従量課金で高位魔法を使われたせいで、パーティは破産寸前である
魔法は、無料ではない。
それが、新しい世の新しい理だった。
遥か遠く、古の時代。人々は際限無き万能の力――『魔法』をその身に宿し、自由に行使していたという。
失われた万能力、世界改変の力。長い時を経て、誰もがそれを御伽噺か伝説の類としか考えなくなっていた。
だが、再び、魔法は世に蘇ることとなった。
元々のそれよりも、不完全な形の力……『配信魔法』として。
『魔法配信ギルド』と呼ばれる組織が統括する、有料配信型の魔法。マジック・ネットワーク経由で配信される超常の力。新しき時代の魔法としてそれは社会に広く浸透し、特に、古代の地下遺跡などを探索して儲けを得る冒険者などに重宝されることとなった。
しかし。
『配信魔法』の使用には基本使用料や各種魔法配信プラン料金をはじめ、様々な費用がかかる。古い時代の万能の力は、資本と直結した便利な、そして、『なんとも懐に優しくない力』として蘇ったのだった……。
*
何か、慣れ親しんだ悪夢を見たような気がして、男は目を開いた。
暗さに沈んだ迷宮の中、眠りから最も早く覚めたのは、その男、戦士であるアバル・グラストンだった。彼は素早く起き上がり、そして目覚めをもたらした気配の正体をすぐに見つけた。
古代の遺跡、広大なダンジョンの奥深くで、彼と彼の仲間の寝込みを襲ったのは、巨大な体躯を誇るドラゴニュートであった。
人のように四肢を持ち、二足で歩行し腕は人と同じく自由に振るうことが出来る。だが人とは異なり恐ろしい巨体と強靭な生命力、ウロコと翼、そして竜の頭を持つモンスターである。
ドラゴニュート――竜人は、魂まで震えそうな恐ろしい雄たけびを上げた。
「抑える! 援護しろ!」
同じく横になっていた仲間に声をかけながら身体を起こし、アバルは愛用の剣を寝床としていた毛布の上から剥ぎ取るように手に取って抜刀した。刀身に一瞬だけ彼自身の容貌が映りこむ。
中肉中背ではあるがよく鍛えられた肉と骨。若々しさを多分に含みつつも未熟さはほとんど含まぬ精悍な顔つきの上で、短めに切られた黒髪が揺れている。焦げ茶の瞳は鋭く引き絞られ、眼前の敵をはっきりと捉えていた。
「ふっ!」
短く呼気を吐き出し、アバルは踏み込んだ。
竜人の反応は巨体に見合わず素早かった。腹を狙って切っ先を振るうアバルに腕を振るうことで対応する。人体など熟れた果実より容易く引き裂き潰せそうな逞しい腕とその先に付いた爪を、アバルは刀身を上手く当てることで逸らし、その隙に体勢を変えて剣を持つ手首を返す。
跳ね上げるようにしてウロコに覆われた首筋を斬りつける。竜人はもろに一撃を受けるが、多少怯むのみで、ウロコに覆われた体皮には傷らしい傷も付いていない。
だがそれで十分だった。怯み、動きを止めた竜人の左目に、アバルの背後より飛来した投擲用のダガーがものの見事に突き刺さる。
「当ったりぃ! ひゃっほいどんなもんよー!」
元気の良い声が響く。
「ミアキス! よくやった!」
アバルは快哉を上げた。援護は、背後に控える仲間の一人、盗賊の少女、ミアキスのものだった。優れた動体視力と反射神経と運動能力をもつ彼女が、敵の目を射抜いたのだ。喜ぶ彼女は、細い体躯でぴょんぴょんと跳ねている。首の上には、猫のような動的な煌きに満ちた瞳と、そして実際猫なのではと思わせそうな柔らかな毛に包まれた獣の耳を有した頭部があった。
そのすぐ隣で、更に別の女性の発する声が、ミアキスの声とは対照的に低く静かに、明朗に響き渡る。半ば目を閉じ集中する彼女は、大人びた落ち着きを全身に湛えていた。長く美しい暗い色の髪と、長い睫、細い顎、全てが精神集中の静寂に包まれている。
「凍天の覆い、憐憫の玉座、地と血震いて固着する……小さく跳ね続けよ!」
詠唱が、彼女の唇から発せられ、区切られる。彼女は、治療魔法や補助魔法に秀でたクレリックだった。
彼女の声に応じて、アバルの眼前にふっと何かが現われた。ほとんど不可視のそれは、軽く空気を震わせ、そして空間に一時的に固着した。
竜人がまたも嘶き、両腕をアバルに向かって叩き付けるように突き出した。
が、巨大な爪の先はアバルの眼前で耳障りな衝突音を響かせると、大きく弾かれる。
「うまいタイミングだ、リコリス!」
アバルが叫ぶ。
敵が体制を崩した隙に彼は相手の側面に回りこみ脇腹に向かって数度剣を振るった。
そろそろだ、と判断して、アバルは叫ぶ。
背後に控える三人目の仲間――パーティーの攻撃の要となる者へと。
「今だ、ぶちかませ!」
強靭な皮膚とウロコを持つ竜人を仕留めるならば、戦士も盗賊も力不足である。有効なのは、人知を超えた力を持つ魔法の一撃のみ。
一際強く力を入れて竜人の膝裏を剣で掻き裂き、悲鳴を上げて体勢を崩す相手から飛び退きつつアバルは振り返った。
そこには、アバルたちが稼いだ時間を利用して集中し、詠唱し、古代の魔法のなかでも一際強力な高位攻撃魔法を扱う者、パーティーの攻撃の要、人の身で最も大きな力を持つハイ・ウィザードが、轟然と立って――
いなかった。
「……ぉお?」
虚を突かれて、思わずアバルは変な声を出して動きを止めていた。
パーティーで雇っていたはずのウィザードの姿は、何処にもなかった。ただ、そのウィザードが寝ていたあたりの地面に、小さな紙切れが落ちていることにだけ気がつく。
「なんだそれ」
呟くと、未だ小躍りを続けていたシーフのミアキスが、ひょいとそれを摘み上げた。
「あ、これ、辞表だって」
けろりと言ってのける。ひらひらと彼女が揺らすその紙切れには、細い字で『探さないでください』と書かれていた。
「辞表?」
「そう。キャシー、夜中に出てったから。なんか、思ってたより迷宮探索ってつらいし疲れるし冷え性がどうとかで嫌になったってさ」
「あ、そうなの? 何その理由。ていうかとめようよそこは」
「夜中だったしいつの間にか消えてたし私も寝ぼけてたし」
「そっか」
言って、アバルは一つ、落ち着いて息を吐いた。ぽりぽりと切なげに頭など掻きつつ、背後に向き直る。
「その、そういうわけなんで、すみませんが今日のところはお開きということで一つ――」
言い終わらぬうちに、憤怒の色を強く瞳に灯したドラゴニュートが、額に青筋っぽいものを浮かべながら思い切りとび蹴りをかましてきたのだった。
*
「使い込まれた」
命からがら地下ダンジョンから近場の町へと戻り、安宿の食堂で腰を落ち着けるなり、アバルはそう呻いた。
アバルの目の前、簡素な木製の丸テーブルの中心には、一枚の紙切れが広げておいてあった。
アバル、そして同じテーブルについた仲間の二人がそれをじっと眺めている。一人はまだ少女的な骨や肉の未成熟さが各所に残る、細身のシーフ・ミアキスだった。眠そうにくああ、と欠伸などしている。
もう一人は、落ち着いた静けさと深い知性の色を宿した女性――クレリックのリコリスである。隣のミアキスよりもやや大人びており、動きやすいゆったりとしたローブを身にまとっているが、その上からでもメリハリの利いた体の線が見て取れる。
テーブルに置かれた紙片には、細かな数字が羅列してあった。基本使用料、各種プラン料金、セット割引、月々の端末アミュレット代金、エトセトラエトセトラ。項目の細かさは見ているだけで頭が痛くなりそうな代物だったが、末尾に書かれた数字だけは誰もが一瞬で理解できる分かりやすいものだった。
支払期限とセットで示された、請求額。それも、おぞましい桁数の。
「プラン外の高位魔法を使いたい放題使って、逃げやがったんだ。あんの、クソウィザード……!」
怒りを込めてアバルは憎憎しげに呟いた。払えるわけもない請求書を前に、渋面を浮かべて。
「従量課金で魔法を使うなんて……それも高位魔法を。凄い金額になるとは聞いていましたけど、本当にこれは……」
リコリスが恐ろしさを声の震えに乗せて嘆いた。
テーブル上の請求書は、ダンジョン帰りにアバルが魔法配信ギルドのショップで受け取ったものだった。パーティーから姿を消したウィザードが高額な高位魔法を定額プランもなしに使いまくった結果として、悲惨な請求額が記載されている。
不幸なことに、請求先は「アバル」と契約上定められていた。パーティー割だの一括請求割引だの、アバルが契約した複雑怪奇な「配信魔法使用プラン」の規約の中にその請求先のルールも記載されていたのだ。消えたウィザードは、請求先が自分でないと知っていて、パーティーから逃げた上で魔法を(タダで)使用しまくったのだ。
後悔は先に立たず、覆水は盆には返らない。
「あのさ、これって大分ヤバイ状況?」
ミアキスが軽い声音で尋ねる。アバルは大きく溜息をついてそれに答えた。
「ハイパーウルトラまずい状況だ。払えなきゃ借金地獄だぞ。魔法配信ギルドは甘い相手じゃない」
俺たちは早急に、大金を用意しなけりゃいかんのだ、とアバルは冷や汗など額に浮かべて告げる。通常のダンジョン探索では到底届かない稼ぎが必要になる。
だが、そんな金稼ぎの方法がどこにあるのか。
「なにか、早急に儲ける方法を考えないと――」
魔物でも、危険な罠でも、古代の呪いでもなく。
今このパーティーは、魔法の月額利用料によって壊滅しようとしている。
死相のようなものを浮かべて、アバルはテーブルに突っ伏したのだった……。




