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THE TOWER OF PRINCESS タワーオブプリンセス  作者: 池田瑛
3章 冷たい西の海を目指して
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17 豊穣の里ルチコル村

 ルチコル村は、農村といったほうがいいような小さな村だった。木造の家の前には、小さな畑があり、大きなカボチャが畑を埋め尽くしている。豊作なのだろう。

 俺は親父と住んでいた山奥の小屋を思い出す。この村に建てられているような立派な木造ではなく丸太を組み合わせたような家だったけれど、十分に雨風を凌ぐことはできた。そして、家のある場所から一段下がった場所に、親父が自ら開墾した畑があった。夏に成ったトマトを家の近くを流れる石清水で冷やしてから食べると、甘くて、冷たくて、上手かった。秋になったナスを焼いて、親父と一緒に月を眺めながら食べたものだ。


「こんにちは。ようこそルチコル村へ」と、畑を眺めている俺に、誰かが声を掛けた。振り返ると、リーゼロッテさんが立っていた。リーゼロッテさんは、肩に弓をかけ、右手には金槌を持っている。

 

「こんにちは。先ほどはどうも」

 どうしてリーゼロッテさんは、嬉しそうに金槌を持っている。


「えへへへっ。ここはいい村でしょ? 好きになってくれるとうれしいな。ゆっくりしてってね」


「とても長閑な村で、懐かしい感じがします」と俺は答える。ルチコル村は、シュノーケンのような煉瓦で溢れ、生えている植物も植樹されたような、自然を支配しているような人工的な町ではない。自然の森の中に、人間も住まわしてもらっているというような、人と自然が共存しているような村だ。畑のカボチャが幸せそうに実っているのが何よりの証拠だろう。


 突然、「ひゃわわわ! デジレさん、助けてください」というエインセールの声が、村の奥の方から響いた。


「お菓子の家の方向からだよ」とリーゼロッテさんは言った。俺は、そちらの方に急いで向かう。穏やかそうな村だし、魔物が現れそうには思えないが……。リーゼロッテさんも俺の後について来ている。俺の走る速度に負けずについて来るって、女の子の割りにすごいと俺は思った。



 ゆっくりと回る水車を横目に橋を越え、俺とリーゼロッテさんは声のした方向へと向かい、たどり着いた先は、本当に文字通り、お菓子の家だった。家の隣の木には果物の代わりに、飴玉などが実り、家の表札はチョコレートの板……。屋根もよく見るとクッキーだし、三角屋根の頂上にある風見鶏も、砂糖菓子で出来ている。それに、その隣で回っている風車も、風車のように渦巻のある棒キャンディーだ……。


 なんなんだ? この家は……? お菓子の家ってリーゼロッテさんは言っていたけど……。俺は、頭が混乱しているのか、開いた口を塞ぐことができなかった。


「こらこら。ヘンゼル、グレーテル。妖精さんを苛めちゃだめだよ」というリーゼロッテさんの声で俺は我に返った。


 お菓子の家の横で、縛られて地面に転がされているエインセール。そしてその両脇には、赤毛の、男の子と女の子が仁王立ちをしていた。


「コイツが、私たちのお菓子の家を勝手に食べていたの。犯人を捕まえたの!」と女の子は言って、お菓子の家のとある方向を指差した。


「まぁ」とリーゼロッテさんも驚いているようだ。


 俺もその方向を見る。庭石だろうと思っていたら、中には甘そうなクリームがたくさん詰まっている。それは、庭石のようなシュークリームだった。そして、そのシュークリームは、二種類のクリームが半分づつ入っているようで、見事に、カスタードクリームが入っているところに大きな穴ができていた。たぶん、エインセールはカスタードクリームの方が好みであったのだろう。シュークリームのシュー生地や白色のクリームには手を付けた様子はない。

 食パンで、パンの耳を残すような感じだろうか……。あまり、行儀が良いとは言えない。それに、あんな小さな体で、よくこれだけの量を食べれたものだと思う。


「私じゃありません」とエインセールは言うが……。


「アナタの口の横についているのは何?」と、仁王立ちしている女の子が問い詰める。エインセールの口のまわりには、たっぷりとカスタードクリームが付いている。おそらくカスタードクリームに齧り付いたのだろう……。


「私が食べました」とすぐに犯行をエインセールは認めた。


「俺は、デジレ。エインセールと一緒に旅をしていた者だ。同行者が迷惑をかけて申し訳ない。どうか、謝罪を受け入れてほしい」と俺は一歩進み出て自己紹介をした。


「フフッ、私はグレーテル。あなたは、こんな言葉、ご存じないかしら? 謝って済むなら聖女様は要らない、って」とグレーテルと名乗った女の子は、静かな笑みを浮かべながらいった。柔らかそうな笑みではあるが、俺は、白雪姫アンネローゼさんや雪の女王ヴィルジナルと対峙していた時を彷彿させるような笑みだ。笑顔の裏で恐ろしいことを考えているようで、なんか怖い……。


「俺はグレーテルの兄貴、ヘンゼルだが…… グレーテルには逆らわない方がいいぜ。……ホントに」とヘンゼルと名乗った少年が言った。『グレーテルには逆らわない方がいいぜ』と、俺を脅して言っているというよりも、妹には逆らわない方が良いというのを実体験で知っているような口ぶりだ。


「私たちの家を食べた代償として、私たちの果樹園で林檎を拾ってきてもらうわ。こんな言葉、御存じないかしら。働かざる者、食うべからずって」とグレーテルは言う。


「俺たちは港町ウォロペーレアに行かなければならないんだ」と俺は言った。


「何も、一生働けって言っているわけじゃないわ。私、パイを焼くのが得意なの。妖精を焼いたことはまだないけれど、美味しいのかしら?」


「私は、ぜぜぜ、ぜんぜん美味しくありません」とエインセールが叫ぶ。


「あなたが食べてしまったシュークリームの代わりに、そこにアップルパイを焼いて置くことにするのよ。だからあなたたちが、材料の林檎を私たちの果樹園から集めて来てって言ってるの。急いで行ってきてください。こんな言葉、御存じないかしら? 急がば走れって」とグレーテルは言う。


「そんな強引な……」と俺は言うが、「私たちの家を食べたのは誰? かまどで焼かれたいのかしら?」と

グレーテルさんが俺の言葉を遮って言う。


「あわわわ! デジレさん、言うとおりにしてください。私はここで待っていますので!!」とエインセールは言う。


「お前が食べてしまったのだから、お前も行くべきだろう?」と俺は言う。


「いえ、実は…… 食べ過ぎて動けないのです」


「……」 


 俺は、呆れて何も言えない……。


「食べ過ぎて動けなくなっているところを、俺が捕まえたんだ」とヘンゼルが言う。なるほど、だから空を飛べるはずのエインセールが簡単に捕まってしまったわけか。


「そういうことなら、私も果樹園に行って林檎を拾ってくるよ。デジレさん! 一緒に頑張ろうっ!」と、話を聞いていたリーゼロッテさんが言う。


「仕方がないか……」と俺は諦めた。


「果樹園はこっちだよ~」とリーゼロッテさんが、俺の左腕を両手で抱きしめ腕組みをする。食い逃げを刺せないつもりなのか、リーゼロッテさんが人懐っこいだけなのか……。そういえば、『アタシの騎士になって』と腕組みしていたし、おそらく後者の方だろう。



 お菓子の家を後にし、ルチコル村から出ようというときに、可愛らく花で飾り付けをした麦わら帽子を被った女の子が家の前で木の板を抱えて走り寄ってきた。


「お姉ちゃん、どこ行くの?」


「私は、果樹園で林檎を集めてくるんだ~。クエスト協会の看板、よろしくね」とリーゼロッテさんは、その女の子の頭の麦わら帽子をぽんぽんと優しく叩いた。


「まだ、看板、掘りかけだよ~」と女の子は頬を膨らましている。女の子が抱えている木の板は、ノミで削られた文字と、墨で木に下書きされた文字が見える。『クエス』までが木で彫られおり、『ト協会』がまだ墨で木に文字が書かれている状況だ。どうやら、リーゼロッテさんは、先ほどまでクエスト協会の看板を掘っていたようだ。先ほどから、金槌を持っていたのは、そのせいだろう。


「残りは、ヘンゼルに頼んでやってもらってね。オランジュは、危ないからノミや金槌を触っちゃだめだよ」と女の子の頭をまた優しくポンポンと叩いた。


「私にだって出来るもん!」とオランジュと呼ばれた女の子はさらに頬を膨らます。


「危ないからまだだめよ。ヘンゼルにお願いしてね~。じゃあまた後で!」と言って、リーゼロッテさんは俺を引っ張るように村の外へと駆け出していく。

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