30 散りゆく命と咲き乱れる六花
暴君グラゴーネと鬼ごっこを開始してから既に2時間。エインセールが付与してくれた自動回復魔法「サンクチュアリ」が無かったら、すでに命が無かったのではないだろうか。満身創痍で済んでいるだけ、エインセールには感謝をするべきだろう。その魔法の効果が切れて久しいのだけれど……。
それに、シンデレラさんにも感謝だ。シンデレラさんから貰った碧の盾が無くても死んでいただろう。化け物の打撃を幾度と無く受けても、この盾が凹んだりなどしていない。俺が前に使っていた盾であったのであれば、数回の攻撃でひん曲がり、原形をとどめていなかったのではないかと思うとぞっとする。
だが、盾は無事でも、大きなハンマーで殴られたような衝撃を受け続ければ、体への負担は大きい。もう既に、足腰に力が入らなくなっている。化け物が振り下ろしてくる手は、押し潰されて致命傷になるので躱しているが、横払いを避けるほどの余力がもう無い。化け物の攻撃を盾で、体に直撃するのを防ぐことは出来ているが、その攻撃の衝撃で俺は、数十メートルほどヴァングロットの穴の底の砂を転がる。
思い返せば、親父との訓練で、吹き飛ばされた際の受け身を体で覚えていなかったら、すでに起き上がることなども出来なかっただろう。
呼吸をするのも痛い。肋骨がすでに数本は折れていて、肺を圧迫しているのだろう。呼吸ができているので、肋骨が肺に刺さっているということはないだろう。
転がった際に、口の中が砂まみれになった。ざらざらして気持ち悪く吐き出すと、一緒に血が口から飛び出る。
ここまで生き残れたのは、俺に体術を叩き込んでくれた親父のおかげ。強固な盾をくれたシンデレラさんのおかげ。とっさに回復魔法をかけてくれたエインセールのおかげ。それ以外の数え切れないほど、栄養を与えてくれた野菜や動物のおかげ。
俺も、俺を呼んでくれた人の役に立ちたかった。この世界の森羅万象から与えてもらったもの。それを俺は誰かに返したかったんだと思う。
盾をもはや両手でも持ち上げる力すら無かった。もう次の化け物の攻撃を防ぐことも、回避する力もない。シーラカンスさんが呼んでくるという援軍もどうやら俺の命が続いている間には間に合わなかったようだ。もちろん、援軍が遅いなんて恨んだりもしない。嘆いたりもしない。みんな精一杯やった。俺も精一杯やった。
化け物が8本の手を大きく開く。俺にとどめを刺すつもりなのだろう。親父は言っていた。本当に良い兵士というのは少ないものだと。その意味が分かった気がした。そして、自分は良い兵士ではなかったのだろう。良き騎士にも成れていない。
俺が覚悟をした瞬間……。
ヴァングロットの穴に透明な花が咲き乱れた。様々な形の花びらだった。様々な形の花々。形は様々であるけれど、花弁はどの花も6枚だ。六花繚乱。俺の周りにも、そして化け物の周りにも六花が咲き乱れる。そして薄暗いはずの穴の底を六花の輝きによって明るく照らし出す。
この光景は、天国の光景なのかも知れないが、まだ俺は生きている。だが、人生の最後に見る光景としては、極上の光景な気がした。




