勇者対英雄
最後通牒――俺は膝をつく戦士達を見て、僅かながら躊躇した。聖剣を渡すことは、紛れもなく害悪を引き起こすだろう。けれど、この場で彼らを失うのもまた、シュウの暴走を止める手立てを失くすことに繋がるのではないか。
「ふむ、色々と考えているようだな」
逡巡する俺にシュウは言うと、黒騎士が一歩踏み出す。
「現状、君は私が作り出した悪魔にすら対抗できない……その状況で挑み、勝てるのかどうか……それは、自分の胸に手を当てて考えてみるべきだ」
――勝つ見込みは、ほとんどない。いや、膝をついている戦士達の中で立ち上がれる人がいたならば、どうにかなるかもしれないが――
「先に言っておくが、フロディアを除いた人達に期待はしない方がいい」
シュウの口から説明が加えられる。
「先ほどの魔法……あれには一時的に体を麻痺させる効果を付加している。膝をついているのはそれが原因だ。それがなければ今すぐにでも食ってかかる面々だろう? 解けるにはまだ時間がある……というより、解ける間に決断してもらおうか」
さらに黒騎士が近づく……時間稼ぎをして戦士達の回復を待つべきかと思案したが、シュウは待たないのはわかりきったこと。
「君の手札にあるのは、君自身と、従士である彼女と騎士一人だけ……それだけで、私にどう対抗するつもりだ?」
――その時、俺を庇うようにノディが立ち、超然と黒騎士と向かい合った。
「……ノディさん?」
「ごちゃごちゃと、色々考えているようだけど」
彼女は前置きをしながら、剣をシュウへ向けた。
「レン君は、あの人をどうしたいの? 勝てると思っていようが、負けると思っていようが……それが全てだと思うけど」
――どう、したいか。問われ、俺は聖剣を握り直した。
「……そう、だな」
そして、ほんの少しだけ苦笑した……戦士達の状況を見て、ひたすら負ける可能性だけを考えた。いや、勝てる可能性なんて万に一つもないだろう。だが――
「……シュウさん」
「ああ、どうした?」
「俺は、あなたを……ひいてはラキを、止めます」
それだけの言葉。けれど意を汲んだシュウは、小さく頷いた。
「それが答えというわけか……わかった。それでは」
黒騎士がもう一歩近づく。来る。
「最後の戦いだ。始めよう」
直後、俺は足を前に出した。加えてノディも駆け、さらに後続からリミナが追うのを気配で捉える。対する黒騎士は魔法を使うわけでもなく、俺達に呼応するように走る。
そして――膝をつく戦士達を超えた時、俺は黒騎士と正面から相対した。
黒騎士が剣を放つ。こちらもそれに応じるように全力で迎え撃つ。双方の剣が交錯し、ほんの僅かだが――黒騎士の剣に、聖剣が食い込んだ。
この剣ならいける――断じた直後ノディがカバーに入る。胴目掛け斬撃を見舞い――傷を負わせることはできなかったが、僅かながらたじろいだ。
「やっぱ私の剣じゃ無理か……」
ノディがそう語り――刹那、今度は俺と彼女の間に割って入り、リミナが前に出た。思わず声を上げそうになったが、それよりも早く彼女の槍が黒騎士へ到達する。
次の瞬間目に入ったのは、傷がついた黒騎士の鎧。彼女の武器も通用する――これなら、俺の攻撃と組み合わせて倒せるかもしれない。
そう考えた直後、俺はリミナに続いて黒騎士へ迫った。間髪いれずに剣を薙ぎ、黒騎士の表面を、大きく傷つける。
いける……! シュウの動向を警戒する必要はあるが、注意を怠らなければこのまま――
「ふむ、彼女が戦えるとは驚きだ」
シュウの声がした。俺達の戦いを観戦、分析するような淡々とした様子。
「とはいえ、そいつがやられてしまう可能性も、予測済みだ」
さらに声――同時に、
黒騎士の全身が突如、発光した。
「っ!?」
光――まさか自爆するのかと思った時、咄嗟にノディと、リミナが俺の前に出た。刹那、さらに光が増し、
爆発音が、頭の中を支配した。
「――ぐ」
気付いた時、視界に漆黒の闇が見えた。仰向けになっているのだと認識した時、即座に上体を起こし、立ち上がる。
続いて自分と周囲の状況を確認。聖剣はまだ握ったまま。加え、怪我らしい怪我もない。
また、前方が粉塵に包まれている。爆発から長くて数十秒といったところだろうか。
そして、リミナ達の姿は無い。
「――風よ」
真正面からシュウの声がした。直後粉塵が横へと逸れ、視界が確保できる――
そこで見つける。リミナとノディが、俺の前で倒れ込んでいた。
「リミナ――」
「彼女達の判断は、正解だったな」
シュウが語る。加え彼の影が、またも地面から伸びて、形を成す。
「もしあのまま魔法が直撃したなら、私は聖剣を奪っていた……おそらく二人は、爆発すると判断した直後、唯一悪魔を倒せる君を残すべく動いたのだろう」
語る間に影が完成し、またも黒騎士が生じる。
「さて、魔石はもう使いきった……これが正真正銘、最後の悪魔だ――」
彼が告げた直後、黒騎士が駆けた。対する俺は――リミナ達の状況を確認したかったが、それを押し殺し相手へ向かった。
「――あああっ!」
叫び、先んじて斬る。黒騎士は防御に転じ刃が噛み合う。
ここで決めなければ――そう思い、全身全霊で黒騎士を押し返した。それはどうにか功を奏し、黒騎士は数歩後退。そこへ、連撃を加える。
今度こそ防御されることはなく、一撃入った――しかし、
「駄目みたいだな」
シュウの言葉。剣は入ったが、傷はつかない。
「最後のそいつだけは、魔王の力を強くしてみた……魔王の力を加え過ぎると暴走してしまうため、賭けに近かったのだが……上手くいったようだな。魔王の力を持ちながら、私の意思に従う悪魔が誕生した」
そんな――俺は奥歯を噛み締めながら後退する。刹那、黒騎士から斬撃が縦に振るわれたが、どうにか避けた。
「さて、ここに新たな脅威が生まれたわけだが……満身創痍の君達には、こいつを倒すのも不可能だろう? いい加減、あきらめたらどうだ?」
彼が尋ねる間に、黒騎士が仕掛け、俺が捌き逆に反撃する。またも剣は当たったのだが、やはり効かない。最後の最後で、最大の障害が生まれてしまった。
今度は黒騎士の攻撃。鋭い刺突は間合いを相当詰めていた俺に避ける余裕を与えない――
「くっ!」
呻き、剣の先端を見ながら体を捻る。衣服をほんの少し掠めたが……負傷はしなかった。
すかさず剣を振り、押し戻す。結果、僅かながら距離を置けた。俺はすかさず後退し、一度体勢を立て直す。
「どうする? 君に勝ち目はあるのか?」
黒騎士の奥にいるシュウが問う。俺は何も言わず黒騎士を見据え――思考する。
フィベウス王国の聖域や、戦士達の演習で襲撃された時のようだ。明らかに不利な状況で、その時は勇者レンの記憶を思い起こし、敵を倒した。
けれど今回は――魔王という絶対的な力を持つ相手。黒騎士を倒し、なおかつ英雄シュウと戦わなければならない。
自然と、剣を握る腕に力が入る。目の前の強大な相手に、勝てるのかどうか。これまで戦ってきた光景とどこか似ていながら、それまでとは明らかに異なる絶望的な戦い――
「……勇者、様」
そこで――後方から、リミナの声がした。




