73.狼狽える先王ロード
ロードは、自分が第二の人生で選んだ考古学者という生業に導かれたきっかけともなった伝説の”女神キラ”の実在への感動と、愛娘として受け入れていた幼子がその存在であった事への驚きと焦りに翻弄されていた。
「ロード様…ごめんなさい」ラーラは眉を寄せながらぽつりと呟いた。
「ラ、ラーラ…もう、お父様とは呼んでくれないのか?」
狼狽えながらもそう言ったロードにラーラは切なそうに首を振った。
「…あの三歳の姿のままの私なら、きっと本当の自分の事など伝えずに、娘として暮せたでしょう…いくら何でもあの三歳の私とロード様では…お父様のお嫁さんになりたいなどといくら言ったところで相手にもしてもらえない事くらいわかりきっていましたもの…でも」
「でも?」
「今の私なら私が十六歳の時に、三十八歳、二十歳の時にロード様は四十二歳…確かに歳の差はあってもあり得なくはないのではと…」
「いやいやいや!」
「…そんなに…嫌ですか…」
「いや…嫌という訳では…」
「では!」
「いやっ!違うっ!あ!いや…」
ロードは色んなことが頭の中を渦巻いて処理しきれないように狼狽えていた。
考えがまとまらないのだ。
それは、安寧の世をもたらしたという稀代の名君とは思えぬ有様だった。
無理もない。
ロードはそもそも国政を操るには長けた賢王だったが恋愛という感情すらよく分からずに生きてきた。
ある意味とても不器用な男だったのだから。
ましてやほんの一週間前まで三歳だった娘がいきなり大きくなって愛の告白である。
硬派のロードには許容量を越えていた。
「…七回…」
「え?」
「”いや”って…七回も…」
「いや!”嫌”と”いや”は違うし…ていうか、あー…とにかく頭がまだついていかないんだ」
「…ごめんなさい。困らせて…」
「え?あ、いや…あ、この”いや”は”嫌”の”いや”じゃないぞ!って!俺は何を言ってるんだ”うがぁっ!でも、まぁ、やっぱりラーラは娘だから…その…」
しどろもどろになるロードにラーラは、ふっと何かを諦めたような寂しい笑みをみせた。
「……そうですね…ごめんなさい…お父様…」
「え?あ、いや…うん?」
ラーラが『お父様』と呼ぶとロードは少しだけほっとしたような顔をした。
そんなロードの様子にラーラはツキンと胸が痛んだ。
『ああ…やっぱり迷惑でしかない|んだなぁ…』
そう思い知らされた気がした。
「ごめんなさい。私の言った事は忘れて下さい…困らせたい訳ではなかったのです」
「あ、いや…大丈夫か?」
「…はい…無理を言ってすみませんでした。少し…休みたいので部屋に下がって良いですか?」
「あ、ああ…そうだな。疲れたろう?ゆっくり休むがいい」
「はい…」
そう言ってラーラは自室へ戻って行った。
その背中が寂しそうでロードの胸も痛んだが自分にも冷静になる時間が必要だと感じていた。
そして、この時、ラーラを一人で自室に戻した事を後で死ぬほど後悔したのだった。




