指輪の行方
女にフラレたのは過去に一度だけ。相手は奈月だった。
記念すべき二度目の相手もまた奈月。どんな皮肉だと、啓太は思う。
もしかしたら再び店のドアが開いて、奈月が戻ってくるのではないかと。そんな無いに等しい可能性に縋りつき、ここから動けない自分が傍から見ればどれほどカッコ悪いのか、想像すらしたくない現実だ。
「ねぇ」
後ろから声をかけられて、誰かと思えば、奈月を連れて行った男と一緒に居た、奈月とは正反対の装いをしている女だった。
「追いかけないの?」
歳は啓太や奈月と大して変わらないだろう。啓太の好みではないが、一般的に見れば美人だ。全く、世の中分からないと、啓太は軽く目を閉じる。
分からないといえば、2万で買ったチノパンの右ポケットが、やたらと重く感じるのは何故だろう?こんな窮屈ところに押し込んでいたから、罰が当たったのだろうか?
「ねぇってば」
「あのさぁ、イニシャルいりの指輪でも、高く買取ってくれる店、知ってる?」
「・・・え?」
目を開き、きょとんとした女に苦笑して、
「新品だし、40万ぐらいはしたものなんだけど」
余裕たっぷりにそう言えば、哀れみの目を向けられた。とっくにズタズタのプライドだから、あとはもう、笑うしかない。
「ごめん、冗談。じゃあお先に」
一頻り笑ってすっきりしたのかといえばそうでもないが、啓太はようやく、レジに向って歩き出した。そういえば飲食店に入って注文をせずに帰った経験がない。席に着いただけで金は・・・とられるわけがない。夜の店じゃあるまいし。
ありがとうございました、と固い声を出す店員が気の毒だ。集まる視線の意味は、店に入ってきた時とは全く違う。
どうして期待なんか、できたのだろう。
奈月が啓太の周りにいる他の女と違うことは、分かっていたはずだ。間違っても結婚を迫るために、鎌をかけたりする女じゃないってことは十分に、分かっていたはずだ。
あの白く細い指に填まる指輪を用意するのは、奈月の中では最初から、啓太ではなかった。
本当に、世の中分からない。というか、趣味を疑う。
あんなデカイだけが取り柄の強面金髪元ヤン野郎、どこがいいんだか・・・。
「待って!」
自動扉の前に立った時、また声をかけられた。店を出る際、奈月がそうしたように、後ろを振り向き、女を見る。
「私が買う。その指輪、私に売ってよ」
この女に教えてやるべきだろうか。未練がましいのは、虚しくなるだけだと。それとも・・・。
雨は降っていないけれど、外は曇り空だ。デートには生憎の天気。
弘樹よりもよほど女に似合っている男の背中を見送り、由佳は荷物が一つ増えた鞄を大切に抱える。
「兄さんが・・・悪いんだよ」
連絡先すら、知らないくせに
今度、なんて言うから。
end




