65.そして周りの反応は03バート王とサラ
「おまえは、ラーラの事を父上よりよく知っているのだな?」
バート王がサラにそう声をかけた。
サラは、びっくりした。
まさかあの国王陛下が自分に声をかけるなど夢にも思っていたのである。
いや、それ以前に、こんな真夜中に自分以外は皆、寝静まっていると思っていたのである。
サラは時々、眠れない夜には外に出て澄んだ空気を吸い、夜空を見上げるのが好きなのだ。
美しく青白い月がサラの美しい髪をきらきらと照らしていた。
(陛下も今夜は王城に戻らずこちらにお泊りだったのね)とサラは思いながら頭をたれて畏まった。
「驚かせてしまったか?頭をあげてくれ」
優し気な声でそう問う王にサラは困惑した。
バート王の異常な程の女嫌いを噂で聞いていたサラは困惑した。
まさか自分の事を男だとでも思って?
いや、でも今は騎士の恰好じゃないし…等と思う。
ちなみに今のサラの格好はラフな部屋着…シンプルなワンピースにショールのようなものを羽織っている。
どう見ても男には見えない。
その姿は昼間、二本の剣を振りかざし『双剣の金騎士』などと異名を称えられる女騎士だなどと思えない可憐で女らしい姿だった。
サラは、遠慮がちに国王陛下の言葉に応える。
「あ、いいえ…その…ラーラ様の事は…たまたま、先日、ラーラ様の護衛でお供した時にラーラ様が以前、お暮しだった話が少しだけ出てきて…それだけです。それにラーラ様はその話が出た後はすぐに口を閉じられて…何かよほどお辛い思いをされていたのか泣きだしてしまわれて…そのまま泣きつかれて眠ってしまわれたのです」
「哀れな事だ。あんなに小さかった妹が、一体どれほど辛い思いをしてきたのかと思うとわたしも心が痛む」
バート王が辛そうな表情をしたのを見たサラは思わず微笑んでしまった。
「まぁ…陛下…ふふっ」
「ん?何がおかしいのだ?妹が辛かったであろう事を悼んでいるというのに」
「あ、失礼いたしました。私、実は少々、心配しておりました。しかし、それが杞憂だったとわかり、つい頬がゆるんでしまいました」
「心配?」
「はい。僭越ながら…」
「よい、許す。ここには今、其方とわたししかおらぬ。思う事を言ってみるがいい無礼講だ」
「ははっ、では…。じつは陛下の女嫌いは私の勤めていた騎士団でも有名でしたので…妹姫などお認めにもならないのではと心配していたのでございます。それが兄として心から妹姫様をご心配される様子が嬉しくて」
「…そうか」
「はい」
「其方はラーラの事を本当に大事に思ってくれているのだな。将軍からも聞いている。ラーラの護衛に志願して騎士団も自主退職したのであろう?」
「はい!私は心から守りたい!お仕えしたいと思える存在に出会えたのです!それがラーラ様なのです」
そう誇らしくいい笑顔になったサラはラーラにも負けず劣らずなほどに可愛らしかった。
「そ…そうか」
バートは何か胸の内がざわめくのを感じていた。
ただ、それはこれまで出会った令嬢達に感じたような嫌な感じでは無かった。
「其方は…噂に聞いていたのとは少し印象がちがう…」
「まぁ、どんな噂でしょう?ろくでもない噂ではございませんか?」
少し心配そうにサラがそう尋ねるとバート王は心のままに言葉を返した。
「いや…噂はどれも其方を褒めたたえるものだったが…何というか思っていたよりずっと華奢で儚げなのだな…」
「え…?」
「月灯りに輝く其方の淡い金の髪はまるで星の光を集めたように美しい」
どくんっとサラの胸は高なった。
これまでサラは男性にこんな甘い賛辞の言葉をかけられた事などなかった。
何といっても『双剣の金騎士』などと呼ばれるサラである。
背も女性にしては高く、騎士姿はどこの美男子かという感じなのである。
『逞しい』『カッコいい!』は言われても『華奢』だの『儚げ』だの、そんな乙女のような言われ様は初めてだった。
「な!…お、おたわむれを!」サラの胸がバクバクと波打っていた。
「いや、真面目に思った事を言っている。其方は媚びたりもせず話していても心地が良い。正直、今まで出会ったどんな令嬢や姫君より清らかに見える…お前のような”女”もいるのだな…ラーラも事と言い、今回わたしは考えを改めるべきだと心から思った」
「も、もったいないお言葉です」そう答えて頭を下げるさらはゆでた蟹のように真っ赤である。
バート王は先王ロードと同じく体格がとてもよい。
この国の成人男性の平均身長が大体百六十から百八十センチくらいだが、バートは百九十センチはあるだろう。
百七十センチ弱という女性にしては長身のサラだがバートと並ぶと小柄に見えてしまう。
ヒールを履いてバートの隣に立てば丁度良いくらいだろう。
バート十八歳、サラ十六歳、それは互いに愛しく思うラーラをきっかけにした二人の出会いだった。




