防ぐことはできそうですか?」
「話によると、敵の中で一番強い相手の初戦はカインです」
俺が述べると、ルーティは「なるほど」と呟いた。
「それなら、大丈夫そうですね……私達が出る必要などなかったかもしれません」
「いや、戦力は多い方が良いよ。カイン達に頼り切るのもね」
セシルはスープに口をつけながら言う。俺もそれに同意し頷いた。
「不測の事態だってあり得るし、保険は多い方がいいと思います」
「そうですか……」
「ところで、フィベウスの情勢は?」
「すっかり落ち着きを取り戻し、事件が起こる前の様相を取り戻しています」
「それは良かった」
「マーシャ様が会いたがっていましたよ」
――俺がこの世界に来てすぐ出会った名前が、ここで引き合いに出された。
「マーシャさん達は、闘技大会を観戦する予定はないんですか?」
「行きたいという要望はあるみたいですが、どうなるかはわかりません」
「そうですか……もしフィベウスでマーシャさん達に会ったら、よろしくお伝えください」
「承りました」
答えた後、ルーティはパンを一口。
「さて……一つお伺いしたいのですが、皆さまはこのセシル様の屋敷に?」
「ああ……なんだか秘密組織みたいな感じになっているけど、別に隠しているわけじゃない」
肩をすくめてセシルが答える。
「でもまあ、勇者や騎士を泊めていることがわかれば噂が噂を呼んで騒動に発展する可能性はあるし……最低でも、統一闘技大会終了まではあんまり人に言わないようにしてほしい」
「喋るつもりはありませんから、ご心配なく……しかし、あの事件で関わった方達がこうして再度集うことになるとは」
「……あの事件とも、大いに繋がりがあるしね」
これはフィクハの言葉。ルーティもその言葉に「確かに」と相槌を打った。
「訊く必要のないことだったかもしれませんね……ただ、一つ言わせてください」
そこで彼女は一度横に座るデュランドへ目を向ける。彼と目が合った後両者は頷き、視線を戻す。
「……負けるつもりは、一切ありませんので」
その顔は自信に満ちたもの――どうやら、俺達に勝つと強い決意をみなぎらせている。
「こっちのセリフだね」
フィクハが頬杖をつきながら語る。セシルもまた頷き、俺も「当然」と返答した。
それによりルーティは笑う――フィベウス王国の事件を通して、彼女とはいわば戦友となった。その絆が今も断ち切られていないというのが、今はっきりとわかった。
――こうして、過去に出会った人との再会をしつつ俺は訓練に励む。結果的に技術はさらに向上したが、やはり完成に至らず。とはいえ防御技の『時雨』はそれなりに形となり、実戦で使えるレベルにはなった。
そうしていよいよ本戦の対戦相手が決定する前日の夜、俺は食事をした後散歩していた。その時ふとリミナに呼び止められてなんとなく外に出る。
「いよいよ明日、発表ですね」
「緊張しているのか?」
夜空を見上げながら俺は問い掛ける。空気が澄んでいるせいか、星が非常に綺麗。
「ええ、まあ。こういう大舞台は初めてなので……実は予選の時も結構……」
「ま、それは俺も同じだよ。雰囲気に飲まれないよう気を付けないと」
「そうですね」
ふうと息をつくリミナ……確かによくよく観察すると、肩肘張っているような感じだ。
「シュウさん達を今回止めて、少しでも状況を有利にしたいですね」
「まったくだ……やられっぱなしだからな。ナーゲンさん達が闘技大会以外のことをしっかりやってくれているから、俺達は闘技場内できちんと仕事をしないと」
「そうですね……それで、もしルルーナさんやアクアさんと当たったら、勇者様は勝てるとお思いですか?」
「……その辺りのことは散々悩んだけど、一つの結論に達したよ」
「というと?」
首を傾げたリミナに、俺は笑いながら告げた。
「始めから負けるかもしれないなんて考えている時点で、勝負はついている」
「……確かに」
「技量的には間違いなく俺達の方が下だけど、あの闘技場の舞台で色んなものを味方にして、何より勝つと確信して戦わないと、絶対に勝てないさ」
「同意です」
リミナは力強く頷くと、気持ちが楽になったのか大きく息を吐いた。
「すいません……もし戦った時、などと考えていたので、さらに輪を掛けて緊張していたみたいです」
「仕方ないさ……ま、俺達はあの人達の胸を借りて戦うしかないな」
「そうですね」
リミナはようやく笑みを浮かべ、小さく礼を示した。
「お話して頂き、ありがとうございます」
「改まって礼はいいよ……と、リミナ」
「はい?」
返事をした彼女に……俺は、言葉を詰まらせた。
何を訊こうか俺は頭の中で決まっていた……けど、それはなんとなく、この場にそぐわないのではと思ったのだ。
「……何でもない、いずれ話すよ」
「気になります」
「そうだな……もしラキ達の計略を防げたのなら、話すよ」
「彼らに関係することというわけですか……わかりました」
頷くリミナ。それで会話は途切れ、俺達は屋敷の中へと入った。
そこからひどく穏やかな夜が流れ……明日トーナメントが決定し、熱狂に包まれる街を勝手に想像しながら、俺は眠りについた。
そして――今日も俺は、見覚えの無い勇者レンの過去を見る。
「精が出るわね」
告げたのは、森に囲まれた訓練場にやって来たティルデ。澄んだ青い髪と白いドレスは以前見た時と変わっておらず、本当に綺麗だと心の中で感服する。
「ティルデか……今日は大丈夫なのか?」
「今日も、でしょう? 昨日だって歩き回っていたじゃない」
アレスの問い掛けに優しく微笑むティルデ。どうやらこの夢の近辺では、調子が良いらしい。
「少し休憩にしましょう。ほら」
言った後彼女は手に握ったバスケットをかざす。それを見たエルザとラキは、剣を地面に放り投げ彼女に近寄った。
「二人とも、ちゃんと手は洗いなさいね」
「はい」
「うん、お母様」
従順な二人。対するレンは一歩退いた場所でそれを眺める。
勇者レンは彼女と距離をとっていたのだろうか……いや、以前の会話を考えれば親しい間柄なのは確かだろう。となれば娘のエルザは当然として、ラキもティルデを自分の母親のように……レン以上に、慕っていたのかもしれない。
エルザとラキがティルデからバスケットを取り中を見て声を上げている時――ふいに、ティルデと目が合った。その顔は笑みに包まれ、果ての無い慈愛を込めているように思えた。
けれど次の瞬間、俺は夢の中で鼓動を跳ねさせた――その顔を見て、正とも負ともつかない、言いようのない感覚を抱く。
それは果たして何を意味するのか――考える間にティルデは視線を外し、勇者レンがラキ達に近づいていく。
その時俺は――アレスとティルデ、そしてエルザとラキが和気あいあいとしている姿を見て、なんて微笑ましい光景なんだろうと思った。きっと彼らはこうした関係がずっと続くと思っていたはず……けれどラキは――そしてアレスは――
心の中で一連の事実を思い出し、俺は胸の奥で悲しみを覚え……それを抱いたまま、やがて目を覚ました。




