23 ウォロペーレア城
俺の悪い予感とか予想というのは、滅多にあたることが無いのだけれど、今回ばかりは大当たりだった。兵士は言った。
「ああ。ウォロペーレア城はこっちだ。あの渦の中に飛び込めば、すぐに宮殿だ」
いや……。そう言われましても……。もちろん、俺は泳ぐことだってできる。親父は泳ぐことは出来ないかったけれど、俺には水泳をたたき込んだし、装備を身に着けていたとしても、渦潮を脱出して陸にまた上がることぐらいは出来るだろう。しかし、問題は……
「エインセールは、大丈夫?」と俺は聞いた。
「私は、海の中なんて飛ぶことできませんよ〜」と、エインセールは俺のマントにしがみついて来る。いや、海の中では、だれも飛べないと思うのだけれど、俺もエインセールも、呼吸が出来ないだろう。そうであれば、お姫様を呼び出すのは恐縮ではあるのだけれど、ルーティアさんにこちらまで来て貰う必要があるだろう。
「はははっ。そんな深刻そうな顔をしなくても大丈夫だ。この場所から入れば魔法の力で海の中でも、陸の上と同じように動けるようになる。初めての奴は、みんなそんな顔をするもんだ」と、兵士さんが俺達を笑った。
「本当ですか?」と俺とエインセールが声を揃えて言う。
「ああ、本当だ。疑うなら、俺が先に飛び込んでやっても良いぞ」と兵士さんが言う。兵士さんの行っていることは本当なのだろう。
「エインセール。行こう」と俺は、しがみついているエインセールと一緒に、海面の渦巻きに飛び込んだ。
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と、決死の覚悟で飛び込んだ割には、あっさりしたものだった。目の前には、大きな宮殿が広がっていた。頭上の太陽は揺らめき、優しい光線となって宮殿を照らしている。空を鳥が飛ぶかのように、魚とは思えない色鮮やかな魚が俺の頭上を泳いでいる。俺の体を一飲みできてしまいそうなほどの貝が、口を開けている。そして、その中には大きな真珠が光り輝いている。
「デジレさん、私、海を飛べています」とエインセールは嬉しそうに、小魚の群を追っかけている。
あまりの美しさに呼吸を忘れてしまった自分がいる。そして、その美しさから我に返ると、自分が呼吸が出来ていることに驚く。
俺が肺から吐き出す気泡が、タンポポの綿毛のようにゆっくりと上空へと舞い上がっている。間違い無く、俺は海の中にいるのだということを意識させられる。
「ひゃわわわ! デジレさん、助けてください」と、今度はエインセールが大きな魚? に追いかけ回されている。
「エインセール、よく見てみろよ〜。それはさっきの小魚の群だよ」と俺は言ってやる。小魚たちが、エインセールに追いかけ回されたので、今後は逆に小魚が集まって、大きな魚の振りをしてエインセールを追いかけ回しているのだろう。
そうこうしている内に、小魚が作った魚の口に、エインセールが飲み込まれる。そして、飲み込んだ瞬間に小魚の群は四方八方に散らばって行った。
「あれあれあれ? 私は?」と、状況を理解していないエインセールは、何が起こったか訳が分からないようだ。もしかしたら、自分が先ほどの魚に食べられたと思っているのかも知れない。
「デジレさん、ようこそ…… いらっしゃいました……」と、俺達が宮殿に着いたことがわかったのか、ルーティアさんが泳いで俺達の前までやってきた声をかけた。ルーティアさんの声は、海の中でははっきりと聞き取れるし、どこか聞いていて眠ってしまいそうなほど心地よいように感じる。
「ルーティアさん。お待たせいたしました」と俺は挨拶をする。
「来てくれただけでも…… うれしい……」とルーティアさんは言って、ルーティアさんと一緒にきた人魚の女性の影に隠れてしまった。
「こんにちは。私はベアトリクスよ。ルーティアの姉なの。わざわざ海の中まで来てくれてありがとね。それにしても、素敵なところでしょ? 移住する?」とブロンドの長髪の人魚が言った。
「はじめまして。俺はデジレです。そして、あっちの妖精はエインセールです」と俺は自己紹介をした。この人が、ルーティアさんの姉なのか……。ベアトリクスさんの印象は、ハキハキとしていて明るく、活発な印象だ。髪の色だって、薄紫色のルーティアさんの髪とは似ても似つかない。共通点と言えば、露出が激しいのと、そして…… 胸が大きいのということだろうか……。どちらも、貝殻で見えてはいけないところを隠しているが、隠す貝殻が小さいせいで……。
「あぁ。私、泡になってしまいそう……」とルーティアさんが消え入りそうな声で言う。海の中ではルーティアさんの声が良く届くせいか、とても艶のある声色のように思えた。
「あの! デジレさん!」とエインセールが、俺の頬を突っつく。エインセールは頬を膨らまして怒っているようだった。
「おっと。みんな元気になった所で話を進めようか?」とベアトリクスさんが笑顔で言う。
「はい。西の海が冷たいという話を伺ってます」
「そうなのよ。冷たい水が吹き出てきていてね。魚たちが寒い寒いと言って困っているの。もともと、温暖な海だったから、魚たちには厳しい環境になってしまったの」
「原因は分かっているのですか?」と俺は聞いた。しかし、それに、ルーティア様は下を向き、ベアトリクスさんは首を静かに横に振った。
しばしの沈黙の後、
「ヴァングロットの穴……」と、ルーティアさんが呟いた。
俺は、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「あぁ。私達も、どこから冷たい水が流れ込んでいるか調べたんだ。そうしたら、ヴァングロットの穴と私達が呼んでいる、この宮殿よりも更に深い海底から冷たい水が流れ込んでいるということが分かったんだ。その穴の中まで調べることは出来ていないが、おそらくその穴の奧に、なんらかの異変が起こったと私たちは考えている」とベアトリクスさんが補足してくれた。
「それは雪の女王の仕業でしょうか……?」と俺は言う。
「はっきりとしたことは言えないけれど…… それらしき人影を見たと……」とルーティアさんが言った。
「そうですか……」と俺は答える。いばらの塔の扉を凍りで閉ざしたり、海を冷たくしたり。雪の女王の目的は一体なんなのだろうか……?
「雪の女王とか、のろいの事とか色々あるけど元気出して行きましょ〜! とりあえず、今日はもう疲れたでしょ? 頑張り過ぎちゃダメよ。疲れたら、好きな事して寝ちゃいなさい」とベアトリクスさんが明るい口調で言った。
「え? でも、今からでも行こうと思うのですが……」と俺は言う。ヴァングロットの穴に雪の女王が居るとして、そこからまた何処かへ行ってしまう前に、雪の女王に問いただしたかった。
「ダメよ。君、自分では分からないかも知れないけれど、凄い疲れているよ。ヴァングロットの穴は、魔物が住み着いているし、万全の体調で向かわないと危ないわ。わかった?」とベアトリクスさんは言う。
「分かりました……」と俺は答えた。たしかに、今日一日、沢山のことがあった。ずっと戦いっぱなし、走りっぱなしだったような気がする。
「ルーティア。歌ってあげなさい」とベアトリクスさんが言う。
「う。うん……」とルーティアさんは言って、持っていた竪琴を弾き始め歌い始めた。
ルーティアさんが竪琴を弾き始め、歌い始めた瞬間、俺の意識は、奏でられる音楽の上を漂いはじめる。自分の体が重力から解放され、俺は空に浮かんでいるかのような感覚になった……。




