69.美しき王家の姫君
その日、不幸にも”時狭間”に見舞われた王家の姫が、王城に出仕している全ての者達の前に姿を現わした。
三歳の可愛らしい姫君が”時狭間”という現象に見舞われ一気に十歳も歳をとってしまったのである。
その現象は何十年も研究されているが未だ解明されていない。
しかし、この世界ではないどこかに攫われてとった歳の数だけの年数を経験して戻ってくるのだろうと言われている。
ただ、不幸にもその被害にあったほとんどの者は”時狭間”の空間に呑まれていた間の記憶は殆どない。
しかし、この国では無かった筈の文化や言葉や知識を持って帰ってくる。
自分がどう生活していたかも覚えていないのに水の浄化方法や新たな魔法や何かしらのこの世界に役立つ英知を授かってくる事から”時狭間”に攫われる事を”神攫い”とも呼ばれる事もある。
それは神が選びし者に神の国の英知を授けるという言い伝えから来るものだ。
だから、”時狭間”に進んで見舞われたいと思うものはいなくても”時狭間”に見舞われた者が後々、虐げられることは無い。
むしろ手厚く保護され、得た知識を国に役立て貢献してもらうのだ。
だから”時狭間”から生還した者は”帰り人”と呼ばれある種の英雄扱いされる立場でもあった。
けれど、まさか王家のわずか三歳ほどの姫君にそんな事が起きるだなどと、やはり不幸で悲劇にしか思えなかった。
そして、王城の玉座に王が座り大広間に城に人々が集まる中、先王ロードと双剣の金騎士サラを傍らに現れたその姿に皆は息を飲んだ。
玉座に真っすぐ進む先王に手を引かれ美しい金騎士を背後に従える、白銀の髪紫水晶の瞳の美しき姫の姿は神々しくまるで女神の降臨かと皆は誰に指示された訳でもないのに腰をおとし頭を垂れた。
大広間の明かり窓から差し込む光がきらきらとラーラとサラの髪をてらす。
そして王の前にひざまづきラーラは口を開いた。
「国王陛下、私ラーラは、此度”時狭間”という現象に見舞われましたが、幸いにも十歳ほどの時を越えてしまっただけで済みました。国王陛下や王城に仕える者たちにも心配をおかけした事を申し訳なく思っておりました。そして国王陛下には、皆にそのお詫びとお礼の言葉を伝える機会を下さいました事にお礼申し上げます」そう言い放ちラーラはサラに習いたての淑女の礼をとった。
そっとドレスの裾を持ち上げ片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま少しだけ頭を下げる。
一部の隙も無い美しい所作に周りの全ての者がほうっと溜息をもらす。
そして国王陛下からの言葉が放たれる。
「ラーラ、我が妹姫よ。其方の此度の事は不幸な事故であり、其方が私や皆に申し訳なく思う必要はないのだ。しかし皆にその元気な姿を見せて安心させてやりたいと言う其方の言葉にわたしは心打たれた。皆に声をかけ安心させてやるがよい。皆の者、面をあげてラーラの言葉を聞くが良い!」
そう王が語ると皆は頭をあげ一斉にラーラの方を見た。
ラーラは皆の目が一斉に自分を見つめると内心、どきばくしたが、しっかりと頭をあげ皆に言葉をはなった。
その透き通るような声でよどみなく。
「皆さん、ご心配おかけしましたが、私は大丈夫です。ほんの数日前までの三歳の私を知る方方にとっては驚きでしょうが、私は元気です。そして今の私を受け入れてほしいのです」
そう言ってラーラは王にしたように淑女の礼を皆にとった。
「「「ひ…姫様」」」
「「わ、私たちにまで頭を下げられるなどと」」
「「「「勿体ない」」」」
皆は一斉に感涙にむせびつつ頭を垂れた。
辺りにはすすり泣くような声や涙をこらえるようなうめき声、そして咳ばらいが所々で聞こえた。
「姫様はこの国の誇りですわ」
「「「「まったくだ!」」」」
「なんて素晴らしい姫様でしょう」
「「「まさしく!」」」
「お姿だけでなく御心までもお美しい」
「「「本当に!」」」
そして、無自覚にも王城に仕えし全ての者の心を掌握してしまったラーラであった!
(タマチャンの思うつぼである)
そして、この後、ラーラに求婚の申し込みが山のように来て国王が怒り狂ったのは当然の成り行きだったかもしれない。
先王ロードの心配は的中するのだった。




