48 禍の果て
暗い部屋の中で、蝋燭の明かりずっと何も考えずに見つめ続けているような、そんな時間が流れる。目の前に映し出された走馬灯のように幻想的な光景。劇場で演じられる悲劇を観客席から俺は眺めている。いや、俺が眺めているのは遠くの惨劇ではない。実際に俺が見ている惨劇だった。そして、その惨劇を引き起こしているのは、おれ自身だった。
「デジレさん!」誰かが俺を呼び続けている。
Læva-sverðがシンデレラさんの右足の皮膚を引き裂くたびに、アンネローゼさんの頬に傷をつけるたびに…… 剣が血を吸う度に味わったことのない多幸感が俺を覆い隠す。暖かいお風呂に入っているような、とても気持ちがよく、このまま眠ってしまいたい。リーゼロッテさんの叫び声も、タプンツェルさんのうめき声も、ルーティアさんのすすり泣く声も、エインセールが俺を必死に呼ぶ声も、すべてが遠い劇場の演台でおこなわれているようだった。大切な仲間を傷つけているのに、それがなぜか楽しく、ずっとこの時間が続けばとさえ思う。
「デジレさん!」誰かが俺を呼び続けている。
俺の体の筋肉が悲鳴を上げている。心から遠いところで、痛みが全身を走っている。ラプンツェルさんが振りかぶったハンマーを盾で受ける。ハンマーの衝撃が盾から俺の体へと伝わる。だが、俺の体幹はぶれない。普通ならハンマーの衝撃で、体がよろめいてしまうものだ。ハンマーの衝撃でさえ、そよ風ほどにしか感じない。俺は、最強? どんな化け物だって相手にできる。そして、その血を飲み尽くせるだろう……。いや、違う。俺の体は、限界を超えて動いている。自らの筋肉の膨張で皮膚が破けてしまいそうだ。寿命を縮める戦い方。無意識に抑制されている人間本来の力を解放して、俺は戦っているのか? 俺はこんなにも早く剣を振ることができる力があったたのか。こんなに高く飛べたのか。まるで重力を感じない。
Læva-sverðが俺の体を、そして俺の意識を乗っ取ろうとしている。いや、俺の意識と融合しようとしている。それもいいかも知れない。そう思う。これだけの力があったら、きっと「俺を呼んでくれた人」の力になれるだろう。この力があれば、暴君グラゴーネにも負けなかった。この力があれば勝てるだろう。親父は言っていた。「力を持つことが正義じゃない。その力を正しく使う心こそ、正義なのだ」と。
だが、それは間違っている。俺の持っているこの力こそが正義だ。Læva-sverðも、その通りだ、と俺に語りかけてくる。「この力は、生きる苦しみから全ての人を解放できる正義の力」なのだと。
「デジレさん!」誰かが俺を呼び続けている。
「さっきから目の前を飛び回っている妖精はなんなのだ?」とLæva-sverðが俺に問いかける。
「エインセールだ」と俺はその問いに答える。
「目障りだ。妖精の血は不味いのだがな」とLæva-sverðが言った。
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ぐさぁり
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「なんだ。この血は……。まさか……。そんな馬鹿なことがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
Læva-sverðが断末魔の叫び声をあげる。先ほどまで俺を支配しようとしていたLæva-sverðの気配が煙のように消えて行く。
その瞬間、俺の朦朧としていた意識が、回復した。Læva-sverðが貫いているのは、エインセールだった。エインセールの体から流れ出る血は、剣刃を伝わり流れ落ちていく。エインセールの血に触れた剣の部分が、白く光輝く刃から、真っ黒に錆びた鉄のような色へと変わっている。Læva-sverðが死んでいく。
「エインセール!!」俺は叫んだ。
「デジレさん! よかった。声が届いたんだ……」
血がエインセールの唇からの流れている。胸を刺し抜かれた剣の傷による体内での出血が、気道を通って口からも出ている。
「エインセール。ど、どうして俺は……」
「デジレさんは、守る人です。誰かを傷つけるのは似合いませんよ……」とエインセールは笑顔だった。
「だ、だれか回復魔法を!」
助かる傷じゃ無い、と瞬間的に理解しているが、助けを呼ばずにはいられない。しかし、あたりを見回しても、氷の床に倒れている姫の姿。意識を保っている姫はいないようだ……。
「デジレさんと旅が出来て、いろいろなところへ行って、本当に楽しかった。ありがとうございました」
「エインセール。喋るんじゃ無い!!」
「さよなら……」
そういうと、エインセールは、光の泡となって消えていった。
「エインセール!!!!!」
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俺は、旅の仲間を失った……。




