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異世界で勇者をやることになりました  作者: 陽山純樹
闘技激闘編

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鞭と槍

 女性二人ということで、声が収まりつつあった観客も少しばかり興味を抱いたか、声のトーンが少し大きくなる。


「一人は槍で、もう一人は素手か……法衣姿だから、無詠唱魔法で戦うのかな?」


 エクサは推測を述べつつあごに手をやる。


「槍の女性の方も雰囲気的には魔法戦士といった感じだね……どうなるか楽しみだ」


 エクサもまた興味を抱き、今まで以上に闘技場へ熱視線を送る。対する俺は、自分の方が緊張してきた。


 リミナやアキは、双方表情を崩さず戦闘態勢に入る。両者は向かい合う形となり、リミナは真正面にいるアキへ槍をかざす。

 他は眼中なく、彼女だけに狙いを絞る気だろうか……それとも――


 やがて、観客の声がなくなり始める。そして、これまでと同様破裂音が響き、


 戦いが始まった。そして次の瞬間、アキが動いた。


 右手に魔力を集めたと同時に、光の鞭を生み出す。周囲の戦士達は正面方向にいる相手に気を取られ、リミナ以外にその所作をしっかり見た者はいないだろう。

 その鞭をどうするのか――じっと注視した刹那、アキは鞭をしならせ、


 彼女の右側にいた戦士三人が、吹き飛んだ。


「……え?」


 エクサが呻く。俺の目には恐ろしい速さで鞭を放ち、三人を巻き込んだアキの姿が映る。

 速い――今まで見た中で鋭く、そして容赦のない一撃。吹き飛んだ戦士達に目に見えた傷は無いので加減はしているはずだが、速度という点においては、一切の慈悲も無い。


 観衆の誰かがその光景を見て叫んだ――同時に、アキは突如、右回りに一回転する。


 次いで、鞭の目標を左側にいた戦士達へ向ける。相手にとってみれば背後から放たれたその一撃は間違いなく虚を衝いたものであり、戦士達が反応できた時には鞭が三人の体に食い込んでいた。

 これで、あっさりと三人が吹き飛ぶ――残ったのは真正面にいたリミナと、左右の戦士。けれど彼らは難を逃れたのではなく、あくまでアキの攻撃範囲に入っていなかったに過ぎない。


 二人の戦士は(おのの)いたか、アキから一歩遠ざかろうとする。その間に彼女はさらに行動に移す。最後の標的であるリミナ達へ向かって、鞭を放った。そしてそれは単なる一撃ではない。地面を奔り、まるで蛇が荒れ狂いながら迫る様に見えた。


 狙いは――鞭の先端はまず、リミナの右手にいる戦士へ向かった。彼は即座に回避しようとするが、蛇はあっさりと懐に潜り込み、戦士の胴を打った。

 それにより吹き飛ぶ戦士。鞭はすぐさま方向転換を行い、今度は左へ逃れたリミナ達へ迫る。


 これを受け切らなければ――リミナを注視すると、彼女は槍で迫りくる鞭を受け流した。そればかりではなく驚くべき俊敏さで即座に後退し、攻撃範囲を脱する。

 けれど、最後に残った戦士は回避できなかった。手に持っていた剣で受けたのだが、鞭はしなりその体をしかと打った。


 そして倒れる最後の戦士――攻防の後、これまでにない大きな歓声が、俺の耳に響いた。


「これは……相当な使い手だね」


 横にいるエクサの声が、騒音の中かろうじて聞こえる。俺は「そうだな」と相槌を打ちつつ……リミナを見た。

 二人は真正面から相対する形となる。吹き飛ばされた戦士の中には呻き起き上がろうとする者もいたが、体が痺れているのか上体を起こすこともできない様子。麻痺か何かの能力を付与したのだと推測できた。


「残るは槍を持った女性だけか……」


 エクサはこの後の戦いを予測するためか、思案を始めた。その声を聞きつつ――俺は、アキが動くのを見た。


 引き戻した鞭が疾駆し、リミナを襲う。その戦法に対し、リミナはどう動くのか――これは、重要な一撃だ。これに応じることができなければ、アキの勝ちだと言っていいし、何よりリミナが予選を突破する可能性は限りなくゼロとなる。


 一体どうする――鞭とリミナを交互に見ながら観戦していると、彼女は動いた。

 そして、あろうことか左手を槍から離し鞭へかざした。おい、まさか――!


 途端、アキの表情が変わる。それは「まずい」という表情に他ならず、この場で俺とアキだけが、リミナのやろうとしていることを察したに違いなかった。

 鞭は止まらず猛然と奔る。そしてリミナは――真正面から鞭に接触し、なんとその先端を引っ掴んだ!


「な――」


 エクサが呻く――同時に、アキが右手を翻そうとした。おそらく鞭を消す動作。しかし、遅かった。


 次の瞬間、アキの体が宙に浮く。


「は!?」


 エクサがさらなる驚愕の声を上げ、その光景を目を丸くして見る。俺はといえば、そのタネが理解できていた。リミナはドラゴンの力を利用し、アキの体を綱引きでもする要領で引っ張り上げたのだ。それによりアキの体は宙に浮き、リミナへ吸い込まれるように飛ばされる。


 リミナはそこで右手だけで槍をかざし、横薙ぎの体勢をとる。アキを手繰り寄せて、一撃で仕留めるつもりなのか……!?

 アキは飛ばされている状態の中で、ひとまず鞭を消した。だが引き寄せられている動きまでは消すことができず、リミナの横薙ぎが繰り出されようとした。


 そして次に変化が起きたのは、アキ。リミナが渾身の一撃を繰り出そうとした矢先、右手をかざした。

 魔法――俺は判断すると共に、リミナの動きが僅かに鈍ったのに気付いた。自分よりも相手の攻撃の方が早いのではないかと思ったようだ。


 どうするのか――リミナは一瞬躊躇した後槍を振る。それは正確にアキの体へと差し向けられ、


「――光よ!」


 アキの無詠唱魔法。瞬間的に光の槍が生まれ、リミナへ。次いで彼女の槍は、いつのまにか左手に生み出された短剣によって防いだ。

 直後、今度はリミナが反撃に移る。突如槍から旋風が生じ、あまつさえ魔法で作られた槍の軌道を曲げた。アキの魔法は外れ、なおかつリミナの攻撃はアキが防ぐ。


 そして、アキは地面に着地。二人の距離は目と鼻の先。

 接近戦なら、短剣を持つアキが有利か――先に動いたのはリミナ。すかさず刺突を放ち、アキはそれをどうにか避けた。


 槍がさらに振るわれる。アキは後退しながら数回避けると、大きく距離を置いた。リミナは追撃せず、槍を構え直しアキを見据える。

 そして再び生じる歓声。先ほど八人の戦士を倒した人物と同等の力を持つ女性……この一騎打ちに、観客の誰もが興奮する。


「これは、わからなくなってきたな」


 楽しげにエクサも語る……そして俺は、彼の言葉に同意し大きく頷いた。


 リミナとアキ……もしリミナがドラゴンの力を持っていないならば、俺はアキの勝ちだと断定したかもしれない。けれど完全にその力を我が物としたリミナは、アキにとっても非常にやりにくい相手となっている。

 先ほどの鞭による攻防を考えれば、リミナは攻撃だけでなく防御的にもかなり強化されているはず……となれば、現状で有利なのはリミナだろうか。


 やがてアキは、小さく息をついた後右手を振った。それにより生じたのは、もう一本の短剣。どちらも光り輝く魔法剣であり、その武器に俺は眉をひそめる。

 以前の戦いでは、短剣などは使用していなかった……これこそ彼女の本来の戦法なのか、それとも新たに編み出した技法なのか。


「君は、どっちが勝つと思う?」


 その時エクサが訊いてくる。俺は「わからない」と答えつつも、一つ推測を述べた。


「槍を持った女性の方が有利のような気がする」

「俺も同感だ。鞭を素手で持ったという能力がある以上、防御能力は間違いなく槍を持った女性の方が高そうだ」


 そういう見解をエクサが述べた後、リミナが走った。魔法ではなく槍による直接攻撃――俺は、彼女達の攻防をしかと焼き付けようと、食い入るように闘技場を見据えた。


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