闘技大会覇者
俺は次にどうするべきか考えつつ玄関ホールへと戻った。そこには、
「あれ……リュハンさん?」
セシルの部屋を訪れていたはずのリュハンがいた。
「ん? ああ、レンか。一部屋開けるので待っていてくれとのことだ」
「そうですか」
「それと、セシルが呼んでいた。話したいことがあるそうだ」
セシルが? 途端に、嫌な予感がする。
「ちなみにリュハンさん。何を話しましたか?」
「簡単な挨拶と、私自身の役割に関して」
「俺のことは……?」
「特には……いや、シュウの仲間が闘技大会に出るということを伝えた時、何かの拍子にレンのことも話したな」
……呼んだ理由絶対それだろ。
心底行きたくなかったが、いつまでも逃げているわけにもいかないので、俺は「わかりました」と応じ、セシルの部屋へ行くことにした。
場所はしっかりと憶えているので、俺は廊下をずんずん進み、扉の前で立ち止まる。
とりあえずノックをすると、中から「どうぞ」というセシルの声が。
「入るぞ」
声を掛けて、扉を開ける。そして中を覗き見るようにして、
――殺意がまったく隠れていない目つきのセシルを見て、俺はそっと扉を閉めようとした。
「わあ、待った。何もしないって」
「……そんな顔されている人間にそんなこと言われても、何一つ信用できない」
俺は食堂の用件だけ伝えようと、部屋には入らず口を開こうとする。するとセシルは表情を戻して近寄り、
「悪かったって……ほら、入ってよ」
手招きをする。本当に大丈夫かと疑いたくなるのだが……さすがにこんな所で、物騒なことにはならないか――全面的に信用できないのが、心底困ったものだが。
「……わかったよ」
俺は仕方なく頷くと、部屋に入り扉を背にして立った。
「椅子……」
セシルは手で椅子を示したのだが、俺は首を横に振る。
「間合いに入らないでもらえるか?」
「剣は壁に立てかけてあるじゃんか……僕はそんなに信用ないの?」
「ああ」
はっきりと頷くと、セシルは深いため息をついた。
「はあ……まあいいよ。で、話したい事だけど闘技大会よろしく」
「……それだけか?」
「一応出場が決まったのだから、挨拶くらいはしておこうと思ってね」
語ると彼は椅子ではなく部屋の中央付近にあるテーブルに座り込んだ。
「ま、厄介な話になっているみたいだし……以前言っていたように、闘技大会決勝で戦うなんて可能性があるかどうかわからないけどね」
「でも、勝ち残っていったら戦うわけだよな」
「そうだね」
そこでセシルは口の端を歪め、含んだ笑みを見せた。
「確認しておくんだけど、もしラキと戦うことになったら、僕が倒しても問題ないよね?」
……またずいぶんなフラグを立てたな、セシル。これって確実に戦って負けるパターンじゃないか?
「……ラキ達を優勝させないのが目的だろうし、別にいいんじゃないか?」
「なら、彼を倒し君と決着をつけることにするよ」
「因縁めいた感じで言っているけど……俺達、仲間だよな?」
「それはわかっているさ。けど、仲間である事実と決闘することは別だと思うけどね」
セシルは肩をすくめて返答する。駄目だ、完全に俺に対し臨戦態勢だ。
「なあ、ひょっとしてこういうやり取りは闘技大会終了まで続くのか?」
「ん? どうだろうね?」
再度肩をすくめる彼。矛を収める気はなさそうだ。
「……一緒に戦うことだけは、忘れないでくれよ」
「もちろんだ」
威勢よく返事をすると、セシルは壁に立てかけてある二振りの剣へ視線を移した。
「あの剣に譲り受けた事実を、しかと頭に刻み込んではいる」
――俺もまた目を移す。二振りの内一本は、英雄リデスの剣だった。
「あれを託されたというのは、評価されているとみていいんだろうね」
「だろうな。最初、魔王アルーゼンにより武器を破壊された人もいたから、その人物達へ……という案もあったみたいだが、選抜試験における約束を反故するわけにはいかないとして、結局セシルに渡したらしい」
「律儀だなぁ……ま、なんにせよあの剣を持つにふさわしい強さを得るよう、努力するよ」
セシルは言うと、少し目を細めじっと剣を注視した。
「……やはり、英雄リデスはシュウに殺されたんだろうね」
「シュウが短剣を持っていたという事実から、推測した話だったが……そう確信することでもあるのか?」
「いや、無いよ。けど、シュウがああして魔王の力を得て、さらには魔王そのものまで出てきた。この状況で、英雄リデスが顔を出さないなんておかしいからさ……やはりもう、死んでしまったんだと思う」
そこまで語ると、セシルは寂しそうに笑った。
「僕は、英雄リデスの姿を闘技場で見て、闘士を志すようになった。まあ闘士というのはそんなに甘いものではなかったけど……僕は幸運にもナーゲンさんという良い師に巡り合え、こうして屋敷を構えるくらいにはなった」
「……彼を殺したと思しきシュウのことは、どう考えている?」
「恨んでいるという感じではないよ。ただ、なぜそうした凶行に至ったのか、理由は知りたい」
セシルは剣から目を離すと、俺に顔を向けた。
「レンとしては、僕自身戦力になるからこうして採用したわけだろうけど……僕はその辺の究明もしたい、というのは含んでもらえると助かる」
「わかった……俺だって知りたい部分だし……英雄アレスの死を究明していく内に、わかると思う」
そこまで言うと、俺は話題を転換する。
「で、夕食前に一度話の場を設けることになった……全員集まるから、セシルも頼んだ」
「了解……しかし、思えば君もずいぶんと大役を命じられたね」
「まあな。でも、それがシュウさんやラキに近づくことなら、やるしかないさ」
――思えば、この異世界に来て謎だらけの勇者レンを疑問に思い、遺跡に入り込んでラキと遭遇した時から、戦いは始まった。
もしあの遭遇が無ければ、俺の与り知らぬところでシュウ達は動いていたに違いない。そうなれば魔王を打ち破るアレスの技がない以上、彼らの暴走を止める術は無かっただろう。
「何か気になることでもあるのかい?」
セシルがふいに尋ねる。気付けば黙り込んでしまっていた。
「いや……大丈夫だ」
「そう。夕食までまだ時間はありそうだけど、ここで談笑でもする?」
「遠慮しとく」
即答。話すのが嫌なのではなく、いつ剣を抜くかわかったものじゃないから。
「……信用されるように頑張るよ」
セシルは俺の態度を見て悟ったらしく、そんな風に言及。俺は「頼んだ」とだけ告げ、背中を扉から離し踵を返した。
「俺はまだ話さないといけない人がいるから、これでいったん失礼するよ」
「ああ。期待しているよ」
「……期待?」
振り返り、首を傾げる俺。するとセシルは悪戯をする子供のような無邪気な笑みを見せた。
「レンはこの屋敷に呼ばれた面々のリーダーになるわけだろ? となれば、所信表明くらいはした方がいいんじゃないの?」
言われ、ギクリとなった――というか話をするという時点で何か喋らないといけないというのは頭でわかっていたのだが、ちょっとばかり嫌で考えないようにしていたのだ。
「ま、頑張ってくれよ」
「……善処する」
最後に厄介な宿題を渡されつつ、俺は部屋を後にした。
「……考えとかないと」
時間はあまりないが……とりあえず、俺の決意とかと表明すればいいのか?
色々と悩みつつ廊下を歩み――途中、メイドを一人発見。そこで客人に関する質問をすると、とある客室で茶をしている人物がいるとの情報を得た。
それで、招いた相手は最後になる――思いながら部屋を教えてもらい、俺は移動を始めた。




