19 リーゼロッテとアンネローゼ
俺とリーゼロッテさんは肩を並べて座り、林檎をブレンノフェン果樹園で食べる。林檎の木が風によって揺れ、緑の葉が奏でる自然の音楽に耳を澄ますだけで、心が落ち着く。
リーゼロッテさんは林檎を大切に味わうように、小さな口でちょっとづつ林檎を食べていた。
「ねえ、どうしてリーゼロッテさんは、改革派のほうについたの?」と俺は聞いた。リーゼロッテさんは、ルチコル村の姫ではあるんだろうけど、村の雰囲気もリーゼロッテさんの雰囲気も、穏やかで、聖女を排して自分が権力を握るというような改革派というイメージがどうしても持てない。聖女様を含めて、みんなで仲良くしたいとか、そういうようなことをリーゼロッテさんは考えそうな印象だ。そういった意味では、改革派というより、保守派寄りの印象を受ける。そしてそれは俺の疑問だった。それに、俺は、アンネローゼさんが、いばら姫が呪いを受けて眠りについてしまったことに関わっている、もしくは、それが起こることを事前に知っていた可能性があるかもしれないと思っている。しかし、リーゼロッテさんがそんな陰謀めいたことに荷担しているようには思えない。知らされていないだけかも知れないけれど……。
「あたしはね、アンネローゼの親友だから。友達がやりたいことを応援してあげるのも、私は大事な人を守ることの一つだと思うんだよね。保守派とか改革派とかそういう難しい話ではなくて、アンネローゼの応援をする。ただ、それだけだよ?」とリーゼロッテさんは言う。
「そっか。アンネローゼさんの友達なのかぁ」と俺は言う。アンネローゼさんの印象だと、友達は要らない、必要なのは自分の命令を聞く従者って性格な気がするけど、と俺は思う。
「あ、友達なのかなって疑ってる?」と、リーゼロッテさんは俺の顔を下から上目使いで覗き込んで言った。
「まあね」と俺は素直に答えた。リーゼロッテさんが、アンネローゼさんを友達だと思っていても、アンネローゼさんがリーゼロッテさんをどう思っているかは分からないからだ。
「アンネローゼとは、小さい頃からよく一緒に遊んでたんだよ。この果樹園でも、一緒に林檎を収穫したことがあるんだよ」
「アンネローゼさんが? アンネローゼさんってシュノーケンのお姫様だよね?」と俺は驚く。普通、お姫様が城を抜け出して、村で遊んだりはしない。
「そうだよ。お忍びって言うのかな。そのころは、アンネローゼがお姫様だなんて知らなかったから、なんか綺麗な服を着た女の子だなとしか思ってなかったけどね。城を抜け出して、一人でルチコル村までやってきて、村娘のアタシと遊んでるんだよ? 今考えると、とんでもないことだよね〜」とリーゼロッテさんは笑う。
「ちょっと今のアンネローゼさんからは想像できないなぁ」と俺は言う
「弓矢も、おばあちゃんから私と一緒に習ったりもしたんだよ。私は全然上達しなかったけど、アンネローゼは一生懸命練習して、あばあちゃんから立派なハンターになれるってお墨付きももらっていたし」
「アンネローゼさんが弓矢の練習かぁ。舞踏会のダンスの練習とか、そんなイメージしか……」と俺は驚く。今のアンネローゼさんの性格からすると、「弓矢の練習? くだらないわ」とか言いそうな気が凄くする。
「林檎の収穫も弓矢の練習だって、アンネローゼは一生懸命なの。林檎だって、私より沢山集めちゃうんだよ。それに、弓矢も右手の一差し指から血が出る間で練習しているの。それでね、アタシもある時、疑問に思って聞いたんだ。どうしてそんなに一生懸命なの? って」
「そしたら?」と俺はリーゼロッテに続きを促す。
「アンネローゼは、こう言ったの。『いろいろな村に行って遊んだりしたくてもできない人がいる。林檎の実を直にもぎ取りたいけどそれを出来ない人がいる。弓の練習をしたくてもそれを出来ない人がいる。私はそんな人の分まで、遊んだり、働いたり、練習したりしなきゃいけないの』って。今でもその言葉ははっきり覚えているよ。アタシと同じ年なのに、すごいなぁって。アンネローゼはね、いつも一生懸命なの。それでね、アンネローゼが一生懸命なのは自分の為じゃなく、自分じゃない他の人の為に一生懸命なんだって思うの。私はそう思うんだ。だから、正直、今、アンネローゼがしようとしていることは少し恐いと思うけど、アンネローゼは他の人の為に頑張っているって信じることができるんだ。アンネローゼは、一生懸命、酸っぱい林檎を自分で食べて、みんなに甘くて美味しい林檎を食べさせてあげようとしている。そう思うんだ。だから、そんなアンネローゼを私は守りたいって思うの」と、リーゼロッテさんは風に揺れる林檎を見つめながらそう言った。
「そうなんだね」としか俺は言うことが出来なかった。リーゼロッテさんとアンネローゼさんの間に強い絆を俺は感じた。物心付いてから親父と二人っきりで生活し、親父が死んでからは一人でくらしていた俺には、分からないことなのかも知れない……。俺を夢の中で呼んでくれた人を探そうとするのも、この2人のような絆を求めているんじゃないかとさえ思う。
「そろそろ、また頑張ろうか?」とリーゼロッテさんが言った。
「ちょっと話し込んじゃったね」と言って俺は立ち上がった。そして、また、ブレンノフェン果樹園の落ちた林檎を拾いはじめた。




