NPCとして初めてのクエスト
召喚したアンデッドモンスターは視界から消えていた。100体ほどは敵モンスターかPCに倒されたのか消えていたが残りのアンデッドモンスターは敵を見つけるために彷徨っているみたい。
「ちょっとゴメンね。」
「・・・っ。」「げっ。」「ヒャー。」
チヒロくんに後ろから抱き付き、目隠しした上でさらに100体のアンデッドモンスターを召喚したところ、チヒロくんとグローさんとチエコさんが一斉に声をあげた。
「チエコさんも実は怖かったり?」
グローさんはいきなり周囲に出現したアンデッドモンスターを見て真っ青になったので怖かったらしい。チエコさんも悲鳴あげたのかな。
「違うわよ。そうじゃなくて男の娘とはいえ抱き付くなんて大胆ね。」
100体のアンデッドモンスターは散開させて戦闘範囲を広げておき、目隠しを解いた。イジメられた経験を持つ私は他人が本気で嫌がっていることをしないと心に決めている。
だから目隠しをしたのだけど、確かに大胆過ぎたかな。
「羨まし・・・っ。」
今度はグローさんが何かをポロリとこぼしてチエコさんに耳を引っ張られている。なんかいいな。仲が良さそう。
「私の身体には興味無いみたいだったから、慣れているんだろうと思ったんだけど・・・違ったみたいね。」
チヒロくんは真っ赤な顔で振り向き、困った顔になる。恥ずかしかったらしい。
「興味が無いなんてっ。そんなこと・・・男視線を向けないように必死だったのに。」
胸に視線を向けないように制御していただけみたい。
「女性になりきっているのね。でも不自然よ。チエコさんを見てみて。」
私がチエコさんに視線を向けると丁度、胸を見比べて溜め息を吐いているところだった。
そんなに気になるなら、皮下にシリコンを入れる豊胸手術でもヒアルロン酸注射のプチ整形でも受ければいいのに。私なんて丁度良い大きさにしたくても出来ないのになあ。羨ましい。口には出せないけど。
「だってっ。」
それでも必死に胸から目を逸らそうとしている。女性は女性の胸に興味が無いという固定観念に捉われているみたい。
タクさんのようにガン見する女の子は稀だけど居た。親しくなった途端、触ってくるようになってドン引きしたけど。
この胸で男を誘っているんだろうとかイジメてくるクラスの娘たちよりはずっといいけどね。あのころはどんなことでもネタにされたもの。言葉は耳に入らないようにシャットダウンすればいいのだけど、女の子ってすぐ手を出してくるから困ったのよね。
「別に男の人って、ナチュラルに見るよ。チラリとも見ない人は初めてよ。・・・それよりもクエストを終わらせましょ。パーティーに入れてくれるかな。」
『全てのクエスト参加者に告ぐ。貴族令嬢が救出されました。ここはモンスターボックス化します。至急、転送魔法陣まで戻ってください!』
突然、頭の中でアナウンスが鳴り響いた。
「うわっ。エグいシナリオねえ。救出してクリアじゃないの?」
経験値の差なのかチヒロくんが目を剥き、グローさんが周囲を警戒して、チエコさんが私を抱き寄せてくる。
「確か中ボスを倒したパーティーだけが私を人質に取った大ボスと戦い、勝利すればクリア・・・だと聞きました。もしかしたら、私が出て来ちゃったから大ボスが出現せずにズルをしたと・・・。」
タクさんに聞いたクリア条件を口にする。道理で私が空中庭園に居ることに拘ったわけだわ。ちゃんと説明してよね。
「それだっ。大ボスを倒さずにすり抜けて救出したと思われているんじゃないか。小ボスクラスのアンデッドモンスターがそこいらじゅうにポップアップして・・・ないな。どういうことだろう。」
グローさんが仮説を展開する。だけど辺りは静まったままである。見える範囲には召喚したアンデッドモンスターも居ない。
きっと一定範囲内で出現するモンスター数に制限がある。周りには私の召喚したアンデッドモンスターが200体おり、それが小ボスのポップアップを防いでる。だが召喚したアンデッドモンスターが倒されてしまえば・・・小ボスのポップアップも時間の問題かもしれない。
こんなところにチヒロくんを置いておけないっ。とにかく転送魔法陣にたどり着かないと。
「グローさんたちが転送されてきた魔法陣は何処なんですか?」
これだけの人数が固まっているのだから隣接した魔法陣に転送されてきたのかもしれないよね。
「それが・・・そこを曲がったところなんだ?」
思いがけない返答に言葉が詰まってしまう。内幕を知っているグローさんとチエコさんはともかく、こんなにやる気に満ちたチヒロくんが居るのに、こんな初歩で躓いているなんて。どういうことなんだろ。
こういった戦いながら攻略していくマップの場合、初めはPCが容易く倒せるレベルのモンスターだけど奥に行けば行くほど敵モンスターのレベルがアップしていくのが常道なはず。実際に私が進む速度も少しずつ上がってきているのだから間違いではないと思う。
「えっ。・・・そんなにクエスト1に手こずったんですか?」
空中要塞に転送されるにはクエスト1のクリアが必須条件だけど。運営としては空中要塞を楽しんでもらうのがメインなので、そんなに難しいクエストに設定されていないとタクさんが言っていたんだけど。おかしいな。
「あれは集団戦だから、複数のギルドが上手く連携すれば容易い1時間ほどでクリアした。」
クエスト1のクリアはあの場に居た全てのPCに当てはまる。だけど私が攫われてから結構な時間が経過している。タクさんの視線が気になるほど。
「でも私が攫われてから4時間は経ってますよね。」
半分は空中庭園に居たけど、もう半分は私が攻略に掛かった時間。それよりも1時間前に空中要塞に到着していたなんて。
「ああ・・・。チヒロくんが・・・チヒロくんが転送魔法陣の安全地帯で蹲っていたのでさっきまで攻略を開始するように説得していた。どうも先に転送魔法陣を使ったPCが攻略に向かわなければ他のPCが転送魔法陣から出られないルールみたいなんだ。」
「それは言わない約束・・・っ。」
チヒロくんがグローさんに抗議している。まああまり言いふらされたい情報じゃないけど、アンデッドモンスターが怖いのなら仕方が無いのでしょうね。
「はあ・・・。」
「とにかく転送魔法陣まで戻りましょ。」
私が惚けているとチエコさんが何も無かったかのように歩みを進める。
『初めの1パーティーが転送魔法陣を使用しました。これより先に空中要塞でモンスターに倒されたPCはアンデッド化するのでご注意ください。』
魔法陣にたどり着いたところ妙なアナウンスが流れた。
「アンデッド化するとどうなるんです?」
始まりの街にたどり着いた私たちは、ギルドハウスまで戻ってきた。
「ある種の装備が付けられなくなるとか、見た目がアンデッド化するとか、いろいろ弊害がある代わりに再生能力が付くそうだ。」
昔あったイベントでもアンデッド化したPCが居たらしくグローさんが知っていた。
「悪くも無いんですね。」
レベルの高いプレイヤーほど再生する確率が高いらしい。再び死ねばアンデッド化が解除されて死に戻るのだから、そんなに悪くなさそう。
「いやアンデッド化している最中はモンスターを倒しても経験値が入らなくなるらしい。」
それでも格上のクエストを攻略するときに使えそう。
「嫌だ。これからしばらく街中でアンデッド化したPCを見かけることになるんだから。」
本気で嫌そうにチヒロくんが顔を歪めている。
「ギルドの仲間がアンデッド化していたりして・・・。」
街中でうろついているアンデッド化したPCは見なければいいだけど、ギルドの事務員NPCのロールプレイング中の私は相手にせざるを得ない。毎日ハロウィンなのは勘弁してほしい。
「それは私も嫌かも。【水霊の国々】のギルドハウスではアンデッド化PCを立ち入り禁止にしておこうかしら。」




