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過保護なる世界征服

 特異なんて訳の分からない存在を相手しているくらいだから、まともな人間は殆ど居ない。美墨さんは比較的まともよりだけど、それはどちらかと言えば現場で働く兵士だからで、オレ達を管理する上の人間は決してまともなんかじゃ居られないと思う。

 オレの『過保護』の性質を解き明かそうと、被害も気にせず実験をするような人が居る。その事実だけで偏見を抱くには十分だったが、ここに確信した。まともじゃない。


 世界征服プランとは、簡単に行ってしまえば危険性の高い特異による一方的な殲滅軍事作戦の事だ。


 どうもこれらは発覚してすぐに却下、計画の凍結が行われている様だが、その判断を下した人間はまだまともだ。殆ど検閲されているが、


・特異███の有機物合成による生態系破壊  成功率 四六% 追記 非協力的だ!


・特異██████による精神捕食    成功率九九%  追記 私が廃人になるだろう!


・特異███を解放     成功率三% 追記探したが何処にもいないぞ!


 何かしら危険性のある特異の性質を利用するつもりだった事は分かる。番号が伏せられているのは色々理由はあるだろうけど、こんなバカな思いつきをする博士が居るなら他にも似たような発想をする人間が居る。二次被害を避ける為だと思う。

「こ、これが普通ですか? 僕には何も、け、結構頭のおかしい人に見えますけど!」

「博士は気にしないけど、そういうの普通に言っちゃ駄目。処罰されるわよ。でも君には無理か。『過保護』を誘発させちゃうし」

 言葉で叱られてもそれは攻撃とはみなされない。勿論、オレが自発的に使おうとしなければ。通路を抜けて部屋に入ると、狭すぎた一本道から一転、巨大なカジノが広がっていた。



「………………?」



「うん分かる。気持ちはね。私は幸太の味方よ」

 スロットマシン、ルーレットテーブル、札が丸められた状態で入ったビリヤード台、トランプタワー、札束が乗車したラジコンカー。王道から一風変わった設備まで、だがもれなくお金を賭けそうだ。誰かにやらせるつもりなのだろうか、無人の交換所には最低百万からの文言がある。

「普通ですか? 美墨さん、これは……その」

「普通。千代田博士は相対的にはまともな方だから。施設の改造は良くないけど、ストレスの発散をしないと何をするか分からないって思ってくれたら、少しは分からない? 特異の管理に近いでしょ」

「クロネコみたいな事ですか? 僕には……なんか無茶苦茶するのをたてに好き放題してるだけなような」



「おっと! 君は『ステルス・ペアレント』だね!」

 


 天井のダクトから落下するように現れた白衣の男性。外見年齢は三十代半ばくらいで、いたるところに白髪が見える。まだオレが普通の世界に居た頃の話、電車に乗った中年のサラリーマンがこのような雰囲気を醸していたが、違うのは盛大に音を漏らしたヘッドフォンを装着し、何やらハイテンポな曲を聞いている事だ。それだけでくたびれた雰囲気から一転、アッパーな危うさが匂ってくる。

 美墨さんがすかさず割って入ろうとするが、千代田博士はそれよりも早く俺の周りをぐるぐると歩き始めた。

「ふむふむ……そうだ、いい事を思いついた! 君、私の世界征服プランに一口乗ってみないか! 『過保護』による不滅のカウンター。それさえあれば世界征服は非常に簡単だ。私が悪の帝王となり世界のヘイトを買う、君はそうだな。特異-九九八二による縫製で私の服にでもなってもらうか。大丈夫、攻撃ではないよ! ただあり方が変わるだけだ、仮にそれが不可能でも……試す価値はある! どうだい、どうかな! ロマンがあると思わないか! 君も男の子なら、世界を支配しようと思ってみないか!」

「あの、千代田博士。彼はそんな行動に興味はありません。今回はつい先程起きた出来事についての報告をしにやってきました。彼も一応職員ですから同行を」

「これだから女はロマンが分からない! ヒステリックで、高慢ちきで、恥じらいのない愚かな性別だ! こんな奴の言う事は聞くな! 私の言葉にだけ耳を貸せ!」

「ぼ、僕は一応美墨さんに管理されてる立場なので、好き勝手言われるのは気分良くないです……」

「何? 攻撃とみなすか?」

「……僕の傍に居る何かが攻撃とみなさないなら何してもいいって、そんな風に考えてるんですか?」

 オレのこの気持ちは、ストレートに不愉快だ。美墨さんに抱いてる気持ちは上手く表現できないけど、親しくもないのにここまでボロクソに言うその根性が気に入らない。強い拒絶が、力となって籠る。後は解放するだけで。

 千代田博士はヘッドフォンを首にかけると、悪気のなさそうに目を瞑ってつむじを掻く。

「何してもいいに決まってるだろ。こういっては何だが、特別なのは君ではなく君の背後に居るモンスター・ペアレント! おっと文字通りの意味だぞ。君自身は特別取り柄もなく、我々が注目するに値しない人間だ。職員であるならその事を理解しておく事だ」

「博士、やめてください。幸太が異常でない事は良い事です。普通の生活を、『過保護』にさえ気を付ければ送れるんですよ」

「…………僕だって、望んでこんな力が欲しかったんじゃない!」

「幸太!」

「貴方の言う通りだ! 僕だって出来れば普通の生活したかった! 手放せるなら幾らでも手放すよ! でも手放せないから一緒に居る! それを、まるで僕が権威を傘にしてるみたいに言ってっ。だったら貴方はどうだ、貴方だってこの機関に所属しているだけで特別な人間なんかじゃない! 思いあがるのもいい加減にしろ!」

「ほう? 私が特別じゃない!? それは一体、如何なる観点から?」



「████████████████!」



 オレの言葉のありったけを。人を舐めてかかる博士が普通だって、冗談じゃない。信じられない。ここまでコケにされて、黙ってろなんて無理だ。博士の白衣に掴みかかって、スロットマシンに押し倒す。美墨さんが声で制止するのも聞かずに、その体を押し込んだ。

「█████! ████ね!」

「…………………成程」

 千代田博士は白衣を脱ぐと、目の前で足を組み、深々と頭を下げた。



「いや、すまない。少しやりすぎたな。ここが引き時だ。全く君の言う通りだ。心から謝罪しよう」




















「し、心臓が止まるかと思った……」

「ごめんなさい…………」

「もう……こういうのは勘弁して……銃を持ってたって、止められないんだからね」

 カジノ場へと改造された部屋を通りぬけて、全く殺風景な事務室に移動した。パソコンと書類と、後は施設の何処かの監視カメラが映像をこちらに送っている様だ。博士は回転椅子に座るとキーボードを引っ張り出して、パソコンを起動した。

「さて、お詫びと言ってはささやかだが手短に用件を済ませよう。姫乃崎の一件についての報告だったな?」

「概要は先程説明した通りです。姫乃崎が幸太自身の無害性を利用して実験を行おうとした……現在彼については蘇生処置を行っていますが、今回の処遇について博士の意見を伺いたいと思いまして」

「僕はそもそも、なんの実験をさせられそうになったんです……か?」

「それについては、百聞は一見に如かずだな。よし、こっちに来い。映像を見せてやろう。情報記録室の監視映像だ。そもそも姫乃崎が何故あそこに監禁されていたのかも含めて―――タダで教えよう」

 タダも何も、お金を取るつもりだったのか?

 美墨さんと顔を見合わせながら首を傾げると、博士がぽつりと独り言のように呟いた。







「君の『過保護』はちょっと、気難しいみたいだ」


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