第百五話 木上家の答え
関澤家の家族と別れて美沙に言われたホテルへと向かう。まぁ元々美沙はともかく両親は深桜にはいなかったから仕方ないということとよく僕からの声掛けに応じてくれたなという疑問が残っていた。美沙の実家は結構離れているらしく、ここまで来るのに電車でも三時間は掛かるらしい。費用も馬鹿にならない上にホテルにいるのだからなんだか申し訳なく思っていた。
「少し下ろしてから行くか」
屋根伝いで移動してるから時間に間に合わないという心配はない。下ろすだけだからコンビニでいいだろうと思って近くのコンビニに入り、そこで金を下ろしてから再び向かう。道中は他に何もなかったから割愛させてもらおう。
ーー
「なんかここに来るのも慣れてきたな……」
深桜ホテルに着いて早々に抱いた感想はそれだった。美沙が数日寝泊まりしていたホテルに送る前にあの襲撃があったことから初めの印象は……というか思い出は良くない。まぁ護衛を依頼されてからはここにはあまり来なくなったけど。アパートを借りてそこで生活してるらしいのでその近くまで送ったりしていた。まぁ別れた後も安全かどうか見るために少し離れた所から中へ入るのを確認してから帰ってたけど。
「そういや怪しい影を見たことはないな……」
ふとニュースで聞くアイドルのストーカーのことを結構前にやってたのを思い出すが、美沙がその被害にあったところは聞いたことがない。あれだけ大物となったから手が出せないとか……なのか?まぁ被害がないに越したことはないけど。
それはそれとしてホテルの中へ入る。深桜ホテルは一般的な人向けの部屋と金持ちが入りそうな豪華な部屋で別れており、フロントで受付する時もそこで別れていた。美沙からは一般の方にいるのを聞いてたのでそちらのフロントの受付へ向かう。何か作業をしていた受付の男性がこちらへと気付いた。
「いらっしゃいませ。もしかして世刻秋渡様でしょうか?」
「ああ。そうだけどなぜ僕のことを?」
「木上様より銀髪の男性が来たら部屋へ案内してほしいと言伝がありましたので」
「なるほど。けど番号だけで構わないぞ?」
幸い部屋ならある程度分かるので僕はそう答えた。実際案内板もあるから迷うことは早々にないので特に問題はない。
「いえ、そうはいきません。ご案内致します」
男性スタッフはそれだけ言って受付にいたもう一人に声を掛けてから案内を始めた。邪魔はしたくなかったのだが、今更言うのも何なので肩を竦めて残ってる一人に会釈してから後に続いた。エレベーターに乗り四階で止まるとそこで降り、再び案内される。そしてとある部屋の前で止まる。
「こちらで木上様がお待ちです。それでは自分は失礼します」
「ん、案内ありがと」
「いえ」
ペコリと頭を下げてから男性が立ち去ったらすぐにドアをノックする。すぐに中から「どうぞ」と声が掛かったので中へ入る。
「失礼します」
中へ入ると部屋のテーブル席に腰掛ける美沙と美沙が少し成長したくらいに見える女性と眼鏡を掛けた年若そうに見える男性がいた。三者は僕へ視線を向けると美沙が「隣に座って」と言ってきたので視線で両親だろう二人に確認すると二人とも頷いたので美沙の隣へ腰を下ろす。
「初めまして。美沙の父、木上聡です」
「妻の史那です」
「世刻秋渡。敬語は苦手だから先に伝えておく」
僕の言葉に聡さん、史那さんが目を見開く。そして一気に視線が鋭くなった。……こりゃ話す前から無理か?
「それで、話とは何かな?」
どこか威圧的に話してくる聡さんに美沙が「お父さん……」と呆れるような態度をしていた。それに聡さんは気付いて美沙を見るが美沙からプイッと顔を逸らされて若干ショックだったのか鋭い視線が弱まった。それを眺めていたが、黙ってても進まないのでさっさと続けることにした。
「娘さんを僕の嫁に欲しい。その許可を貰いに来た」
単刀直入に僕はそう言った。この類の人ならば遠回しに言うよりはいいだろう。僕の言葉に聡さんは驚いたように目を見開くが、すぐに細めて鋭くなる。
「君は馬鹿なのか?見ず知らずの男に娘をホイホイやると思ってるのか?」
そして小馬鹿に……いや、完全に馬鹿にするかのように僕にそう言ってくる。史那さんも同じような感想なのか目がそう語っていた。
「お父さん……。ごめんね、秋渡君」
「いや、寧ろ今まで順調だったのが不思議だったからおかしい事じゃない。逆に安心した」
僕の言葉に美沙は「家だけが承諾しなかったのね……」と落胆している。そんな美沙は今はそっとしおくとしよう。今はこの二人だ。
「確かに見ず知らずの男だ。けど美沙と関わりがない訳ではないからな?」
そう言った僕に未だに疑わしそうに目を細め、馬鹿にするような視線を送ってくる聡さん。
「はぁ?一体君と美沙に何の関係が……」
「護衛だよ、お父さん」
聡さんの言動と態度に美沙が段々と苛立ちを感じ始めたのか、聡さんの言葉を遮って答えた。まさか美沙がそんなことをするとは思ってなかったのか聡さんはポカンとして史那さんも驚きを隠していない。かく言う僕も若干驚いたが……。そんな僕達に構わず美沙は続けた。
「しかも一日デートのイベントで相手になった上にそこで命を狙われたところを助けてくれたのもこの人だよ。私からすれば命の恩人だしステージへ立つ時の不安を減らしてくれたのも秋渡君。お父さんとお母さんは応援はしてくれてるけどそれだけじゃない。勇気を与えてくれたわけでもなければ自由にさせてくれてるわけでもない。大方私と育ちのいい誰かとくっつけるのに『アイドル』っていう肩書きがあるとやりやすいだけでしょ?」
「何を……言って……」
「前にそんなこと話してるの聞いたからシラを切らないでね?ともかく秋渡君はこうしてお父さん達の許可を得るためにわざわざ来てくれたけど……」
美沙は一度言葉を区切ると強い眼差しを自分の両親にぶつける。
「これ以上秋渡君を馬鹿にするなら私、家から名を捨てて意地でも秋渡君の所へ行くから」
「「なっ!?」」
美沙の発言に流石に声を出さずにはいられなかったご両親様方。けど美沙の横で僕も似たようなことになっていた。いや、来てくれることは嬉しいんだけどそこまでさせるつもりはなかったのだが……。そんな内心を読んだのか、それとも偶然なのか、美沙は僕が自分を見てることに気付くとにっこり微笑む。
「あの告白は嘘じゃないって証明出来たかな?」
「あ、ああ……」
美沙、問題はそこじゃないと思うぞ、と思ったが声には出せず曖昧な返事しか出来なかった。それでも満足したのか微笑むと未だに呆然としている両親へ向き直る。
「それに、お父さんさっきから強気な態度取って偉そうにしてるけどいいの?」
「……何がだ?」
美沙の勝ち誇るような、ではなく呆れたような声に聡さんが辛うじて声を絞り出していた。……僕、許可貰えるかどうか聞くために来たんだよね?決して家庭内で喧嘩させるためじゃないよね?ともかく今は見守るしかなさそうだ。
「本当に気付いてないんだ。この人、五神将なんだけどいいの?」
「「はぁっ!?」」
素っ頓狂な声を上げた聡さんと史那さんに美沙は「やっぱりか……」と呟いていた。そして聡さんが僕へ視線を向けて来る。
「う、嘘だろう?」
「いや、本当だ。明後日に暁と戦うことになってる」
「…………」
肯定すると聡さんは黙ってしまう。美沙は溜め息を吐くと僕の手を握ってくる。どうしたのかと思って美沙を見ると笑顔を返されただけ。何なんだろう……。
「どうやらお父さん達は話す気はないみたいだし、私の勝手にさせてもらうね」
「ま、待ちなさい、美沙!そもそも仮に私達が承諾したら貴女アイドル活動はどうするのよ!」
「そ、そうだぞ、美沙!あれだけなりたかったアイドルなんだろう!?」
美沙が席を外そうとしたのを見て慌てて史那さんが美沙へそう声を掛け、聡さんもそれに乗る。……この人達、本当に応援してたのか気になるような言い方だな。となるとさっきの美沙の言ってたことも嘘じゃないだろう。疑う理由もないけど。それはこの人達の態度でわかったからな。けどアイドル活動をどうするのかは僕も気になる。流石に恋人、または結婚となると続けられないだろうからな。果たして美沙はどう考えてるんだろう?
「確かになりたかった夢だけど私にはこの人と歩むことの方が今は上回ってるかな。それに……」
僕へチラリと顔を向けてから頬を赤らめて告げる。
「秋渡君なら……私の人生、あげてもいいかな……って」
「っ!」
僕は思わず顔を手で隠す。上目遣いにアイドルとしての、ではなく美沙本人の本当の笑顔、そして今の言葉に自分の体温が高まって顔が赤くなったのが分かったからだ。卑怯すぎるぞその笑顔。僕がそんな態度を取ったからか美沙はおかしそうに笑うと聡さん達に向き直る。
「秋渡君がアイドルとしての私が好きならやめることは考え直すけどここでこの話を逃したら私は一人だけ除け者になっちゃうしそれだけは嫌。何よりも私が秋渡君のこと大好きなんだから」
「待って美沙、聞いてて恥ずかしくなってきた」
「待たない。今までは秋渡君を追い掛けるのが精一杯でやっとその手を掴んだから離さない。離してあげない。それだけ本気だよ」
美沙は繋いでいる手に力を入れて本気というアピールをしてくる。……ところで美沙さん、今は貴女のご両親の目の前なのですが。指の隙間から黙った聡さんと史那さんを見る。二人は何事か話しているが、反対したら本当に家を出て僕の所へ来るのだろう。いや、僕は嬉しいからいいんだがな?その、流石に不憫に思えてきてる。そして話し合いが終わったのか、聡さんと史那さんはこちらへ向き直ると……。
「分かった。もう止めやしない。アイドル活動をどうするかも任せることにする。好きにするといい……」
どこか諦めたように告げてきた。それに美沙が喜んで僕に抱き着いてきたのだが、僕は視線でこっそりと「いいのか?」と尋ねると聡さんは「仕方ないだろう」と小さく頷いた。なら僕からはこの言葉だけだ。
「ありがとう。美沙は必ず大切にする」
それだけだった。けどそれで充分だった。こうして最後の鬼門だった木上家の承諾は美沙の熱弁と覚悟によって成功で終わったのだった。
余談だがホテル代とかを一部渡そうとしたらめっちゃ慌てるようにして断られた。理由は……まぁ五神将という肩書きがそうさせたんだろうな。ちょっとショックを受けながらも渡そうと思ったのだが……。
「君が今やるべきことじゃない」
と言われた。頑なに受け取らないという意思を示した聡さんに僕は渋々だが納得することにしてその場を去った。
さて、これであとは暁との対決だけだ。
ア「どうも、アイギアスです!」
秋「秋渡だ」
美「美沙です」
ア「これで説得は終わりましたね!」
秋「ああ。これで心置きなく暁に挑める」
美「はぁ……。お父さんの反応から不安だったよ……」
秋「逆に今まですんなり許可されてたから僕はこれが普通だよなって思ったがな」
ア「普通そうですよね。娘をくれと言われたら基本的に父親は黙ってないでしょうし」
秋「久英さんと俊明さんは寧ろ意気揚々と許可してきた……というか僕の言う嫁の中に自分の娘が入ってるか不安がったぞ……」
美「それは……羨ましいかな。秋渡君と結ばれることをたとえ他に相手がいても許可してくれたってことでしょ?」
秋「まぁな」
美「それに比べて家は……」
秋「僕は美沙の行動が一番驚いたところだったがな」
ア「男としては嬉しいように思えますが……」
秋「説得しに来た身としては複雑な気持ちでいっぱいだがな。まぁ許可貰えたからよしとするけどさ」
美「ふふ♪秋渡君と結ばれるためなら親でも負けないよ!私はアイドルだからプレッシャーにはそれなりに強いんだから」
秋「(アイドル関係ないような……)」
ア「(舞台と親との話し合いは違うと思います……)」
美「どうかしたの?」
秋「何でもないよ」
ア「それじゃ、締めましょうか。それでは……」
ア・秋・美「また次話で!」
おまけ〜
秋「ところで本当に家を出てまで僕の所まで来たのか?」
美「もちろん。私だけ除け者なんて嫌だもん」
秋「強情なやつだな」
美「ふふ、それは秋渡君の方が言えるんじゃないかな」
秋「……違いない」
美「でも皆で仲良く分け合うのは……悪くないかな」
秋「……そうか」
美「だから……私達の手離さないでね?私達も離さないんだから」
秋「誰が離すかよ。全員必ず守ってやるからな」
美「頼もしいなぁ。でも私達にもちゃんと頼ってよ?」
秋「ああ、どうしても辛かったりしたらそうするよ」
美「うん、約束だよ。だから負けないでね?」
秋「ああ、約束する」
美「終わったら存分に甘えるんだから覚悟しててね」
秋「お手柔らかにな」




