NPCとして初めてのライバル
中ボスエリアを乗り越えると通路に繋がっており、しばらく歩くと十字に通路が交差していた。迷路になっているみたい。常道として左手を壁につけて歩いていくことにする。そのうち地上に降りられる魔法陣に出会えるといいな。
あとは召喚したアンデッドモンスターで踏み潰していく簡単なお仕事である。時折、召喚したアンデッドモンスターを乗り越えてくる防御力や魔法耐性の高いPCには貫通攻撃の【チェーンソー】を使い、遠距離攻撃を使う魔法使いや素早さが高く捕まえにくいPCには離れていても使える【ドレインライフ】で無限大のHPを吸い取った。
『ストップ!』
前方に3人のPCによるパーティーが存在した。グローさんとチエコさんが居るのが見えたのでアンデッドモンスターたちに攻撃しないように指示を出す。
チエコさんが生産したアイテムでHPを回復し、グローさんが持ち前のスピードで2人のPCの要領良くガードし、もう一人の女性PCは軽量級騎士として一撃必殺の攻撃を繰り出していた。
この姿では解らないだろうとギルドメンバーへのメールでグローさんとチエコさんにアンデッドモンスターを率いるゾンビのNPCをロールプレイング中だと伝えたところとパーティー側の攻撃も止まった。
「リナさん。前回のブルドーザー女も凄かったが、それにも増して凄いな。これも運営からの依頼なのか?」
やっぱり前回も見破られていたみたい。今回の運営からの依頼内容をグローさんとチエコさんには伝えてあったのだけど。勘違いしているみたいよね。
「まあね。」
曖昧なら曖昧なままで放置しておけばいいよね。矛先は運営に向かうんだし。
「えっ。前回の強制参加イベントのブルドーザー女もリナさんなの?」
あのとき、目が合ったと思ったんだけどチエコさんには解らなかったみたいである。胸を見ただけで解ってしまうグローさんもどうかと思うけど。
「それよりもそちらの方はログアウトしなくても大丈夫でしょうか?」
とりあえず話を逸らす、こちらも嘘を重ねてまで辻褄を合わす必要は無いと思っている。
NPCのロールプレイングの件が少しずつ広まってしまうのは仕方がない。疑いがあれば近くに居る彼らに矛先が向く。嘘を吐いてまで守ってもらう必要はないと思っているのだけど。
背の小さい女性PCの顔が真っ青になっていた。とりあえず戦闘フェイズは解除したから、気分が悪いのであれば、今ログアウトしてもペナルティーは無いはずである。
「ああ。彼はお化けが怖いんだそうだ。」
青ざめた顔のPCの代わりにグローさんが答えてくれるが混乱してしまう。何処をどうみたら男の子に見えるというのだろうか。確かに装備は筋骨隆々な男性向けのモノだけど、胸が無い女の子が装着しているみたいで痛々しい。
「彼女じゃなく彼?」
男の子とは思わなかった。背の高さは私と同じくらいで、しかもメイクまでしている。まあ今時メイク男子なんて珍しくないけど、物凄く可愛い。本当に男の子なら、これから私女性として生きていっていいのと思うほどである。
「彼は【騎士の黄昏】のギルドマスターのチヒロくんだ。」
【騎士の黄昏】ギルドと言えば中堅クラスで、男性どころか女性も職業選択で【騎士】を選ぶという有名なギルドだったはずである。
普通はギルド内でパーティーを組みやすいように職業が均等になるように勧誘したり、安全に材料を採取できる見返りに武器や防具のメンテナンスや各種ポーションを安価に生産するPCが居たりすると思うけど。
このギルドは誰もが美男美女でパーティーメンバーは集めやすく、アイテム類も割と安価で譲って貰えるらしい。
なるほど解る気がする。彼の顔を見たとき、守ってあげたいという保護欲にそそられた。それにPCの解像度が違う。私が運営からの依頼で選択出来るようになった超高解像度モード。
まさか都市伝説になりつつある高性能AiのNPCがPCに紛れ込んでいるってヤツなのかな。それとも運営からNPCに成りすまして欲しいと依頼されたPCが過去にも居たとか。運命のライバルなんてね。
「お化けが怖い彼が何故、このイベントに参加したの?」
目の前にした彼はジッと私の顔を見ていた。こちらもジッと見ていたことがバレたのか顔を逸らした。しかも胸をガン見する様子も無い。本当に男の子なの。人間っぽく無いところも怪しい。
「パーティーメンバー全員で転送されると思い込んでいたらしい。」
ランダムに転送されてしまうことは公開していない情報らしい。初回だから実況の掲示板でも無い限り誰も知らないはずだけど、結構アリガチな設定である。アンデッドモンスターに囲まれ、知らないPCたちが即席のパーティーを組み進んでいくクエストなのである。
「死に戻れば、始まりの街の門に戻れるはずよ。」
彼らのセーブポイントは始まりの街で開かれる前の記念式典の会場だという。死に戻ると再び会場がブラックアウトするところから展開していくらしい。
「御令嬢が目の前でさらわれてしまったんだ。取り返さずに戻れるかっ。」
当の本人が目の前に居るとは思わないのだろうけど、こんなに真面目にゲームをしている人もいるのね。
でも運営が考えた決まりきったセリフにも聞こえる。まさかね。自分の想像に突っ込む。
「マジメねぇ・・・。」
単なるクエストのデモンストレーションである。誰も真剣に見ていなかったと思ってたの。まあ胸に視線は集中していたけど。
「・・・っ。」
真っ青な顔が真っ赤に変わる。怒りを堪えているみたい。ますます怪しい気がする。でも本気だったら、悪いことしちゃったよね。ここは正体を明かすべきでしょう。
「ゴメンゴメン。とりあえずメイクを落とすね。・・・えっ。」
ただれたメイクをリセットして、【髪飾りアイテムで】髪の毛を金髪に【カラコン】をブルーに戻した後、【Mの鎧】を外す。突然、彼の真っ赤な顔が白くなってから仄かにピンク色に染め上げ、後ろへ向いてしまった。
「リナさん。胸見えているわよ。グロー、貴方も目を逸らしなさいっ。」
ヤバい。衣装を着崩していたんだった。慌てて【正義の盾】を大きくして身体を覆い隠す。その後、【正義の鎧】を装備した。順番が全く逆だった。【正義の盾】で身体を隠してから【Mの鎧】を【正義の鎧】にすべきだったのである。
「ごめんなさい。見たくも無いものを見せて。はぁ・・・やっちゃった。」
ヴァーチャルリアリティー時空間では性的な部分は描画されない仕様ということや【Mの鎧】のフェースガードやメイクで顔が覆い隠されて羞恥心が低下していたのが拙かった。
まあタクさんが周囲に居なかったのは不幸中の幸いといったところかな。
「本当よ。半分くらい分けて欲しいくらいよ。」
チエコさんが何かポロリと漏らした気がするけどスルーしておく。
「チヒロくんだっけ。もうコッチに向いていいわよ。理解できたみたいね。そう私が貴族令嬢NPCを演じていたの。ゴメンね。」
あとはセーブしてあった貴族の令嬢メイクに戻したのである。
「えっ・・・ええええっ。」
「なんだぁ。ここで驚くということはPCなのね。人間っぽく無いし、高解像度モードだから高性能Ai搭載型NPCかと思っちゃった。」
私みたいにNPCをロールプレイングしているわけでも無さそう。
「ええ。チヒロくんはNPCでも性同一性障害でもゲイでもビアンでも女の子でも無いわ。性表現が女の子してるだけのストーレートな男の子よ。」
いやそこまで聞いて無いんだけど。知りたいことのほとんどをチエコさんが教えてくれた。
「詳しいんですねチエコさん。」
親子ほど年齢は離れていそうだけど、身内ってことも無さそうだし接点無さそうなのになあ。
「ここしばらく保健室の常連だったからね。」
チヒロくんは同い年くらいだよね。ということは・・・。
「ええっ。チエコさんが保健室の先生・・・。イメージが違う。」
性表現が女の子ということは学校に女装してきたのかな。詳しいはずである。そういうときにはカウンセリングルームの先生か保健室の先生が適任ね。きっとそれとなく聞き出したのよね。
「なんでかな。皆そう言うのよね。だからイメージ近付ける努力をしているのよ。」
「だからって、何枚パットを入れているんですかっ。初めてゲームの中でお逢いしたときに驚いたのなんのって。別人だと思っていましたよ。」
現実世界では別人に見えるほど胸を盛っていたらしい。
「バレた? 流石に詳しいわね。」




