風と地
正直、目の前にいる魔族の気配はかなり薄く、どれほどの実力を所持しているのか判別つかない。本来は様子を見ながらじっくり戦うべきところなのかもしれないが……周囲の状況が気に掛かる。ゆっくりしてもいられない。
だからなのか、マクロイドは会話を終えた直後から攻勢に出た。猛然とドレス姿の魔族へ迫り、容赦のない一撃を放つ。
「あなたの話は、伺っていますわ」
対する魔族は彼の剣などどこ吹く風で――ゆるやかに、腕をかざした。
それでマクロイドの一撃を防ぐのか……!? 驚愕しながら見ていると、マクロイドの剣が――止まった。
「その一撃は確かに恐ろしいですし、私でも危ういかもしれませんわ。けれど」
――刹那、魔族の綺麗な表情が一点、醜悪なものへと変貌する。
「触れなければ、どうということはありませんわ」
直後、マクロイドは後方に弾き飛ばされる。まさか――驚き彼を目で追うと、体勢を崩さないまま足でブレーキをかけ、十メートル程してようやく立ち止まった。
「……風か」
マクロイドが言う。それに対し魔族は表情を戻し、太陽に似合う鮮やかな笑顔を見せた。
「さすが、統一闘技大会覇者。正解ですわ」
言うや否や、まるで力を誇示するように両手をかざし――手の先に、風を生み出してみせる。
「自己紹介をしておきましょう。我が名はバネッサ。あなた方が高位魔族などと呼ぶ存在です」
「……で、風を操るってわけか?」
「高位魔族には、それぞれ得意分野というものが存在する……わたくしの場合は、風ということですわ」
告げると同時に、右手を振った。手の先にあった風の塊とでも呼ぶべき存在が、マクロイドへ向かって飛来する。
彼は即座に身を捻り、避けた。風は方向を変えることなくそのまま彼を通り過ぎて地面に着弾し、
ゴアッ――大気を軋ませるような音が、耳に入った。加え着弾した先から突風が舞い、さらに土砂を巻き上げ轟音と衝撃波を撒き散らす。
「よく避けました。褒めて差し上げましょう」
バネッサはマクロイドへ微笑みながら語る。それは恐ろしい程慈愛に満ちた顔つきで、何も知らなければ騙されていたかもしれない。
「……レン、ノディ」
そこで、マクロイドはバネッサから目を離さないまま俺達へ言う。
「二人も下山してくれ。途中に悪魔達を見かけたら、倒すこと」
「……ほう?」
バネッサが反応。心外とばかりに、眉をつり上げる。
「彼らを逃がすとでも?」
声の後、またもマクロイドが突撃を行う。けれどバネッサはひどく冷静に、左手を差し向け攻撃を防ごうとする。
マクロイドが一閃。けれどまたも風により押し留められ――
「行け!」
彼は叫ぶ――同時に、弾かれたようにノディが走り出した。
「レン、行くよ!」
「……ああ」
大丈夫なのか……という危惧はあったが、彼が交戦する以上出番はないと思い、走り出す。俺達は二人に背を向ける形で下山するべく道へ――
「させませんわ」
けれど、バネッサが反応。首だけ振り向くと、空いている右手を俺達へかざし、
風の塊が、こちらへ突っ込んできた。
先ほど爆発した光景が脳裏に浮かぶ。直撃すれば即死……とはいかないにしろ、戦闘不能になる可能性は高い。
避けないと――体が反応し動こうとした。けれど、
攻撃の軌道は、俺ではなく俺達が進む足元に迫る――わざと炸裂させ、衝撃波で攻撃する気か!
「くっ!」
余波が当たることもリスクがあると判断し、俺は風の塊を向き合い左手を、地面に叩きつけた。
「来い――!」
告げた瞬間、俺の目の前に氷の壁ができた。それはかなりの厚みがあり、並の戦士なら破壊できないような強固な防壁だ。
そして風が地面に着弾し爆ぜた。氷が軋み突き破ろうと風が吹き荒れ――結果、ヒビが入りはしたものの、攻撃自体は防げた。
「あら」
意外だったのか、バネッサが声を上げる。
「よそ見をしていると――」
その間にマクロイドが風に押し退け、一閃した。けれど魔族は紙一重で避け、マクロイドと距離を置く。
「そちらの勇者様は発展途上だと聞いていたのだけれど……なかなか、やりますわね」
「ほざけ!」
マクロイドが追撃。今度は刺突だったのだが、
「積極的な殿方は嫌いではないのだけれど……」
バネッサはまたも風で防ぐ。しかも、
「あなたは、あまりに品が無い」
一瞬、周囲の魔力が濃くなり――風で、マクロイドが無理矢理押し戻された。
「マクロイドさ――」
「いいから行けって!」
俺の叫びに対し、マクロイドは振り向かないまま告げた。けれど戦況としては不利。ここは集中攻撃を仕掛けて、魔族を倒すべきではないだろうか――
「あ、遅かったですわね」
考える間にバネッサが口を開いた。直後、
「迷路ってさ、嫌いなんだよね」
――山の入口へ続く道から、声が聞こえた。
即座に視線を移すと、道を背にして法衣姿の少年が立っていた。
「勘弁してよ。あのさぁ、持ち場にきちんといてくれないと」
そう言って彼は俺のことを指差す。
観察すると、見た目は十と少し……小学生高学年と言えばいいだろうか。サラサラの茶髪に大きな翡翠色の瞳が特徴的。
法衣を着ていることもあって、姿としては大人びているように感じた。けれど先ほど口調は、見た目通り子供っぽい。
「おかげで探すのに手間取ったよ。きちんと命令通り動かないと納得してもらえないんだから、ちゃんといてくれよ」
「……命令通り、ねえ」
子供の声に、ノディが反応。
「あんた達は、誰かからの命令でこんなことをしているの?」
「ん? まあ、そうだよ。ところであんた誰?」
生意気な態度でノディに問う魔族。
「参戦するならそれでいいよ。さっさと始めようじゃないか」
そして話をする気は一切ないらしく――突如、彼の立つ周囲の地面が轟き始めた。
「大地に干渉する力か……!」
俺が言うと、魔族は笑う。
「そうだよ、僕は地の力を利用する魔族だ」
笑みを浮かべ悠然と語る魔族――その顔は先ほどバネッサが垣間見せたものと酷似しており、子供の外見からは想像できない狂気を宿している。
どうやら戦うしかなさそうだ……そこで、俺はふと疑問が浮かんだ。
こいつは先ほど『持ち場』と言っていた……俺は資料を受け取るまで、自分がどこで待機するかなんて知らなかった。なぜ、こいつは俺の居場所がわかった?
「どうしてあんたは彼のいる場所がわかったの?」
同じような疑問を持ったらしく、ノディが問い掛ける。それに魔族は肩をすくめ、
「そんな難しい話じゃないよ。この森にうじゃうじゃといるまがい物の悪魔に干渉できる奴がいて、悪魔の視線で動向を窺っていた……それだけの話さ」
余裕のつもりか、魔族はあっさりと語る……対するノディは「なるほど」と呟いた。
「で、その誰かさんの指示により急行して、いなかったから探していたと」
「そういうことさ……疑問は氷解した?」
魔族は語ると、両手を地面を向ける。瞬間地面が隆起し、それが人間の形に変貌していく。
「手向けに教えてあげたんだから、少しは見栄えの良い死に様を見せてくれよ」
顔には、不気味な笑顔が張り付く……俺達を、虫けらか何かだと思っているような目だ。
「それじゃあもう一つ質問……あなたのお名前は?」
ノディは剣を構えながら問う。
「おかしなことを聞くなぁ……まあ、人間にとって名というのは重要なのかな」
魔族は斜に構え、俺達へ告げる。同時に、左右に人間を模した大人サイズの土人形が生み出された。
「僕の名前はゴーガンという……よろしく、勇者さん」




