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THE TOWER OF PRINCESS タワーオブプリンセス  作者: 池田瑛
7章 THE TOWER OF PRINCESS
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61 その夢はまだ、見ていますか?

 俺とアリスは、クエスト協会に置いてある魔法の鏡で、赤の女王のことを報告をして、ピリシカフルーフに向かっている。

 シュノーケンの図書館に篭もっているアンネローゼさんや、ピリシカフルーフを守っているリーゼロッテさんにはクエスト協会経由で連絡が直ぐに入るだろうが、ツヴィンガーの魔窟で暗獄獣ダスクの封印を守っているシンデレラさんには連絡が容易ではないだろう。暴君グラゴーネを封じてくれているルーティアさんには、ベアトリクスさんあたりが連絡してくれるから意外に早いかもしれない。ラプンツェルさんは、既に魔物退治に出発してしまっているとのことだが、まだそんなに遠くには行っていない。


「デジレさん、前方に魔物です」と、アリスは森の中を走り進みながら言う。

 俺の移動スピードに平然と付いてきながらも、索敵を怠っていない。


「私がやります」と、アリスさんはジャンプして、木の枝から枝へと飛び移りながら移動を始める。身軽だよなぁ、と俺は思う。

 俺が現場に着く前にアリスは1匹の魔物を木から飛び降りる際にメイスでその魔物の頭を砕き、そのままの流れで怯んだ1匹も殺した。そして逃げようとして背中を見せた魔物を、魔法で殺す。

 手際が良すぎるんだよなぁ。アリスにも、もう敵意はないように思うけど、やっぱり警戒をすべき相手ではあるように思える。


「少し、休憩をしましょう。あちらに、小川があります」とアリスは何事もなかったように進んで行く。


「君って、魔法も体術も、どちらも凄いよね」と俺は、アリスの横を歩きながら言った。


「赤の女王に仕込まれましたので。ここです。この小川の水はきれいですよ」と、小川の畔にアリスさんは腰掛ける。俺も、その横に座った。


「子供に仕込むにしてもなぁ」と俺は赤の女王に呆れた。


「手駒が少なかったからでしょう。さすがに、外見がトランプの兵士や、実験で造った亜人を隠密などに使うのは難しいですからね。外見で目立ってしまいますよ」


「その点、君は外見だけみたら普通の女の子だものね」

 中身は結構イカレタ感じだったけど。


「女の子ですか……。一応、私はデジレさんの倍は生きていますよ?」とアリスは何でもないかのように言う。


「え? ウソだろ?」と俺は驚きアリスさんの顔を注視する。どう考えても俺より年下だ。そして、あまりにアリスの顔を見たせいで、危うく、枝で顔をぶつけるところだった。


「外見は14歳ですね。赤の女王によって成長を止められていましたから、そう見えるだけです。貴方は覚えてないでしょうが、あなたが赤ん坊のとき、私は貴方を抱いたことだってありますし。それに……何回かオムツを変えたことだってありますよ?」と、アリスは言う。


 俺は驚く……。

「その節は、ありがとうございました、と言うべきなのかな?」と俺は言う。


「いえ。貴方を適齢年齢まで育てた後は、ウサギや犬との混合生物にする実験に使う予定でしたからね。デジレさんのお父様があなたを連れて逃げなかったら、今頃、デジレさんもお尻に尻尾があったかも知れませんよ。そして、心がどこが歪んでいたか、狂人になっていたでしょう」とアリスは言う。

 結構、怖いことを平然とアリスは言っている。俺はリューゲ、ライツ、ドリットの3人のことを思い出した。意味深なことを意味なく言うリューゲ。酒浸りのうさみみ男、ドリット。感情がころころと変わるライツ。


「ノンノピルツの人たちのようにか?」


「そうです。かつての私を含めてですが……」

「それは、俺の親父もってことか……」


「大変言いにくいことですが、そうです。また、トランプの兵士は赤の女王の最初の実験体です。おそらく、赤の女王の呪縛から逃れたとしても……」とアリスは言葉を濁した。

 赤の女王の呪縛から逃れるには、おそらくあの緑の薬を飲むということだろう。ネリーがアリスにあの臭い緑の薬を飲ませたことも、そしてアリスが、ネリーにノンノピルツの街の人たちにあの薬を飲まそうとしているのは、そういうことだと思う。


「ですが、デジレさんのお父様は、本当に強い人です。剣技の腕前もトランプの兵士の中では一番上手で、そして何よりスピードが速いでした。足もとても速かったです」とアリスさんは微妙な表情をした。


「親父を知っているのか?」


「ええ。私と多少の因縁がありました」とアリスは答えた。アリスさんの言い回し……。『因縁』という言葉に俺は引っかかる……。同じ赤の女王に仕えていたということなのに、因縁という言葉は少しおかしい。


「因縁ってもしかして!!」

 まさか、なんて思うけど!


「私がデジレさんの母親ということはないですよ?」とアリスは言う。


「そ、そうだよな」と俺は落ち着きを取り戻した。


「トランプ兵士タイプは、呪縛から逃れても、赤の女王への恐怖心が心に深く植え付けられています。常に赤の女王の影に怯えながら生きる。それも、幼いデジレさんを育てながら……。強靭な心がなければ、どこかで折れていたでしょう」とアリスは言う。


「確かに、魔女、つまり赤の女王のことを一度だけ話したときはひどく何かを怖がっていた……」と俺は思い出す。

 『記憶が全部戻ったわけじゃないからはっきりとは思い出せない…… だが、あの魔女の、背筋が凍るような笑みだけは忘れない』と親父は言って震えていた。勇敢だった、1度も剣術で勝てなかった、強い父だった。そんな父が震えていたのだ。


「人里離れた山奥で過ごされていたというのも、赤の女王からの恐怖心だったのかもな。そして、俺に、体術や剣術を教え込んだのも、いつやって来るかわからない赤の女王への備えだったのかもしれない……」と俺は、脇に落ちていた石を小川に投げ込みながらそう呟いた。川の中にできた波紋は、小川全体に広がりながらやがて消えた。


「やっぱり、まずは赤の女王を倒すことが先決だな」と俺は独り言のように言った。

 俺は、俺を呼んでくれた人を探す。それが、あの山奥から出てきた理由だった。そして、いろいろな人とであった。エインセールとも出会った…… そしてエインセールは命を落とした。俺は、俺を呼んでくれた人を探す前に、エインセールの仇、つまりアリスを殺すことを決めていた。だが、アリスも赤の女王に支配されていただけだった。敵討ちをする相手が変わっただけだ。


「私からもお願いします。一緒に赤の女王を倒してください。ですが……」

 アリスは言いかけて途中で口を噤んだ。しかし、

「もう一つデジレさんに伝えなければならないことがあります」と意を決したように言う。アリスは隣に座っている俺をまっすぐに見つめる。


「な、なんだよ。急に改まって……」


「デジレさんを呼んだ人。それは、エインセールさんの可能性が極めて高いです。私の試算では、99.9パーセントがそうです。おそらくほぼ、間違いありません」


「う、うそだろ?」


「残念ながら、嘘ではありません。実は、エインセールさんが貴方を呼び求める声。それは私にも聞こえていました。透き通るような、そして切実な声。もっとも、エインセールさん自身もご自分がデジレさんを呼んだという自覚は無かったようですが……」


「う、ウソだろ? 冗談にしては笑えない!」


「本当です……。遠くにいても聞こえてくる、あの心に沁みような声。当時の私には不協和音でした。赤の女王に固く封印された私の心にも響き渡る声。当時の私には、ガラスを爪でひっかいた時のような音でした。とても不快な音でした」

 アリスさんの話を聞いて、妙に納得が言った。最初からアリスはエインセールの事を毛嫌いしていた。初対面でいきなり、エインセールの羽をむしり取ろうとしたり、アリスのエインセールに対する態度は明らかに悪かった。時には、エインセールを羽虫呼ばわりしたり。

 自由奔放なアリスだから、あまり気にしてはいなかったが……。


「アリスの勘違いかもしれないだろ?」


「そうであればどれだけ良いか、と私も切に思います」とアリスは言い切る。エインセールが俺を呼んだ人だと確信している。


「デジレさん。一つ伺います。エインセールさんと出会ってから、貴方を呼ぶ声を聴きましたか? エインセールさんと出会った後、誰かに呼ばれていると感じ続けていましたか? 夢で何かの塔を見たとデジレさんは仰っていました。その夢はまだ、見ていますか?」


 俺は、眼を閉じて耳を澄ませる。小川の流れる音が聞こえる。風の音が聞こえる。鳥の鳴き声が聞こえる。だが、俺を呼ぶ声は聞こえなかった。

 俺は、身体全身の力が抜けていくのを感じた。


「デジレさん!」と、倒れそうになる俺の体をアリスが支えた。


 

 親父が言っていた。

「いつか、お前を本当に必要としてくれる人が現れる。だから、強くならなきゃいけない」と。


 俺を必要としてくれた人はエインセールだったのか? 俺はその人を、呼んでくれた人を自らの手で殺してしまったのか? 俺は、何のために強くなったんだ? 本当に必要としてくれる人をこの手で殺すためだたのか? いや、そもそも親父が俺を鍛えたのは、親父が赤の女王を怖れていた、ただの恐怖心を紛らわすためだったんじゃないか……。

『いつか、お前を本当に必要としてくれる人が現れる。だから、強くならなきゃいけない』

 それは、ただの詭弁だったんじゃないか?


「俺は、俺の力を本当に必要としてくれる人が現れる。そう信じていた……。俺なりに一生懸命努力して強くなったつもりだ……」


「デジレさんは、Læva-sverð(レーヴァ-シュベルヴ)を使いこなせるほどでした。並みの強さではないです。本当に血のにじむような努力をされたのだと思います」とアリスは言う。


「でも、そのせいで俺は、Læva-sverð(レーヴァ-シュベルヴ)に操られて、エインセールを殺してしまった。本末転倒じゃないか……」

 俺は、今までのことが無意味に思えてきた。厳しい訓練、呼ばれた声。旅立ち。そして、出合い。その結末は……。絶望しかないじゃないか……。


「デジレさん! しっかりしてください!」とアリスは俺の両肩を強く握り、俺を強く揺さぶる。


「エインセールさんを害した私が言えたことではないです。ですが言わせてください。デジレさんを本当に必要としてくれる人は必ず現れます! 私は、デジレさんが『「俺は、俺を呼んでくれた人の騎士になりたい。その人の助けになりたいんだ』と仰ったのをはっきりと覚えています。残念ながら、デジレさんを呼んだ人はもういません。ですが、デジレさんの力を必要としてくれる人はたくさんいます! シンデレラさん、ルーティアさん、アンネローゼさん、リーズロッテさん、ラプンツェルさん。あなたの力を必要としているプリンセスはたくさんいます。デジレさんが騎士になってくれたらどれだけ力強いか! 私も、赤の女王に操られていただけの、もうプリンセスではないかも知れませんが…… 私もあなたの力を必要としている一人です」


「アリス…… ありがとう…… でも、俺は役立たずだ」


「デジレさん! デジレさんのお父様が言っていた『いつか、お前を本当に必要としてくれる人が現れる。』それは、本当だと思います」


「いや、俺みたいな役立たずを必要とする人なんていないよ…… そんな人は現れない……」


「現れます。いえ、実際にデジレさん。あなたの目の前にいる私がそうです。私はあなたを本当に必要としています。デジレさん、デジレさんさえよかったら、私の騎士になってください。私は、本当にあなたを必要としています」とアリスが優しく俺を抱きしめる。


「ほ、本当に俺を必要としてくれるのか?」

 俺は、すがるようにアリスに尋ねる。


「本当にです。私はデジレさんを本当に必要としています。デジレさん、改めてお願いします。デジレさん、私の騎士になってください」


「こんな役に立たない俺でも、必要としてくれるなら……」


「ありがとうございます。では、騎士の叙任式を早速始めましょう」とアリスさんは、両手で俺を起き上がらせる。


「叙任式って…… すみません。細かな礼儀作法を知らなくて」と俺は言う。


「大丈夫です。略式だと、デジレさんは私に跪いて、()()()()()を誓いながら自分の剣を私に渡すだけです。そして私が受け取った剣を返せば、それでおしまい。略式でも、ちゃんと正式なものですから、それが終われば、デジレさんは晴れて、オズヴァルトさんが特例で認めた『仮の騎士』から、私の正式な騎士となります」とアリスは説明をしてくれた。


「思っていたより、簡単な儀式なんだね」と俺は拍子抜けした。


「騎士叙任式に絞れば、それが全てです。あとは、それが終わると宴会やら舞踏会が催され新しい騎士の誕生を祝うのが慣例ですね。ですが、それはすべての事が片付いてから、日を改めて行うということで今は許していただけると助かります。では、説明も終わったことですし、早速始めましょう……。騎士叙任用の魔方陣を展開しますね」とアリスさんは言って、呪文を唱え始めた。


『いつか、お前を本当に必要としてくれる人が現れる』

 やっとその時が来た。俺は、なんだか肩の荷が下りたような、心の底から解放された気分だった。

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