51 本当は分かっていました。貴女のことが好きなんだと
赤く燃え上がる金属。クルシオン。それをラプンツェルさんと大きな金槌で交互に叩き、平たく伸ばしていく。そしてまたその金属を折り返し、そしてまた叩く。紙を何重にも折っていくような作業だ。それを6時間ばかり、熱気の中で行っている。炉の中から吹き出る熱。金属から発せられる熱。金槌を振り下ろすたびに、汗が飛び散る。
「デジレ。集中しろ」とラプンツェルさんが言う。
クルシオンという金属は自分自身の持ち主を選ぶ、誇り高い金属だ。使い手は、自らの手でその剣を鍛えなければならない。金槌の衝撃から伝わる、使い手の覚悟、想い、背負っているもの、そして、欲望。それらをクルシオンは読みとっていくそうだ。
俺がクルシオンに向けて金槌を叩きつけた部分が赤から黒色に変色する。金属の温度がその部分だけ急激に下がっているのだ。そして、それは俺がこの剣の持ち主であることを認めないというクルシオンの意志表示でもある。
「すみません」と俺は言って気合を入れ直す。
既に振り切ったはずの迷いが俺の中に生まれる。鍛錬場の熱気と休みなく金槌を打ち続けたことによる体力の消耗。しだいに金槌の重みに俺の肉体が振り回され続けている。そして、それと同じように俺の心も振り回されている。
俺はどうすればよかったのだろうか。そしてこれから、何をするべきなのだろうか。後悔と、そして進むべき道が正しい道だと確証の持つことのできない漠然とした不安。エインセールの仇を討つ。まずは、それからだ! そんな思いで一人過ごしてきた。狡猾でずる賢い狐を狩るハンターのように、俺はアリスを探し続けている。だが、本当にそれが正しいことなのか。旅の相棒をアリスによって奪われた。そしてその復讐を誓った俺は、アリスを追う。そんな俺の行動を、周りの人は認めてくれるだろう。今だって、ラプンツェルさんは、アリスに復讐するため、より強い剣を欲している俺に協力をしてくれている。俺がクエスト協会に出したアリス捜索の依頼のほかに、シンデレラさんやアンネローゼさんも、アリス捜索の依頼を出してくれている。高い報奨金を付けて。それは、俺が出した安い報奨金ではその依頼を受注する人が少ないということを見越してくれたからだろう。
雪の女王を捕え、そしてアリスの策略にはまってエインセールを殺してしまった俺を、行先も別れも何も告げずに消えた俺を、彼女達は陰ながら応援してくれている。俺の行動は周りから見れば、当たり前の行動だ。しかし、俺自身の中でその迷いが消えない。
俺が無我夢中でクルシオンを叩き続ける。しかし、クルシオンはどんどんと黒ずんでいく。温度が下がっていく。俺を、俺の想いをクルシオンは拒絶している。
『なぜ復讐を望む?』
「エインセールが殺されたからだ」
『なぜ復讐を望む?』
「アリスが憎くて憎くてたまらないからだ」
『なぜ復讐を望む?』
「アリスはもっと邪悪なことを企んでいる。奴を止めるべきだ」
『なぜ復讐を望む?』
クルシオンは、俺にずっと同じ問いかけをしてくる。
『なぜ復讐を望む?』
「目には目を、歯には歯をだ」
『なぜ復讐を望む?』『なぜ復讐を望む?』『なぜ復讐を望む?』『なぜ復讐を望む?』『なぜ復讐を望む?』『なぜ復讐を望む?』
ずっと同じ問いが、螺旋階段のようにぐるぐると同じ所を回っている。金槌でクルシオンを叩きながら俺は、その問いに答え続ける。
本当は分かっているんだ。
復讐なんて俺にとってはどうでもいいんだ。
本当は分かってるんだ。
俺は、後悔しているんだ。とても深く。
俺はエインセールが好きだった。ちょっとおバカなところがあって、戦いでは危なっかしくて。だけど、俺の初めての友達だった。一緒に旅をしていて楽しかった。1人で山奥で過ごす1日と、エインセールとの1日では、天と地ほどの密度の違いがあった。俺の肩に乗ったエインセールと雑談をしながら歩く草原。エインセールが俺の前を飛び、誘導されながら走り抜けた森。一緒に見上げた夜空。ルヴェールでエインセールと踊ったダンスと、初めてのキス。エインセールの笑顔。はにかみ。拗ねた顔。
俺はエインセールが好きだった。愛していた。そしてエインセールを俺は永遠に失った。
その事実から目を背けたかっただけなんだ。復讐という名目で、アリスの痕跡を探しているとき、そこにエインセールの残り香のようなものを感じられた。アリスへの憎悪の中に、幽かにエインセールが感じられた。そして、永遠に失ったという事実をそれは仄かに覆い隠してくれた。
俺の目から涙が溢れ始めた。俺は、クルシオンを打ち続ける。
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『なぜ復讐を望む?』
「復讐なんて俺は望んじゃいないんだ。もうこんな悲しい思いをしたくないだけなんだ。守りたい人を守れる力が欲しいんだ」
「デジレ!! クルシオンが変質し始めた。試練だ! さあ、手を伸ばし、自らの剣を掴みとるんだ」とラプンツェルさんが言う。クルシオンは、赤く輝く球体となって、空中にシャボン玉のように浮かび、そして俺の目の前で止まった。クルシオンの球体の表面の赤い輝きは、暗い森で獲物を観察している狼の真っ赤な目玉のようだった。
俺は、空中に浮かんでいるクルシオンの中に手を入れる。熱かった。肉体的な熱さではなく、心を焼く熱さだった。親父が死んだ日のような痛み。エインセールを失った時の痛み。そんな熱さだった。
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『汝を認めよう』
そんな声が聞こえたと思うと、クルシオンが真っ白な強い光を発した。
光がおさまり、俺が目を開けると、俺の右手には、刀があった。
「成功だ……」とラプンツェルさんが言った。




