エピローグ
「送ってくれて、ありがとう。お父さん。」
今日は新しい学校の夏休みの登校日だ。事情をくんでくれた学校側からまずは保健室登校から行うと言ってきたらしい。だから父は会社を休んでまで車で送ってくれたのだ。
前の学校も不登校になっていたわけじゃないけど、車から降りようとすると足が竦む。
「無理をしなくてもいいぞ。このまま何処かに遊びに行ってもいいな。パパも夏休みだしな。」
運転席のミラーに映る父は気楽な調子でアイコンタクトをしてくれる。これから何度でも会社を休んで送り迎えしてくれる気らしい。この学校の誰もイジメのことを知らないはずだし、この1歩を踏み出せば日常生活が待っていることは解っている。
だけど、テレビに映った私の顔を覚えていたら、万が一昔の知り合いがいたら・・・そう思うとその1歩が踏み出せないで居たの。
コンコン。ガチャ。
私の座る後部座席のガラスが叩かれ、ドアが開かれるとスルリとひとりの女性が入り込んできた。
「えっ・・・???」
私を奥に押し込んで座席に乗った女性はチエコさんだった。
「迎えに来たわよ。・・・ああコレ。チヒロくんからのプレゼント。失礼しちゃうわね。チヒロくんが着けているものと同じサイズなんだって。」
私はつい彼女の全身をジロジロ見てしまった。ヴァーチャルリアリティー時空間では無かったはずの胸の丘が出来上がっていたのである。シリコンブラを贈られたらしい。
「それじゃあ。この学校は・・・。」
「うんそう。私が保健室の先生している学校。中高一貫なのよ。この時期に転校生なんてありえない。まさかと思ったら、案の定リナさんなんだもの。ほら校門でチヒロくんたちグループも待っているわ。」
私立の中高一貫校。いったい父はどんな手段を使って転入させてくれたのだろう。
チエコさんが指し示す校門には人だかりが出来ている【騎士の黄昏】のギルドメンバーも交じっているところも見える。
「ほら行っておいで。パパは近くのカフェでお茶してくるよ。居心地の良さそうなカフェを見つけたんだ。」
父がスマートフォンの画面を見せて背中を押してくれる。父はこういうカフェやイートインの出来るケーキ屋を見つけるのが得意なのだ。偶に買ってくる凄く美味しいケーキのお店を問い詰めると渋々連れていってくれるのだが、本当はひとりでまったりと過ごすのが好きみたい。
「ズルい。私も連れていってよ。」
「もちろん連れていくさ。そうだなあ。2学期の始業式の日のランチに行こうか。それまでに美味しそうなメニューを見繕っておくよ。それではチエコさん。よろしくお願いします。」
そう言って父がウインクしてくれる。通う気満々みたいである。本当に好きなんだなあ。
でも私、チエコさんの名前を言っていないよね。
そこで私は閃く。父は学校に何度も来ているんだ。保健室の先生であるチエコさんとも会っている。私が登校拒否に陥らないように事前準備をしてくれていたらしい。この学校の周囲の環境を調べるために歩き回ったのだろう。そこで先程のカフェを見つけたんだ。
思わず涙が零れそうになった。いつもいつも私の気持ちを大切にしてくれる父。何故かいつも私の気持ちを良く解ってくれるのは母よりも父のほうだった。今回も私に気付かれないように沢山沢山走り回ってくれたのは間違いない。
「お待たせしました。」
そこには【騎士の黄昏】の見慣れた面々が居た。新しく通う学校に友だちが居る。たったそれだけのことが本当に心強い。彼らに合流すると保健室に連れて行ってくれるというのだけど、周辺からの視線が痛いくらいに目立っていた。
「何故トモヒロくんだけ離れているのよ。君の発案でしょ。このグループに入れれば、どんな悪意からも守ってやれるって。しかもどんな手段を使ったのか知らないけど、優子ちゃんのクラスに入れるし。」
結城智広というのが【騎士の黄昏】のギルドマスターの本名なのだそうだ。普段からチーちゃんとかチーくんとかギルドメンバーから呼ばれていたから、てっきり中学生なんだとばかり思っていたんだけど、1学年上の高校2年生らしい。
ギルドメンバーの山品優子さんは逆にチエコさんと同じくらいの大人の女性だとばかり思っていたのだけど、私と同じ高校1年生だった。他にもチヒロくんと同学年のイケメンが3人と美少女が2人のグループ。それに何故か女性教師までグループの一員らしい。
「だって、ソレが・・・。」
チヒロくんが私のリュックに付いたマスコットキャラのヌイグルミを指差す。
あれから連日、ピエロのようにカラフルな模様の小さな女の子の小ボスに化けて【正義の鉄槌】を使い続けている。元々このアンテッドモンスターは設定があったようで、始まりの街の外れにある古ぼけた校舎に住み着いているらしい。
【騎士の黄昏】のギルドメンバーでもある彼らもアンデッド化しており、事情を知るチヒロくんが校舎に案内してくれては【正義の鉄槌】でアンデッド化を解除して、噂を広めてくれた。
その甲斐もあってか連日連夜、アンデッド化したPCがやって来るようになったのだけど、何故かこのキャラ。人気が出たらしく。グッズも売り出されるようになった。
私のリュックに付けられているのは運営が特別に3Dプリンターで作成してくれた巨大化して今にも相手を食べようと口を開けたリアリティー溢れる小ボスのヌイグルミである。今日はお守り替わりに付けてきた。これも近々発売されるらしいのだけど売れるのかな。
「あっ・・・。」
そういえばギルドメンバーを連れてきたチヒロくんは彼らが死に戻った後毎回アワふいて気絶したんだっけ。怖いんだ。
「チヒロ。もしかして怖いのか?」
「タツヤ。そ、そんなわけないじゃん。も、もう見飽きたよ。」
ひと際大きく強面の達也さんは優子さんのお兄さんだという。それなのにグループの中では扱いが雑でイジられ役というから良くわからない。でも反応がストレートなので、そこに好感が持てる男性だ。少なくともイジメなんてしなさそうである。
「そうだよな。『男気のあるオネエ』が売りのチヒロが怖がる姿なんて想像できねえ。」
「ヒデタカ。そ、そうだろ。」
狩矢英孝という軽そうなイケメンはお笑い芸人になるのが夢なんだそうなんだけど、ときどきハズす。しかも母親が女優で俳優デビューの話もあったというから向いてないんじゃないかと思う。
「『男気のあるオネエ』って?」
オネエを名乗っているんだ。凄い勇気あるなあ。これなら近くに居ても注目されないだろうから身バレすることも無いかも。だからグループに誘ってくれたのかな。
「ああ今注目度ナンバーワンなんだぞ。女優デビューする映画も近々公開される。」
そういえば、有名女優の秘蔵っ子の男の娘がシネマデビューするって聞いたことがある。次々と男たちを手玉に取る水商売の女性が実は男の娘だったというストーリーで、手玉に取られる俳優陣には大物俳優から有名歌手まで名を連ねているらしく、前評判は上々でヒット間違いなしとテレビで言っていた。
これって、逆に拙いんじゃないのかな。そんなグループに所属していたら、マスコミに洗いざらい調べあげられそう。
「ヒデタカ。やめろって。グループは学校内だけの話だし、嫌なら断ってくれても構わない。」
私の顔に怯えが出てしまったのか。チヒロくんが思わぬ方向に話を進めてくる。
「いえ。そんな。とても有難いです。」
でも私の心はもう決まっていた。新しい学校にこれだけ多くの友人。それだけでも心強いのに、これだけ個性豊かな面々だもの。たとえ身バレしたとしても存在感は薄いに違いないわね。
これでEndマークと致したいと思います。
グローが担任で主人公がついついイジってしまうとか
ヴァーチャルリアリティー夏期講習で苦労する主人公とか
ヴァーチャルリアリティーから永久追放された元生徒会長の親が怒鳴り込んでくるとか
本編から外れたネタは抱えているので番外編として追加したいなと思っています。
評価、感想をお待ちしています。




