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THE TOWER OF PRINCESS タワーオブプリンセス  作者: 池田瑛
5章 神聖都市ルヴェール
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33 息吹の草原アーテムヴァイス

 花曇の湿地帯フリューリングボグを抜け、息吹の草原アーテムヴァイスへと辿り着いた。息吹の草原アーテムヴァイスは、心地よい風が草原の草木を揺らしている。

 花曇の湿地帯とは違って、空気が澄んでいる。


「はぁぁ」とエインセールも俺も草原で大きく深呼吸をした。


「やっと空気が美味しくなりましたね。あの湿地帯は、空気が悪くて、息苦しかったです。薄暗かったですし」とエインセールは花曇の湿地帯のことを振り返る。


「湿地帯だし、薄暗くてジメジメしているから、キノコが生えやすい場所なんだよ。マシュロンも沢山いたしね。キノコの胞子が舞い上がっていて、太陽の光を遮っていたんじゃないかな。風が湿地帯に吹き込んでこないから、胞子が空気中に留まり続けてしまって、湿地帯全体が花曇りのように、薄暗くなってしまっているのかな」と俺は言う。


「花曇の湿地帯と呼ばれる割には、風が吹かないのも可笑しな話ですね。花曇りの季節、つまり、桜の咲く季節の前には、春一番が吹くのです。そして春一番の季節は、とても空を飛びにくいのです。それにしても、どうしてこの草原は、本当に息吹の草原と言われているだけあって、風が吹いていますね。でも、フリューリングボグに風が流れ込まないのは不思議です……」とエインセールが俺の右肩に座り、右手を口元に当てて考え込みはじめる。


「う〜ん。俺も詳しく分からないけれど、風は北から南へと、この川に沿って流れているように思うよ。だから、風は、この息吹の草原アーテムヴァイスから空の草原エングヒンメルの方へと流れていってしまっている……。だから、花曇の湿地帯フリューリングボグへは風が吹き込まないのだと思うよ。風の通り道から外れてしまっているんじゃないか? 海からも離れていて、海風も届かないようだし」と俺は言う。


 俺達は、雑談をしたり、草原で風に揺られる赤や青など様々な色で咲いているアネモネを愛でながら草原の中を歩いた。見晴らしも良い草原なので、魔物が潜んでいないか警戒する必要もなく、空も澄み渡り、ハイキングにでも行っているような感覚だ。


 

「あれれ!? 草原の真ん中に人がいますよ? 旅人でしょうか?」とエインセールが、草原の先を指差すと、確かに岩に腰掛けている人の姿があった。ハイキングにでも来て、休憩をしているようだった。


「こんにちはーー!! 私はエインセール。旅の方ですか?」とエインセールが旅人に声をかける。俺も、挨拶をした。


「こんにちは。みんな、僕の事を流浪の吟遊詩人ヴォルフラムと呼ぶのさ。本当の名前は…… なんだったかな」とヴォルフラムと名乗った男は言う。中性的な顔に、エメラルドの瞳に長い髪。彼の旅装束も、鳥の羽が付いた帽子に、裏地まで丁寧に模様が縫い込まれているマント。武器らしい物は持っておらず、弦楽器を持っている。魔物がいるかも知れないのに、随分と暢気な人だと俺は思った……。


「あーー! 噂で聞いたことがあります。放浪の吟遊詩人! 女性に絶大な人気を誇っていて、世界中の女性が自分の村や町に来てくれることを心待ちにしていると言われる!! あなたがそのヴォルフラムさんですか?」とエインセールは興奮しながら言う。


「そうだね。どの時代の女性たちも、みんな僕が物語るのを待っているんだ。君の物語を語ろうか? それはそう……とても素敵な歌さ」


「是非お願いします!! デジレさん、滅多に聞けるものではありません。聞いていきましょう!」と言って、エインセールは草原に着地して座り込む。ヴォルフラムの物語りを聞く気まんまんの様子だ。


「では……」と言って、弦楽器の演奏と共にヴォルフラムの物語りが始まった。


 彼の語る物語は、子供に聞かせるようなおとぎ話だった。聞く子供に対して教訓を与えるような物語、話がめでたしめでたしで締めくくられているが、どこがめでたしめでたしなのか、要領を得ない物語。情緒的な音楽と優しい語りでエインセールはおとぎ話を聴き入っている。


「君たちに語ることのできる物語りはここまでだよ」と言って、ヴォルフラムを弦楽器を置いた。


 パチパチと、エインセールは小さな手で大きな拍手をしている。


「私も、おとぎ話に出てくるなんて凄いです!! あっ、でも、私は、男の子と暖炉の前で遊んだりしたことはないですよ?」とエインセールは首を傾げる。ヴォルフラムが語る話の中に、エインセールが登場する物語があったからだ。話に出てきた妖精がおっちょこちょいであったあたり、まさしくエインセールだと思ったのだけど……。


「僕が語る物語は、遥か昔、昔の話かも知れないし、遠い遠い未来の話かも知れない。物語というのは、時空を超えて語り継がれる謎多き薔薇なのさ。今日君に届けた薔薇の花びら、気に入ってくれたかい?」とヴォルフラムは笑みを浮かべ、手品のように取り出した薔薇の花びら一枚をエインセールに手渡す。エインセールは、白馬の王子様に助けられたお姫様のようにうっとりとした表情でそれを受け取っている……。女性には人気があるかも知れないが、同性の俺から見ると、自己陶酔的でちょっと背中がむず痒くなるような男だと俺は思った。


「僕は、君の物語を語れる日を楽しみにしているよ。それじゃあ、僕はあの風と共に行くよ。僕の物語を聞きた女性が待っているからね……」とヴォルフラムは言う。


「俺の?」と俺は思わず聞き返す。残念だけれど、俺は、吟遊詩人に語られるようなほどの英雄じゃない。


「そう……。君の物語さ。君が紡いでいく物語……。あぁ、心地よい風だ。この風に乗っていこう。Auf Wiedersehenさよなら 」とヴォルフラムは言う。そして、ヴォルフラムの体が少しづつ薄くなって行き、やがて見えなくなった。ヴォルフラムが立っていた場所には、薔薇の花びらが幾つも残っていた。置き土産のつもりだろうか…… 気障きざな奴だ。

 それにしても、ヴォルフラムは何処に消えたのだろう。手品の類にしては、本当に気配まで消えている。草原を見渡しても彼の姿はない……。

 吟遊詩人というより、隠密か何かが本職なんじゃないか? と思えるような奴だ。


「休憩は十分したし、そろそろまた歩こうか」と俺は、花びらをぼぉーと眺めているエインセールに声を掛ける。


「こ、腰が砕けてしまって、もう飛べません」とエインセールは言う。


「いや、飛ぶのは羽だろ?」と言うが、エインセールは動けないようなので、俺はエインセールを右肩に乗せて息吹の草原アーテムヴァイスを再び歩き出した。

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