88.彼女と食事 ルゼルジュ視点
「おかえりなさいませ」
その黒髪の未亡人は、当たり前のように自分を出迎えた。
…まだ、いた。
小屋に帰って俺は驚いた。
眩いばかりの笑顔で出迎えられ、一瞬たじろぐ。
そして、部屋の中を見渡し驚愕した。
「なっ!こっ!これはっっ!一体」
「?片づけて整理したのですが、何か?あっ!大丈夫ですよ。勝手に何か捨てたりはしていません。ゴミと思しきものは、隅に避けてありますので、ご確認頂ければ…」
「あ、あんた、一体どうやって…あれほどの…」
無造作に積み重なっていた石板や、書物、化石なども綺麗に棚に収まっている。
誇りっぽかった室内は清められ、まるで新築の如き清浄な空気を感じる。
「さぁさぁ、夕食も出来ておりますよ。席におつきになって下さいませ」
「あ、ああ。え~と、ターニャさん?」
「あら、ルゼルジュ様は雇い主でいらっしゃいますのに!どうぞ、呼び捨てで」
「あ、ああ。じゃあ、そうさせてもらおう。ターニャ。ん?これは…二人分」
「え?あ、すいません。帰っても一人きりだったので、お許しもなく自分の分まで用意してしまって…あの…片づけます」と段々ターニャの声が小さくなる。目に見えてしゅんとしている。
「え?あ、ああ、別に構わない。一緒に食べよう」
普段なら絶対に言わない台詞がつい口をついた。
正直言って女嫌いで知られた息子ほどではないが、俺は女性に優しいタイプではない。
友人知人ならばともかく、昨日今日知り合ったばかりの女性と食事などするタイプではない。
しかし、この食事は彼女が作った物だし、何よりあの凄まじい汚部屋をまるで新築で引っ越してきたのかと思えるほどの働きをした者に対して無碍な態度は取れよう筈もない。
彼女が類まれなる美女だったからとか笑顔が魅力的だったからだとかそんな事は決してない…うん。
決してないぞ!
そして、俺は彼女とテーブルにつき、出来立てでまだ湯気の立っている食事に目をやった。
「どうぞ、お召し上がりくださいませ」
「うむ、頂こう」俺はテーブルに並ぶ、これまで見た事のないような料理にフォークを突き刺し口に頬りこんだ。
「!」「うっま!」
思わず一口頬張って言葉が漏れた。
何だ!これは!ただの魚の焼いたものかと思えば塩?だけではない何か芳醇な深みのある絶妙なコクのあるしょっぱさ!
「良かった!こちらの白い白米と一緒にお召し上がりになれば、もっと美味しいですよ?」と彼女は白いつぶつぶのものを勧めてきた。
「何っ!もっと上手い?」食など死なない程度に食べれば良いと思っていた自分だが、この時ばかりは勧められるがままに魚と共に白米とやらを口に頬張ってみた。
「なるほどっ!これは美味いっっ!」
「これはサバラの白醤油漬けを焼いたものです。こちらの白根おろしにこちらの醤油ソースをかけて一緒に頂いてもまた、別の味わいで美味しいんですよ」
「うむっ!美味い!」
「こちらのホレン草の胡麻和えもどうぞ。イーカとトコイモの煮物も美味しいですよ」
俺はこの時我を忘れて汁をすすり魚も芋も胡麻和えもすごい勢いで食べた。
こんな料理は初めてだ。
全てが美味い!
このイーカとトコイモの煮物など、いくらでも食べられそうだ!
芋のねっとりとした触感が癖になりそうだ!
城でもこんなに深みのある食事を味わった事は無い。
俺は一気に食べまくってしまった。
「ふ~っ!食った食った!」
「お気に召しましたか?」
「気に入るも何も、これほどの料理は生まれて初めてだ!ターニャはどこぞの有名な料理人ではないのか?一体なんだって、こんなしょぼくれた考古学者の助手なんぞに」
「まぁっ!ルゼルジュ様はしょぼくれてなどおりません!それにお料理はレシピさえあれば、誰でも作れますわ」とターニャは照れたように頬を染めて嬉しそうにした。
「いや、しかし、これほどの飯が作れるのならば王都の中心で店が出せるぞ!何なら出仕してもいい」
「嫌ですわ。私はここで助手のお仕事がしたいのです。ご迷惑ですか」とターニャは眉根を寄せて悲しそうな顔をした。
「は?何だってまた…いや、まぁ、俺は、ここまで美味いものが食えるのは嬉しいが」と、いうとターニャはぱぁっと笑顔になった。
「良かった!では、明日からも、宜しくお願いいたします」
「あ、ああ」
まるで狐につままれたような心地で俺は頷いた。
こんなに若くて美しく、しかも料理は城の料理人たちに勝るとも劣らず、この汚部屋を整然としつらえた凄腕の女性が何だってこんな辺鄙な遺跡の傍らの小汚い小屋(もう今は綺麗だけど)に望んで働きたいというのか俺にはさっぱり分からない。
(まさか、俺が先王ロードだと知って?いや、しかしそんな筈は…)
何か裏があるのではと訝しんでしまうのは仕方がないだろう。




