42 ルヴェール城にて
「助けて貰ったばかりか、送ってもらってすみません」と、俺は馬車の前窓を開けて、馬を操っているジークフリードにお礼を言う。
「いいさ。愛馬も、シューンベントの青々しい草を沢山食べたし、運動をしないとね」とジークフリードは手綱を両手に持ちながら言う。
「このソファー、とってもふかふかです。肌さわりも最高です」とエインセールは馬車のソファーに深く腰を下ろし、嬉しそうに両手でソファーの生地を触っている。エインセールは足を座面一杯に伸ばしている。エインセールの大きさで、ソファーに深く腰掛けると、足がソファーに乗っかる形となる。土足で椅子の上に乗っているような感じがしてお行儀が悪いような気がする。汚してしまって大丈夫か? と俺は心配になる。
「デジレさんも座ったらどうですか?」
「いいのかな?」と、俺は躊躇う。馬車が動き始めてからもずっと俺は馬車の中に立ちっぱなしだ。だって、この馬車はシンデレラさん専用の馬車だろ? 乗せて貰っているだけでもすごいのに、流石に座るのは……。
「あ、ソファーの下に抽斗が…… こ、これは、なんですか?」と、エインセールは今度は抽斗の中を物色する。薔薇の装飾が施されている酒瓶の中に、透明な液体が入っている。恐らく、酒だろう。しかも、高級な……。それに、宝石箱のような豪華な箱に入ったお菓子。エインセールは、箱を開けて、その中に入っていたチョコレートを口に入れようとしている。
「いや、ちょっとそれを食べるのは不味いんじゃないか?」と俺はエインセールを止める…… が、それを気にせずエインセールは食べる……。後で、料金を請求されても知らないぞ……。
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何度か魔物と遭遇したが、それ以外は特段支障なく馬車は進み、神聖都市ルヴェールへと到着することができた。俺たちはルヴェール城に通され、王座の間で謁見をした。俺たちが進む赤じゅうたんの脇には、多くの騎士が直立不動で立っている。また、王座に座るシンデレラさんの左横には、シンデレラさんの継母だというアマーリエさんが立っていた。継母、ということは年齢が一回り過ぎているというのに、シンデレラさんの義姉と言われば信じてしまいそうな容姿だった。
そして、王座の右横には、フィリーネと名乗った女性が立っている。その名前には聞き覚えがあった。シンデレラさんが、アンネローゼさんが作ったクエスト協会の申込書の魔法の解析を依頼すると言っていた人物だ。どうやら、俺とエインセールが雪の女王のもとへと向かっている間に、シンデレラさんも動いてくれていたようだ。
「デジレ殿。本当にご苦労だった」と、俺はシンデレラさんに雪の女王とのことの全てを話した。シンデレラさんは、今日は鎧の姿だった。舞踏会の前に会った時のドレス姿より、やはりシンデレラさんは装備を纏っている方が輝いて見える。それに、王座に座っているシンデレラさんは、やはり姫としての貫録がある。普段は能天気なエインセールも、緊張しているように見える。また、ジークフリードも、俺の後ろで膝を折り、頭を垂れている。
「いえ。不甲斐なくて申し訳ないです」と俺は答えた。雪の女王との戦いに敗れ、雪の女王を取り逃がした……。
「いや……。貴殿を責めているわけではない。私が重要と考えているのは、雪の女王からの言質が取れた、ということだ。重要なのが3点だと思う。1つ目が、ルクレティア様を眠りに落としたのが雪の女王だと確証が得られたことだ。目撃証言はあったが、これではっきりした。私の目的、いや、保守派の目的は、ルクレティア様が目覚めること……。倒すべき相手が明確になったことは大きい。私も、目標が決まれば動きやすい。私も全力で雪の女王を探そうと思う……」と、シンデレラさんが言う。
「もし、雪の女王の居場所を突き止めたさいには、俺にも教えてください」と俺は言う。俺は気持ちがはやって思わず、シンデレラの言葉を遮ってしまった。
「もちろんだ。そして、2点目だが……」とシンデレラさんは話を続ける。「各地で発生している魔物……。それにも雪の女王が関与しているということだ。そうだな、デジレ殿?」とシンデレラさんはいる。
俺は、首を縦に振る。「はい。ただ……。『否定はしません。私が追い立てた魔物もいるでしょう』という微妙な言質です。俺の印象だと、雪の女王に耳覚えがあるにはある、程度の反応でした。ルクレティア様を眠らせたことに関しては、明確な目的意識を持っているようでしたが……。魔物は、何かのついでのような……」
「ついでだって!? 街道に魔物が溢れ、人や物流が滞っている状況。僕だって、馬車で街道を移動できなくなり、失業寸前さ。僕だけじゃ無い。多くの人に迷惑がかかっているのに、雪の女王にとってそれは『ついで』なのかい?」とジークフリードが興奮した口調で言う。ジークフリートの右手は力一杯握りしめていた。
「落ち着くのだ、ジークフリード」とシンデレラさんが咎める。
「すみません……」と、ジークフリードはしょんぼりとした。シンデレラさんの馬車付きなので、シンデレラさんはジークフリードさんの上司にあたるのだろう。
「ごめんなさい。僕も、言葉が悪かったです」と俺は謝る。
「いや…… すまない」とジークフリードさんは言う。
「しかし、関与を雪の女王が認めたということが重要だ。デジレ殿は、アンネローゼ率いる改革派の掲げた目標を覚えているか?」
「聖女に頼らない世界を作る、だったと思います」
「その通りだ。そして、そのために呪いの解明、そして各地で溢れている魔物への対処を掲げた。クエスト協会の設立もその一環だったはずだ」とシンデレラさんは周囲が頷くのを待ってから、話を進める。「つまり、雪の女王が、各地にあふれた魔物に関与しているなら、改革派も雪の女王へなんらかの対処が必要になるということだ。それは仮に、アンネローゼが裏で雪の女王と繋がっていたとしてもだ! もし、雪の女王への対処をしないのであれば、改革派は自ら掲げた旗を降ろさねばなるまい。そして旗を降ろした改革派は騎士や民衆の支持を失うだろう」とシンデレラさんは強い語調で断言をした。
どうも、アンネローゼさんが雪の女王と繋がっているとシンデレラさんは確信をしているように思える。
「それはつまり?」と俺は訪ねる。
「それは、私から説明をしますわ」と横に立っていたアマーリエさんが口を開いた。「雪の女王を打倒することを最優先の課題とするのです。そして、その課題については、保守派と改革派が協力することを姫会議にて提案するのです」
「しかし、アンネローゼさんが雪の女王と繋がっていたら?」と俺は聞く。
「だからこそなのです。雪の女王と白雪姫が繋がっていたとしても、この世界に魔物を溢れさせているのが雪の女王ということであれば、改革派は雪の女王と戦わねばならない。そうしなければ、改革派は大義名分がなくなります。そして、同志打ちに持ち込めば、両方の戦力を削ぐことができます」とアマーリエさんが言う。
俺にも、言っていることはわかる。しかし……
「で、でもでも、アンネローゼさんが、雪の女王と繋がっていなかったら?」とエインセールが言う。
「そうであったとしても、どのみち雪の女王と戦うことになるわ。保守派はルクレティア様を取り戻すために。そして、改革派も呪いと魔物への対処をしなければなりませんもの。もちろん、雪の女王と戦ってもらうのは、改革派が主となるでしょうが」とアマーリエさんが答える。
「私はそのために、各都市の姫に会議の招集をかけるつもりだ。魔法の鏡を使って招集をかけるつもりだから近日中の開催が可能であろう。そして、雪の女王の言葉を聞いた本人であるデジレ殿にも、ぜひ会議に出席して欲しい」とシンデレラさんが言う。
「しかし……。そんな……。改革派を罠にかけるようなものではありませんか?」と俺は言う。頭に浮かんだのは、リーゼロッテさんのことだ。アンネローゼさんが戦うということになれば、リーゼロッテさんも戦うことになるだろう。
「そこで、重要なのが、3点目なのだ。まず、雪の女王が暴君グラゴーネの封印を解いたということを否定したということ。そうだな、デジレ殿」とシンデレラさんは言う。
「はい。それに関しては彼女ははっきりと否定をしました」と俺は答える。
「暴君グラゴーネの封印を解いたのは、別の誰か。しかし、破壊された封印魔方陣の近くにはアンネローゼの騎士の鎧が落ちていたという物的証拠がある」
「で、でもでもでも、ルーティアさんも決定的な証拠にはならないって」とエインセールは言う。
「エインセールの言う通りです。海流によって流れ落ちてきた可能性もあると」と俺もエインセールの言葉に同意する。
「それはわかっているわ。だけど、もっとも疑わしき人物ということは間違いがないはずよ」とアマーリエさんが言う。
「……」
俺とエインセールはその言葉を否定できない。俺自身も、アンネローゼさんを疑っている。だけれど、意図的に雪の女王と改革派を戦わせるようなやり方……。おかしいと思う。犠牲を出すことを前提としている。まるで、戦争のようだ。
「もう一つ、アンネローゼさんが怪しいっていう証拠があんねん」と、聞きなれないイントネーションが王座の間に響いた。どうやら、シンデレラさんの脇に立っているフィリーネさんだ。
「あの、きな臭い魔法の込められたクエスト協会の申込書の解析をウチがやったんよ。結果は、黒や。あかん魔法が込められ取ったでぇ。あの紙にサインした人は、クエストを受注している最中は、行動が制約されんねん。アンネローゼはんの言うことに逆らえんくなるわ」とフィリーネさんが言う。
「なっ!!」と俺とエインセールは驚く。周りに控えていた騎士たちも驚きの声をあげていた。すでに、クエスト協会の申込書にサインをした騎士も多くいるのかもしれない。
一方で、シンデレラさんとアマーリエさんは驚いた様子はない。どうやら、事前にその話をフィリーネさんから聞いていたようだ。ジークフリードさんは何の話をしているのかわからないようだった。ジークフリードさんは騎士でもないし、クエスト協会という組織が設立されたことも知らないのだろう。
「アンネローゼは、クエスト協会の設立の蔭で、自分の騎士だけでなく、その他の姫の騎士も自分の支配下に置こうとしたということね」とアマーリエさんが冷たく言う。
「デジレ殿。確かに、アンネローゼが雪の女王と繋がっているという確固たる証拠はない。黒だとは言えないが、グレーだとは言える。そのグレーが、暴君グラゴーネの封印を解いた件と、今回のクエスト協会の申込書の件、2つが重なっているのだ。いくら両方ともグレーだと言っても、この2つからアンネローゼは黒だと見做すことは間違っていないはずだ。デジレ殿、姫会議での証言を改めてお願いしたい」と、シンデレラさんが言う。シンデレラさんの深い青色の瞳が俺を刺す。
「わっ、分かりました」と俺はシンデレラさんの提案に同意した。
「ありがとう。感謝する」とお礼を言った後、シンデレラさんは王座から立ち上がり、剣を抜き、天井に向かってその剣を高く掲げた。
「では、各々準備だ。準備ができ次第、教会の町アルトグランツェへ向かう!!」とシンデレラさんは宣言をした。
「御意」とジークフリードや、赤じゅうたんの横に整列していた騎士は言って、膝を折り、頭を垂れた。そしてシンデレラさんが王座の間から退出した後、皆がそれぞれ動き始める。急ぎ王座の間から出ていく騎士たちの後ろ姿はまるで、戦争へと向かう戦士のようだった。




