選抜の場へ
試験の日、夜明け前早朝。俺達は試験を受ける側であるセシルやノディを屋敷に置いて、事前に言い渡されていたベルファトラス入口に集合した。
そこには既に試験を行う側である、マクロイドを始めとした壁を超えた闘士がいて、ピリピリとした空気が辺りに立ち込めていた。
「集まったかな」
次いで聞こえたのは、ナーゲンの声。彼は集められた俺達と向かい合うようにして立ち、
「では、早速だが出発しよう。詳しい試験内容については、現地に到着して資料を渡すことにするよ」
言って、彼は先んじて街の入口へと歩き出す。闘士達は彼に従い足を動かし、やがて最後尾近い俺達も移動を始めた。
「いよいよですね」
リミナが言う。俺はそれに小さく頷き、少しばかり足に力を入れつつナーゲンの後を追う。
――ターナの件以後、特に大きなトラブルもなく、こうして試験の日を迎えた。一番の問題になっていたターナの処遇だが、セシルの屋敷に住むことになり、ベニタさんからの歓迎もあって今ではすっかり溶け込んでいる。
あまつさえノディと意気投合して、フランクに話すレベルに到達した……まあ、魔族にも色々いるということだろう。
加えてあれ以後、ジュリウスとの会話は無かった。あの後ナーゲンに訊いたが、現魔王がどういう存在かなど、重要な部分は全てはぐらかされていたらしい。
「おそらく彼は、気配を隠せないターナをわざと泳がせ、こちらが干渉してくるのを待っていたのかもしれない」
そんな風に、ナーゲンは推測した。
そして今、彼のことを含め試験が始まろうとしている……魔族のことがある以上に、俺やリミナは新たな仲間を探さないといけない。セシルといった筆頭候補はもちろんいるが、より相性の良い人がいるかもしれないため、目を凝らして探す必要があるだろう……試験でその余裕があるのかわからないが。
やがて俺達は街を出て、都市の北側にある山へと進路を向けていた。片道二時間と少しくらいの距離にあるその場所が、今回試験を行う舞台として用意された。
「……今の内に、試験の概要だけは改めて説明しておこうかな」
ふいに、先頭にいるナーゲンが話し始めた。最後尾にいる俺達にも聞こえるくらいの声量だ。
「今回は模擬戦闘だ。ベルファトラス北に位置するアーボルト山に、突如悪魔が出現した。そしてリーダー格の魔族が多数の闘士を傀儡にして、ベルファトラスを占拠するべく戦力を整えている……それを闘士達が破る、というのが今回の想定だ」
歩く間に、山が見えてくる。都市からそれほど離れていないその山は、一見すると標高は高くない。そして、人の手入れがほとんど行き届いていないのか、遠目から見て山道らしきものは見当たらない。
「試験者側の目的は、山頂に布陣するリーダー格……私のことだ。私を倒せば勝利となる」
「無理じゃないですか?」
闘士の一人が問うと、他の面々が僅かながら笑い声を上げた。そう言うのも無理はない。何せ伝説の英雄が相手なのだから。
「もしかすると、私に勝ってしまう者がいるかもしれないよ?」
けれどナーゲンは涼やかに応じる。それで笑いがピタリと止まった。
「それに、闘技の時みたいにタイマンで戦うなんて話じゃない。極論、私の下に来たのが十人とかなら、さすがに負けてしまうだろう」
と、言いつつナーゲンは首を振り向き微笑を見せた。それはどこか迫力のあるもので、何も言ってはいないが「だからといって簡単にやられるつもりはない」という雰囲気を漂わせていた。
「で、君達には山の要所要所に立ちはだかり、山頂到達を防いでもらいたい」
ナーゲンは首を戻し、さらに続ける。
「配置については先ほど言った資料に記載してある。それを先行しているアクアから受け取ってくれ。また、場合によっては配置場所を離れ戦っても構わない。その辺りの裁量は、君達に任せる」
自由、というわけか。まあ試験自体どう転ぶかわからない以上、下手な指示は出せないといったところだと思うが。
「また、フロディアが生み出した疑似的な悪魔は、現在私の指揮下にある。資料にはそうした悪魔の操作方法なども記載されているので、是非利用してもらいたい。後は、そうだな……伝令役として起用してもいいな」
そこまで言うと、彼は沈黙。説明はいったん終わりのようだ。
ここに至り、周囲にいる闘士達の表情が変わっていた。説明を聞き……少なからず緊張を帯びているのがわかった。
その空気に当てられて、俺もまた僅かながら緊張。それを振り払うように息をつき、山へひたすら歩き続けた。
到着時、先発隊としてやって来ていたアクアから資料を貰う。それに目を通したところによると、俺は単独で動き回ることになりそうだった。
「で、リミナはロサナさんと組むのか……これ、絶対ロサナさんが物申しただろ」
「でしょうね」
一読したリミナは俺の意見に同調。
「ただ、私としても間近で戦いを見ることができるわけですし、大いに参考になります」
「そうだな……リミナ、仲間のことについても頼むよ」
「はい」
「レン君、リミナ」
そこへロサナが近寄ってきて、俺達に呼び掛けた。
「資料に書いてある通りだから、よろしく」
「わかりました……リミナのこと、よろしくお願いします」
「言われなくとも……しかし、驚いたわ。まさか英雄アレスの弟子であるあなたが、リミナを従士にしているとは」
そう言って笑うロサナ。対するリミナは微笑を浮かべた後、彼女の隣に立った。
「勇者様、お一人ですが大丈夫ですか?」
「むしろ、これも訓練の一環だろうな。単独でどこまで戦えるかを計るんじゃないのか?」
「なんだ、わかっているのね」
あっさりと同意するロサナ。俺は「当然」と切り返した後、彼女へ言った。
「まあ、頑張ります……ところで、ロサナさん。魔族の件ですが――」
「あの事実を知っているのは、あの場にいた人を含めた極一部だけよ。魔族がいるとなると、それだけで色々と影響でそうだし」
――その辺りのことは深く訊かなかったのだが、秘密になっているのか。
「大丈夫でしょうか?」
「相手の魔族がどうこうしてくる可能性は、話し合いを聞いている中では感じられなかったし……もしだまし討ちをしてきたとしても、相手と距離を置いて連絡できるくらいの技量は全員持っているから、きっと平気よ」
試験者のことも気になったが……まあいい。今から始まってしまう以上、無闇に不安ばかり抱いていても仕方ない。
「その辺りのことはナーゲンやフロディアがやっているみたいだし、大丈夫でしょ。私達は、こちらに集中しましょう」
「はい」
応じると、ロサナは小さく笑った。
「それじゃあ少しの間リミナを借りるわよ……行くよ」
「はい」
リミナは承諾と共に歩き出す。俺はそれを黙って見送り……ある程度離れた時、資料に再度目を向け、場所を確認。持ち場へ移動することにした。
いよいよ、試験が始まる……やることは持ち場を守り、敵を追い返すこと。資料によると「判断に困った場合は、道を通しても良い」という書かれ方もされていた。査定に関して不安の残る俺としては、非常にありがたい。
周囲の闘士達も準備を始める。既に陽は昇り、いずれ試験者達がやって来るだろう。俺は歩きながら深呼吸をして、彼らを迎え撃つべく気合を入れ直す。
正直、一人というのは多少ながら不安もあったが……なるようにしかならないと思いつつ、山へと足を踏み入れた。




