36 禍の剣
「どういうことだ? アリス?」とシンデレラさんの顔が驚きから急に険しいものへと変わった。アリスさんは、俺の目の前に持っていたクエスト協会の申込書を取り上げた。
「上手く偽装しているつもりだろうけど、アリスの目はごまかせないかなぁ。どんな不思議もパパッと解決! 不思議のアリスにお任せなのです!」とアリスさんは言って、何かの魔法の呪文を唱えた。すると、俺がアンネローゼさんから貰ったクエスト協会の申込書の上に、真っ赤な血で書かれたような六芒星魔方陣が浮かび上がってきた。
「ここに名前を書いた人の行動を制限する魔法だね」と、アリスさんは、六芒星の中心を指で示す。六芒星魔方陣の中心は、申込者が名前を記入する場所だった。
「これは、どんな魔法なのか? 危険なのか? こちらのクエスト協会の申込書も、城塞都市シュノーケンから届けられたものだ。これにも、その魔方が付加されているのか?」とシンデレラさんが矢継ぎ早に質問をする。
「内容まではまだ解析してないから分からないけれど、これ、かなり凝った作りだね。これを見てよ」と、アリスさんはまた魔法の呪文を唱える。すると、用紙の『クエスト協会申込書兼誓約書』の『クエスト協会申込書兼』という黒い文字が消えていく。そして、『誓約書』の文字だけが魔方陣と同じ、血のような赤い文字で書かれているのが残った。同じように、用紙の所々の文字が消え、赤い文字だけが残る。
「『誓約書』? クエスト協会への参加申込書というのは、偽装だったということか?」と、シンデレラさんが机を拳で叩いた。ドン、という音が部屋の中に響いた。
「そういうことだね〜。本来、相手の意思に反して、相手の行動を制限したり封じ込めたりするのって、かなり高度な魔法なんだよね。この世界でも、そんなことが出来る人なんて片手で数えるほどしかいないよ。アリスも、それは出来ないなぁ〜。だけど、その相手の同意があれば、行動を制限する魔法のハードルってぐぅうっとハードルが下がるんだよ。たとえば、その人自らの意思で、誓約書にサインしたりしたら、自らの行動が制限されるのを、自ら望んだってことだからね!! この申込書にサインした騎士さんたちは、クエスト協会の規則に従うっていう意味で、誓約したのだろうけど、この魔方陣との契約では、完全に別の意味だね。世界を救うために騎士さんは立ち上がったのだろうけど、単なる操り人形に志願しただけでした。あはは。最高にイカれてる! すってきー!」とアリスさんは、恍惚とした表情を浮かべて笑っている。
「さ、詐欺ではないか!」とシンデレラさんは言う。
「でも、本人も知ってか知らずか同意して、誓約書にサインしているからね。そこで成立した契約は、神聖な物だよ。姫と騎士の間で結ばれた主従関係と同じようなものかな。騎士本人と姫の間の問題。そういうことかなぁ」とアリスさんは言う。
「一体、どのような契約内容となっているのだ? 既に、この神殿都市ルヴェールの多くの騎士がこの申込書にサインをしているのだぞ」とシンデレラさんに詰め寄る。
「それは調べるのは、別の人に頼んでよ。アリスは、これから行かなきゃならないところがあるからさぁ〜!! なんか、ネリーよりも忙しいって感じ!!」とアリスさんは言う。
「アリス! 一大事だぞ! 魔法都市ノンノピルツの貴女の騎士も、これにサインしてしまう可能性があるだろう!」とシンデレラさんが言う。
確かに、シンデレラさんの言う通りだ。騎士の行動を縛る内容が不明な以上、少なくとも、これ以上この用紙にサインする騎士が増えないように対策を立てておく必要があるはずだ。
「だっけど、雪の女王をやっつけることも大切でしょ? アリスは、今から雪の女王の処へ行って、お仕置きしてくるよ。もし、いばら姫を眠らしたのが雪の女王なら、目覚めさせる方法をちゃんと吐かせるからね! それで良いでしょ、シンデレラ」とアリスさんは平然と言う。
「そ、それなら、この魔方陣の解析はフィリーネに頼もう。代金を払えば、しっかりと仕事をしてくれるはずだ……」とシンデレラさんは言う。
「ちょっと、待ってください! アリスさんは、雪の女王ヴィルジナルの居場所を知っているのですか?」と俺は聞く。
「アリスは何でも知ってるんだよ!!」と自信満々に笑顔で言う。
「俺も、雪の女王の所へ連れて行ってください! 俺を呼んでくれた人に会うために、俺はいばらの塔を昇る必要があります。ですが、雪の女王ヴィルジナルにその道を閉ざされてしまって……」と俺は言った。
「う〜ん。どうしよっかな。アリスは、君に興味津々ではあるんだけど、その腰に下げてる、支給品のなまくらな剣だと、はっきりいって、雪の女王に傷1つ付けられないよ? それに、大分刃こぼれしてるじゃない?」とアリスさんは言う。
俺は、何も言えない。手入れをしっかりしているから、なまくら、と呼ばれる筋合いはないのだけれど……。暴君グラゴーネとの戦闘で、剣はぼろぼろだった。欠けてしまった部分を補うために、また確りと研ぎ石で研いだけれど、刀身がかなり小さくなってしまった。金属疲労でいつ折れてもおかしくはない。柄と刀身も締め直しをしたけれど、長い時間、硬い魔物と戦闘をしていたら、鞘が砕けてしまうかも知れない……。
「その顔は、武器の使い方を知っている男の顔だね! ちゃんと自分の剣の状態を正しく認識している。やっぱり君って、面白いね! 私の騎士にならない? 一緒にアリスと楽しいことしようよ?」とアリスさんは言う。
「……。前にもお断りしましたが……」と俺は言う。
「そんなに真面目な顔をしないでよ。アリスは賢い女の子だから同じ質問なんてしないよ? 冗談なのに〜。 まぁ、君は面白いし、この剣をあげることにしたよ! 赤の女王特製の魔剣、Læva-sverðだよ! 切れ味が凄すぎて、斬りたくないものまで斬ってしまうから、取り扱いには注意だよ! アリス的に、君がこの剣を使いこなせたら、楽しいことになると思うんだ!!」と言って、一振りの剣を俺に渡してくれた。
俺は、鞘からその剣を引き抜き、息を飲んだ……。美しい、という言葉しか出なかった。
「本当に、この剣を貰っていいんですか?」と俺は尋ねる。これが、どれほど高価な物かが分かる。シンデレラさんから貰った盾も高価だが、この剣も高価だ。戦士として、そして騎士として、喉から手が出るほど欲しいと思う一振りだ。
「もちろんだよ。実は、君に渡すために持って来たんだしね〜! アリス的プレゼントだよ」とアリスさんは言う。
「ありがとうございます」と俺は、お礼を言った。
「すばらしい剣だが……。Læva-sverðか……。名前が物騒だな……」とシンデレラさんが言う。
「じゃあ、アリス・ソードって名前に変えちゃおうか? デジレさんが今持ってる盾って、シンデレラがプレゼントした盾だよね? その盾ってもともと、シンデレラ・シールドって名前じゃ無いでしょ? 自分の名前を付けた盾を贈るなんて、シンデレラって独占欲が強いのかな? 妬けちゃうなぁ」と、アリスさんは意地悪そうにシンデレラさんを見て笑っている。
「いや! 私はそういうつもりでデジレ殿に盾をプレゼントした訳では……。いや、そういえば、殿方にプレゼントをしたのは、デジレ殿が初めてではあるな……。うむ。だが……それは、ルクレティア様が眠りについてしまったという世界の緊急事態であった為であり……。その、落ち込んでいる所を優しくしてもらったからとか、そういうのではなく……。そうなのだ! この世界の難局を乗り切るためにだな、つまりだな……」とシンデレラさんは独り言をずっと呟いている。
「シンデレラって、初心だし、見ていて楽しいし、からかって楽しいけれど、時折、見ているこっちがやきもちするんだよね〜。もうシンデレラは放っておいて、デジレ。雪の女王が移動しないうちに、出発しよう!」とアリスさんは俺の右手をとって引っ張る。
「あ、じゃあ、シンデレラさん。失礼します。ルチコル村のガラスの件もお願いしますね!」と、俺は言って、部屋を後にした。




