40 雪の女王との激闘
津波を連想させる描写がございます。苦手な方はご注意ください。
「蒼天に雪景色〜。絶景ですね〜!!」と、明け方、雪洞から出たエインセールは叫ぶ。雲一つ無い空。雪も止み、風も無い。太陽の光が反射する眩しい白の世界が広がっていた。昨日の夜に吹き荒れていた吹雪が嘘のようだった。
「あ! 彼処を見てください! ランタンの指し示す方角とも一致しています!!」
エインセールが、指し示した雪原の丘のような場所には、ログハウスのような建物があった。しかし、材質は明らかに木では無く、氷か何かで出来ているようだった。その建物は、太陽の光を反射している。
「行ってみよう」と俺達はそこへと向かう。さくり、さくり、と足を進める度に新雪が音を鳴らす。そして俺達があるいた後ろには、俺達の足跡。エインセールは飛んでいるから、当然残っているのは俺の足跡だけなのだけど、その足跡からは寂しさを感じることはない。
「誰か、いませんか?」と俺は辿り着いたログハウスの扉をノックする。しかし、中からは返事は聞こえない。
「煙突も、炎が焚かれた形跡はありません」エインセールはログハウスを上空から観察して俺の肩に戻って来た。
無人? と俺は思う。扉を触るが、扉も氷で出来ているらしく、ひんやりと冷たい。こんな所に、暖炉の火を焚かずに暮らせる人間なんていないだろう。
「こんなところで何をしているのですか? ここは私が支配する氷の世界ですよ」
後ろから突然の声。俺は、剣を抜いて後ろを振り向く。聞き覚え…… 忘れるはずの無い声……。俺の背後には、雪の女王ヴィルジナルが立っていた。
「いばらの塔の氷の扉を解除してもらいに来た」と俺は言う。はい、わかりました、なんて素直に話を聞いてくれるような奴ではないことは分かっている。
「……。 それはできません」
「なぜだ? ルクレティア様が眠りに落ちたのは、お前の仕業か? ルクレティア様が眠りに落ちる際、お前の姿をピリシカフルーフで見かけたという目撃証言もあるのだぞ!」
「私の仕業と言われれば、そうでしょう。私がやりました」と雪の女王はあっさりとその罪を認める。
「なっ」と、俺は雪の女王が自白したことに一瞬驚いたが、言葉を続ける。
「暴君グラゴーネの封印を解いたのもお前か?」
「それは私ではありません」と雪の女王は答える。嘘をついている? と一瞬思ったが、そうであればルクレティア様を眠らせたことを認めて、暴君グラゴーネのことでシラを切るということに辻褄が合わない。
「じゃあ、だれが?」とエインセールが俺の代わりに尋ねた。アンネローゼさんの騎士の鎧が現場に落ちていたから、やはり、アンネローゼさんが封印を解いたのか?
「お前には関係がないことです」と冷たくヴィルジナルは言い放った。冷気が増した。俺やエインセールの口から吐き出される白い空気が、一気に冷やされて雪原の中へ氷の粒となって落ちた。
「世界各地に溢れている魔物も、お前の仕業という噂だってあるのだぞ?」と俺は問い詰める。
「否定はしません。私が追い立てた魔物もいるでしょう」
「ど、ど、どうして、そんなことをするんですか!! みんな困っているんですよ?」とエインセールは悲鳴にも似た悲痛な声で言った。
「それらはお前……いえ、皆の為なのです……。大人しく引き下がりなさい」とヴィルジナルは言う。雪の女王が悪事を行っている理由を話す気配はない……。
「早く、悪事を止めるんだ。氷の扉の解除、ルクレティア様を目覚めさせる。魔物を暴れさせるのを止めろ。それ意外にも悪さをしていることは全て止めろ。世界中の人が困っているんだ!」と俺は言う。
「嫌だと言ったら、あなたはどうしますか?」と、ヴィルジナルは言う。その態度が、すでに嫌だと言っていた。
俺は、雪の女王に向かって跳躍した。そして「力ずくだ!!」と言いながら剣を雪の女王の首を狙って振り降ろす。
カーン、という音と共に俺の剣は弾かれる。薄い氷の壁のようなものが俺と雪の女王の間を遮っていた。
「このまま大人しく立ち去れば、命までは奪いません」と雪の女王が言う。俺が、その身を守っている防壁を破れないだろうと思って高をくくっているのだろうか。気に入らない……。
「ソードスタンス」のスキルを唱え、俺自身の肉体能力を上昇させる。そして、「シャープスラッシュ」のスキルを雪の女王の周りを取り囲んでいる氷壁目掛けて放つ。
俺の剣先が当たったところから、氷壁は亀裂が入っていき、そして、パキ——ンと砕け、ガラガラと砕けた氷が雪原へと重力に従って落ちていく。
「薄氷の上を歩いている気分はどうだ? 命までは奪ったりはしない」と、俺は言いながら、再度「シャープスラッシュ」を放つ準備をする。
「忠告に耳を貸さず、無知なる正義を振りかざす愚か者よ…… 私の騎士の命を奪ったこと……。水に流そうと思っていましたが…… その罪、今ここで贖いなさい! 『アイスシャベリン』」と、雪の女王の持っていた杖の上を回っていた氷の刃が俺を目掛けて飛んできた。
俺は、盾を構えて防御の態勢を取る。そして、「スペルリフレクト」のスキルを唱え、雪の女王の魔法を盾で反射させてカウンターを図る。盾にぶつかった氷の刃は、俺のスキルで、鏡に反射された光のように勢いが落ちること無く今度は雪の女王へと向かっていく。思った通りだ……。雪の女王は、一見、氷を操っているようだが、あれは、自然の氷じゃ無い。女王が魔法で作り出したものだ。女王の攻撃は、物理攻撃じゃ無い! 魔法攻撃だ! それが分かっただけでも、戦い易くなる。
雪の女王は、自らが放った氷の刃を危なげも無く消滅させた。「エインセール! マジックウォールだ」と叫びながら女王の懐へと潜り込む。
「はい! 『マジック・ウォール』」とエインセールが俺の背後から俺に援護魔法を掛ける。これで、女王の魔法が直撃しても魔法ダメージは軽減されるはず。そして、雪の女王は、近接戦闘に持ち込まれて苦しくなるはずだ。『魔法使いに距離を取られるな。魔法を使う暇が無いほど間を詰めろ』というのが親父の教えだ。
「くっ」と雪の女王の顔が歪んだ。女王は、俺の剣を掌程の大きさの氷の壁で防いでいるが、完全に防御に回っていて、俺の剣を防ぐので精一杯という感じだ。それに、どうやら雪の女王は、掌を向けた方角にしか氷で防御することができないようだ。右手に持った杖を離さない。女王は左手だけで剣を防御している……。だが、
「がはぁ」と言いながら、雪の女王の体が後方に飛ぶ。それは、俺が盾で作った死角から、雪の女王の腹に蹴りを入れたからだ。雪の女王は、体がくの字になったまま宙を舞い、そしてお尻から雪原へと落ちる。
「クイック・ヒール」と、その間にエインセールが俺に回復魔法を掛けてくれた。と、同時に俺は、そのまま尻餅をついている女王の間合いを詰める。大きく振りかぶった剣は、女王の持っていた杖によって防がれる。杖を切り落とすつもりで斬りかかったが、あの杖も相当な一品だ……。
「くっ小賢しい!」と、雪の女王の杖が緑色に光り「ワールウインド」と血を吐きながら雪の女王は言った。すると、雪原には小さな竜巻が発生し、雪原に積もった雪を上空へと舞上げて行く。
だが、それだけだった。雪の女王の属性は明らかに「水」だ。「ワールウインド」のような自分の属性でない魔法を使っても対した威力にはならない。舞い上がった雪で多少視界が悪くなっただけだ。この程度の風なら、『マジック・ウォール』で防げる。カマイタチとなっても、切り傷程度だ。俺はそう判断して、竜巻の中を突き進み、開いてしまった女王との間合いを再度詰める。
再び俺の振り下ろした剣が、女王の杖によって防がれる。
「苦し紛れの竜巻だな!」と言いながら今度は、左手に持った盾で雪の女王を叩く。剣だけが攻撃の道具じゃ無い。雪の女王も、先ほどと同じように蹴りを警戒していたようだが、盾で殴られるとは思っていなかったのだろう。盾は雪の女王の右肩に直撃した。「あぁあ」という悲痛と共に、ゴキッっという音も聞こえた。良し、右手は殺したっ。
右手に力が入らないのか、女王は持っていた杖を雪原に落とす。左手で砕けた右肩を押さえている。相当の激痛だろう。意識を保っているだけ、尊敬に値するし、それだけ強敵だということだ。
「さあ、茨の塔の扉を解除すると、誓うんだ。そして、ルクレティア様を目覚めさせ、魔物を止めろ!」と俺は言う。だが、雪の女王の目は死んでない。まだまだやる気満々という目だ。それなら、今度は肩を砕くだけでなく、この剣で斬り落としてやるっ。
「愚か……。後ろを見なさい……」と雪の女王が言う。
俺は、女王から視線を外さず、意識だけを後方へとやる。敵が後ろにいる気配はない…… が、エインセールの気配もない? と、俺は思い、思わず後ろを振り返った。そこに、エインセールの姿が無かった。
どういうことだ? と一瞬思考が固まると同時に、「で、デジレさ〜〜ん」と言う声が上空から聞こえる。数百メートル上空に、小さくエインセールの姿が見える。どうやら、先ほどの竜巻で、エインセールまで上空に巻き上げられてしまったようだ……。
「エインセールは空を飛べる。決定打にはならない。それに、お前を倒してから、エインセールを俺が受け止める!」と俺は、女王へと走り出す。
「愚かね。重要なのは、あいつが空にいるということです……」と雪の女王は言う。その瞬間、雪の女王の足下の雪が勢いよく盛り上がりはじめ、丘が形成されていく。そして、勢いよくその丘から雪が流れ落ちてくる。雪の女王の元へと走っていた俺も、激流のように流れる雪に足を取られそうになる。俺は、地面に盾を突き刺し、体が流されないようにと踏ん張る。
「雪に埋もれて死になさい……。『タイダル・ウェイブ』」と雪の女王の声が聞こえた。
そしてその瞬間、丘となっていた雪が一気に波のように俺に襲い掛かる。まさか、雪崩か……。その瞬間、轟音と共に数十メートルはあろうかと思われる雪の波が俺を飲み込んだ……。




