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婚活します  作者: 木野華咲
story5
11/21

お宅訪問です(3)

「これが弘樹が生まれたばかりの頃、病院で撮った写真。小さいでしょ?2600グラムしかなくてねぇ。子供は小さく生んで大きく育てるのがいいというけれど、まさかあんなに大きく育つとはねぇ・・・」


くすくすと笑う弘樹の母親が目を細め、愛おしそうにアルバムの中の古い写真を見る。


「これはね、3歳の頃。柱の角で頭をぶつけてね、5針縫ったのよ。ほら、あの柱でね」


仏頂面で頭のガーゼを両手で覆う幼い弘樹の写真から、母親が指す柱へと視線を移した奈月は、眉尻を下げ苦笑する。桐の箪笥と木製の鏡台が3分の1のスペースを奪う8畳の和室を支える柱は、太く立派で、角ではなくても、頭をぶつけたら痛そうだ。


「これは5歳の頃ね。初めて従兄弟のバイクに乗せてもらって・・・」

そうそう、と母親が手を打った。

「奈月さんはもう、弘樹のバイクは見た?」

「いいえ」

奈月は僅かに首を傾げながら答える。

「そう。なら後で見せてもらいなさいよ。納屋にね、3台も大きなのがあるのよ。あの子がバイクに興味を持ったのは、この一緒に写っている従兄弟の影響だけど、16歳の誕生日を迎えてすぐに免許をとってね。バイクのサイズは大きくなっているけど、その頃から飽きもせずに毎日毎日磨いてるわよ」

「そうなんですか、3台も・・・」

母親が頷く。

「本当はね、バイク関係の仕事に就きたかったんだと思うのよ。私もお父さんもそれならそれで構わないと言ったんだけど、妙な責任感はある子だから、自分は長男だから畑を継ぐんだって、きかなくてねぇ。そのくせ、暇さえあればバイクバイクバイクでしょう。そんなに好きなら無理しなくてもいいのにねぇ・・・」


物憂げな溜息を零す母親の言葉を疑問に思った・・・次の瞬間、


「無理はしていないと思いますよ」


奈月の口が勝手に動いていた。


「どうして?」


驚いたように問われて、奈月はハッと目を見張る。


「すみません。まだ息子さんと出会って日が浅いのに、生意気なことを言ってしまって・・・。」


相手の主張を曲げる発言は、ソーシャルワーカーとして福祉施設で働く奈月にとっては、手痛いミスだ。本来口は立つ方だから、過去何度も講師や上司には注意を受けてきた。最近では仕事とプライベートを分離させることでストレスを発散させたりもしているが、例えプライベートでも、相手によっては仕事のつもりで接する必要がでてくる場面は多々ある。それが今日であり、今後もしかしたら良好な関係を築き、それを持続しなければならない可能性のある弘樹の母親に対しては、特に気をつけるつもりでいたのだ。


慌てて姿勢を正した奈月に、母親がゆるゆると首を左右に振る。


「いいのよ。教えて奈月さん。奈月さんには、弘樹がどういう人間に見える?」


問いかける母親の顔は真剣だった。遠慮は不要だと、その表情が語る。両手を膝におき、視線を真っ直ぐに、奈月は息を吸い込んだ。


「弘樹さんは、自分の感情や考えを素直に表現出来る人なのだと感じました。けれど頑なに意見を押し通すのではなく、他人の話に耳を傾けることができる人なのだとも思います。私には、そんな彼が無理をして責任だけに縛られるような毎日を送れるとは思えません。バイクと同じぐらいに、もしかしたらそれ以上に、彼は今の仕事が好きなのではないかと、そう思んです」


それに、と母親にむかって、奈月は微笑む。


「彼はとても、家族を大切に想っています。私にとってそれは、尊敬に値するものです」


奈月の一言一言を噛み締めるように聞いていた母親が、少しの間をおき、


「そう・・・奈月さんには、弘樹がそんな風に見えるのね」


心から嬉しそうに、柔らかい笑みを見せた。


「ありがとう、奈月さん」

近づいた母親に両方の手を握られて、奈月は「いいえ」と首を横に振りながら、心の内でほっと息を吐く。同時に、何時まで経っても半人前のソーシャルワーカーである自分を、情けなく思った。


「あのね、奈月さん」

奈月の表情から何か察したのか、アルバムを閉じた母親が、クスクス笑う。


「私と弘樹の父親もね、パーティーではないけれど、お見合いで知り合ったの。そのままお互いをじっくり知る暇もなく結婚してしまったから、衝突が多かったし、派手な喧嘩もしょっちゅうしたわね。本当に、何度家を飛び出そうと思ったか・・・。だけど、一人で二人の子供を育てていく勇気もなくてね、結局は一度も飛び出せなかったのよね・・・」


懐かしげに目を細める母親を、奈月はジッと見つめる。


「おかしなものでね。そういう時期もあって、いい時期もあって、本当に色々なことがあって築いてきた生活だから、突然あの人が逝ってしまって一人になったら、何をしていいのか分からなくなってしまったの。心配してくれる弘樹たちには申し訳ないのだけど、寂しくてね、今頃になって、あぁしとけばよかった、こうしとけばよかったって、後悔ばかり。あの人がここまで大きな存在になっていたなんて、生きてる頃はこれぽっちも思っていなかったのにね。本当、嫌になるわ」


でもね、と奈月と目を合わせた母親が、微笑む。


「もう大丈夫。ぼーっとしている暇はないのだと、昨日今日、家の掃除をしていて気づいたのよ。私とあの人の息子達が、結婚して、子供をつくって、きちんと夫として、父親としてやっていけるのか、あの人の代わりに、私が見張らないとね。だから、奈月さん。私のことは気に掛けなくていいから、じっくり弘樹を見て、奈月さんのパートナーとして相応しいか、見極めてやって。私は奈月さんが好きだから、弘樹のお嫁さんになってくれれば嬉しいけど、それよりも、奈月さんにも弘樹にも、幸せになって欲しいと思うのよ。だからこそ、相手は、しっかり見極めないと。何たってこれから、何十年も一緒に過ごす人なんだから」


どこかで聴いた科白だと思いながら、ありがとうございますと、奈月も微笑む。弘樹から報告は受けていないが、ある程度事情を把握した上での、母親の気遣いなのだろう。


「あの、一つお尋ねしてもよろしいですか?」


だとすれば、この質問は失礼になる。それでも、知りたいと思う。


「ん?どうぞ」


微笑んで先を促す母親を、奈月は真っ直ぐに見つめた。


「弘樹さんのお母さんにとって、結婚は、どういう意味のあるものでしたか?」


結婚の意味?と、母親が首を傾げながら笑い、奈月はそれに、神妙に頷く。


「そうねぇ、少なくとお見合いをした頃は、適齢期を迎えたら、結婚しなければならないと思い込んでいたし、周囲にもそう言われていたような記憶があるけど、今考えると、それもすごくバカバカしく思えるわね」


結婚はね、と母親は口元に笑みを浮かべたまま、困ったように眉尻を下げる。


「一生懸命意味を探さなくてはいけないような、特別なものではないのよ。日々の暮らしに、相手が加わり、相手の家族が加わり、そのうち子供も加わって。家族が増えれば、楽しいことは増えるけど、嫌な思いだってたくさんするし、もうこんな生活やめてしまいたいと思うことだってある。でもね、 そうしているうちに歳をとって、家族が減り、子供が巣立ち、煩わしいことがなくなるでしょう?そうしたら今度は、楽しいことまで減っているのに気がついて、がっくりするのよね。夢を壊すようだけど、結婚というのは、その程度のことなの。だからそういうものが嫌だというなら、しなくてもいいと私は思うの。けれどするのなら、相手は重要ね。日々の暮らしというのは、云わば人生そのものでしょう? それなら少しでも好きな相手と、少しでも長く楽しい時間を過ごしたいじゃない」


最後はおどけた様にそう言い、第一、と母親は笑った。


「好きな相手の子供でなければ、産むのも育てるのも、大変よ。だって出産は命がけだし、生まれてきた子供は、自分にも似るけど、相手にもしっかり似るんだから」



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