41 御者ジークフリード
俺が目が覚めると、俺は横になっていた。見えるのは満天の星空。そして、隣には焚き木をしているのか、木がぱちぱちと燃える音が聞こえる。
「どうやら目が覚めたようだね」と青年が俺の顔を覗き込む。
「ここは?」と俺は尋ねる。起き上がろうとするが力が入らない。首だけが辛うじて持ち上げることができた。首を上げ、首を回して周りを確認する。馬が二頭と、馬車……。焚き木……。どうやら、野営をしているようだ。焚き木から出る煙に混じって、ハーブの匂いが漂う。どうやら肉を焼いているようだった。
「え、エインセールは?」と俺は尋ねる。
「ああ。あの妖精さんなら、ほら、君のお腹の上で寝ているよ」と、青年が言う。確かに、エインセールは、俺のお腹の上で寝ていた。
「どうやら、助けて貰ったようだ。感謝します。俺は、デジレって言います」と、俺は助けられた青年にお礼と挨拶をした。
「僕は、ジークフリード。シンデレラ様付きの馬車の御者をしているんだ。助けたことに関しては、気にすることはないよ。最近は、呪いが街道に蔓延していてね。馬車が出せず、あまり仕事がなかったからね。晴れの平原シューンベントで油を売っていたら、あの可愛い妖精さんから助けを求められたってわけさ。暇なこともたまには良いことがあるってことだね」と、ジークフリードと名乗る青年が挨拶をした。
「俺は…… 確か、雪崩に巻き込まれて……」と俺は記憶を遡る。
「そうだよ」とジークフリードは語り出した。ジークフリードさんが、草原で暇をしていたら、泣いている妖精が飛んできて助けを求めた。大急ぎで、その現場に向かってみると、大規模な雪崩の跡。そして、エインセールのランタンの指し示す場所を掘った。すると、雪に埋もれている俺がいたらしい。
「命の恩人ですね」と俺は改めてお礼をジークフリードさんに言う。
「いや。お互い様さ」とジークフリードさんは言って、「そうだ。君を雪から掘り出すのより、こちらの方が大変だったんだ。なにせ、ランタンでは探せなかったからね」と、俺の盾と剣をジークフリードさんは指差した。
「荷物までありがとうございます」と頭を下げる。どこに埋まっているか分からない剣や盾を探し出すのは大変だっただろう。それに、雪は重い……。
「いや、大丈夫さ。馬車に乗らず、体も鈍っていたからね。丁度良い運動だよ。それより、体の方は大丈夫かい? そんなに長い時間埋もれていた訳ではないけれど……。それに、デジレさんはエアポケットをちゃんと作っていたからね。後遺症もないと思うけど……」とジークフリードさんは、焚き木で焼かれた肉をナイフで切り落として俺の分を取り分けてくれた。胡椒と月桂樹の香り、そして肉の焼けた匂いが香ばしい。鼻から吸い込んだその香りで、ぐっと胃が締まる。腹が減っている。
「大丈夫だと思います。全身の筋肉が痛みますが……」と俺は答え、深呼吸をして体を起こす。雪崩での衝撃で体が痛んだというより…… 筋肉痛のような筋肉の痛みが走る。雪の女王は強敵だったとは言え、筋肉痛になるというのは……。
「ご飯ですね!」と突然、俺のお腹で寝ていたエインセールが飛び起きる。口元には、寝ていたためか、美味しそうな料理の匂いを嗅いだからか、口元には涎の跡がある……。
「エインセールも、助けてくれてありがとう」と俺はお礼を言った。
「近くにジークフリードさんがいてくださって助かりました! 私独りでは到底、雪に埋まったデジレさんを助け出すことはできませんでしたから」と、エインセールも言う。
「いやいや。そんなにお礼を言われると、逆に恐縮してしまうよ。エインセールさんも食べるかい?」と、焼かれた肉をジークフリードさんがエインセールに差し出し、それを嬉しそうにエインセールは受け取り齧りつく。
3人が、焼かれた肉に齧りつき、無言の一時となった。俺も、ひとしきり食べて満腹となる。そして、お腹が満たされたと同時に、物悲しさに襲われる。焚き火の炎の揺らめきを眺め過ぎたからかも知れない。
「俺、負けたのか…… また……」と、胸一杯となった気持ちが、俺の口から漏れた。
雪の女王を追い詰めた。雪の女王の右腕を使えなくし、あと少しで、俺は女王を倒し、いばらの塔の先を進むことができるようになっていただろう。だが、最後はあっけなく雪崩に飲み込まれて負けてしまった。ジークフリードさんが近くにいなかったら、俺は雪に埋もれたまま死んでいただろう。前回の暴君グラゴーネとの戦いも、生き延びるための時間稼ぎしかできなかった……。
「デジレさん。あんまり、気を落とさないでください。生きていれば、次の機会があります。生き残ることが重要なんです」とエインセールは言う。似た台詞を聞いたことがあると思った。それは、親父が言っていた、『良い兵士というのは、敵を沢山殺す兵士のことじゃない。どんな状況でも生き残ることが出来る兵士が良い兵士なんだ』という言葉だ。
「でも、生き残るといっても、瀕死の状況で助けて貰ってばっかりだよ」と俺は炎を見ながら言う。
「そんなことはないです。私はデジレさんにいつも助けて貰っています。いばらの森ロゼシュタッヘルで、私がゼリル—に飲み込まれたのを助けて貰ってからずっと! それに、助けて貰っているのは、命だけではないですよ? いろんな所に行けて、とても私は楽しいです。デジレさんと冒険が出来て楽しいですよ!」とエインセールは、俺の右肩に飛び乗ってきた。
「君たちは本当に言いコンビだ。騎士も御者も案外同じものかも知れないね。良い、パートナーを見つけること。御者も馬車を引く馬と心が一つにならなければ、重い荷物を遠い馬車まで運ぶことなんてできない。御者と馬の息が合わないと、すぐに車輪が壊れて立ち往生さ。シンデレラ様付きの御者に成り立てのころ、溝に車輪がはまってしまって動けなくなり、シンデレラ様が舞踏会に遅れさせてしまったことがあるよ。アマーリエ様から、大目玉をくらったのは良い思い出だね」と、ジークフリードさんは、薪を炎の中に1本追加しながら言った。
「その通りなのです! デジレさんと私は、ナイスなコンビなのです。そうですよね?」
俺は、エインセールの問いに頷く。
「さて、食事も終わりましたし、これで火を囲みましょう」と、ジークフリードさんが言う。そして座っている岩の後ろから、ガラス瓶と杯を取り出した。瓶の中の真っ赤な液体が炎の光に照らされて琥珀のように輝いている。
「もちろんだ」と俺は言う。
今日の夜は、ゆっくり星空を見ながら杯を傾けるとしよう。早朝、神聖都市ルヴェールに戻って、シンデレラさんに報告をしよう……。
俺とジークフリードとエインセールは、一つの杯を回して飲んだ。杯の中には、満天の星空が反射している。
「あ、流れ星」とエインセールが空を指差す。一瞬で消えてしまったが、俺もその流れ星の尾を見ることができた。
「これは縁起が良いですね。杯の中に、流れ星が入って行ったかも知れません。流れ星が降る夜に、一緒に飲み交わした仲間は、硬い絆に結ばれるというジンクスがあります」とジークフリードは言う。
「へぇ」と俺は答えた。春の日、桜の下で飲み交わし、杯に桜の花が舞い落ちたら縁起が良いということは聞いたことがある。しかし、流れ星は初耳だった。
「馬車の荷台にまだまだありますから、遠慮しないでくださいね」とジークフリードは言った。俺は、再度、杯を傾けた。




