49.騎士団長ホルクスの苦悩
一体何がどうなってるんだ!
サラが!
あのサラに子供だって?
あいつに男がいる素振りなんて全く見えなかったぞ?
一カ月前、いきなり退職願を出してきたサラに俺は何の冗談だと取り合わなかったが、そしたらアイツは、いきなり団長である俺をすっとばして将軍に直接退職願を出しやがった!
しかも、将軍はそれをあっさり認めやがった!
あり得ない!
あのサラだぞ!
『双剣の金騎士』は見た目だけで有名だった訳じゃない。
その実力があっての事だ!
力こそ男には叶わないがあいつの身のこなし、双剣を体の一部のごとく扱う剣技、そして魔法を巧みに操りながらの戦いぶりは男の俺でも惚れ惚れするぐらいだった!
あいつが一人抜ける事で正騎士十人分ぐらいの損失だと分かっていて、あっさり退職を許したのかと今日も将軍に陳情しに行ったくらいだった。
だが、将軍は「本人たっての希望だし、今後の身の振り方も考えあっての事のようだから」と言った。
俺には話さなかった事情を将軍は聞いていたんだろう…。
それがまさか…子供だなどと!
一体、誰がサラに手を出しやがった!
サラ…厩であいつの姿を見た時、俺はぬか喜びした!
やっぱり、帰ってきたのだと!
だが、あいつは騎士服ではなく女性らしいワンピース姿だった。
最初は一瞬、あいつだとは分からなかったくらいだ。
夢のように美しい女がいると思った。
そしてあいつの美しい金の髪とサファイアのような青い瞳を見て気づいた。
正直、あいつの騎士姿しか見たことの無かった俺は息を飲んだ。
なんて綺麗なんだ!…そう思った。
だが、そんな事言える訳もない。
平静を装いながらも「どうしたんだ、その恰好!まるで女みたいだぞ!」等と言ってしまった。
正直、失敗したなとは思ったさ。
いつもなら、あいつは売られた喧嘩は買うと言わんばかりに言い返してきたのに、いやに余裕のある含み笑いをして小さく息をついて言ったんだ。
「そんな訳ないでしょう?ちょっと街にお出かけなので馬を置かせてもらおうと立ち寄っただけですよ」と…。
俺は心の中で焦りながらも言葉を続けた。
退職などとりけしてやると!しかしその言葉を遮るように、あいつの足元から小さな可愛らしい子供の声が聞こえた。
「ママ?このおじしゃま、だあれ?」俺達の話を邪魔をするようにその子供はサラの服の裾をつんつんと引っ張ってそうサラに話しかけた!
ママだと?ママと言ったのか?
そのちっこい子供はすっぽりとフードを被っていた。
俺は、驚いて叫んださ!ああ、叫んだね!
「なっ!おまっっ!ママって!お前っっ!何だ!そのちっこいのはっっ!」
そう言う俺にサラは得意げに言ったのだ。
「うふふっ!私の娘のラァちゃんですわ!」
私の娘!確かにそう言ったのだ!
そう言ってサラはその子供を抱きかかえて頬ずりしながら俺に見せつけた。
そしてその子供はすっぽりと被っていたフードを少しずらしてサラそっくりの髪色をのぞかせた。
頬ずりされるがままのその子供は嬉しそうに微笑んで俺にトドメをさした!
「ラァでしゅ!いつもママが、お世話になってましゅ」と俺に挨拶したのである。
悪い夢なら覚めてくれ!俺はそう願った。
サラが!
俺のサラが!
「ぐっっ!な、な、な、ななななっ!おっ!お前、いつのまに子供なんか!」
俺が、振り絞るようにそう言うとサラはドヤ顔で言い放った。(何でドヤ顔?)
「ふふんっ!可愛いでしょう~?この髪なんて私そっくりで!服までおそろいにしてみたりして!」などと!
まて!サラ!問題はそこじゃあない!
父親は?父親はどうした?
おれは聞きたくはなかったが聞いたさ!
大事な事だからな!
「な、なんて事だ!いつの間に結婚していたんだ?」
そうしたらあいつは、事もなげに言った。
「は?そんなものしておりませんわ!」
なんだと?男は、サラを孕ませておきながら逃げたのか?
「あら、団長もおっしゃってたじゃありませんか!サラなんかを嫁にもらう奇特な男なんていないって!」
うっ!と思った。
確かにそんな事を言った覚えはある!
しかし、あれはサラに見とれていた俺をからかってきた副将や部下達に照れかしくに言った言葉だった。
「おっ!お前っ!まさか結婚もせずに!子供だけ生んだのかっっ!」
「ええ!そうですわっ!それが何か?もう騎士団も退職しましたし団長には関係ないでしょう?さぁ、私はこれから娘とお出かけを楽しみますの!失礼いたしますわ!」
俺は憤った!
騎士団の誰かなのか?
よくもサラを!
この俺が見つけたらただでは置かない!
生まれてきたことを後悔させてやる!
そう思った。
そしてサラはそんな男の子供を愛おしそうに抱きしめている!
そんな最低の男の子だぞ?
去ろうとするサラを引き止めるように俺は問うた!
「おまえっ!その子供の為に騎士団を辞めたのかっ!」
「ふふっ!そうですわ!私にはこの子以上に大切で守りたいものなんて無いデスから!」と、サラは、極上の笑顔で言い放った。
俺は愕然とした。
結婚もせずに逃げた男なんかの子供を愛しんでいるのか?
そんなに その男が好きだったのか?
俺はショックのあまり、一瞬固まってしまった。
サラはそんな俺におかまいなしに、さっさと行ってしまった。




