36.噂のラーラ姫様04
ラーラが、お昼寝の時間だからと三人の侍女達が連れ帰った後、王の謁見の間では、王と将軍がまだお茶をすすっていた。
そして、王は思っていた。
いくらなんでも、ラーラの心の広さは広すぎだろう!
国王バートは、クルディガン将軍の事をカッコいいといったラーラにそんな不満?を感じていた。
何の事はない。
軽い焼きもちである。
国王とはいえ、可愛すぎる妹の前にチョロすぎな兄である。
しかし妹は、どうしてあんなにも賢いのだろう?
拙いしゃべり方は年相応なのに、内容はまるで大人顔負けである。
「神殿の奥に隠されるように、日にも当たらぬ場所で育ったと言うが…」
「何故あんな幼子が、そんな目に?あり得ない!」
クルディガン将軍は、噂で神殿で育ったとは聞いていたがそんな辛い目にあっていたとは、許されざる事だと憤慨した。
「ああ、神殿の巫女姫が何処の誰ともわからぬ男の子供を宿した等と外に漏れぬ様にだろうが、罪もない幼子に酷な仕打ちだ!」
「巫女姫だったのですか?先王陛下のお相手は」
「ああ、だったらしい…」
「な、なぜ、直ぐに巫女姫をお妃として迎え入れなかったんでしょう?先王陛下は、ああ見えて、そういう事は、キチンとするタイプだったと思うのですが…」
「だよな…。わたしもそう思った!父上は、いろんな事、簡単に出来すぎて人生舐めてるだろって腹立つところのある狸親父だけど、更に腹立つのは、何だかんだ言って国の事も身内の事もちゃんとしてたんだよな…母上の事だって、ちゃんと大事にしてたと思うし…」
「ですよね」
「母上が生きていた頃にって言うんならともかく、正真正銘独身の父上が何でラーラの母上を妃に迎えなかったかだ…」
「その巫女姫は、どうして亡くなられたのですか?」
「どうも父上の話によると、もともと体の弱かった巫女姫はラーラを生み落としたあと亡くなったらしい」
「なんと!では、ラーラ姫様は母君の顔すら知らず、父の顔も知らず?」
「ああ、父上の事も最初、おじ様と呼んでいた。いきなり父上などと呼ぶのに戸惑っていたようだ」
「くうぅっっ…なんと不憫な…」
闇の将軍だの死神将軍だのと呼ばれている眉間に恐ろしい傷のあるクルディガン将軍の目からは涙が溢れていた。
「母の記憶どころか神殿での生活もろくに記憶がないようで…まぁ三歳と言う歳もあるから、それは仕方ないとしても、あれほど聡明な子だ。記憶が無いと言うのはよほど辛い目にあっていたのかもしれないと…そんな事を考えてしまうのだ」
「なんと…」
「ラーラはわたしが、父上と喧嘩したのを自分のせいだと思い、わたしに言ったのだ…。う…く…くぅ」
思いだしながらバート王は苦悩の表情を浮かべ涙をこらえる。
「なっ!何を?何を言ったのですか?ラーラ姫様は!」
「私はいなくなるから喧嘩しないでと!わたしは元々ひとりだったから大丈夫だと…」
「なっ!なんと!わずか三歳の姫君がそんな事をっっ!」
「わたしはその時思ったのだ!こんなにも無垢で美しくそして愛しく可愛い者が存在するなんて奇跡だと!」
「まさにっ!真にその通りです!陛下!」
大の男は二人して泣いていた。
もう号泣である。
「わたしは自分を恥じた!ラーラに会う前、妹など認めないと父上に言った無慈悲をどれほど悔いたか!わたしは今、心から妹を守っていきたいと思っている!クルディガン!其方も力を貸してくれるな?」
「勿論でございます!陛下!頼まれずともラーラ姫様の為なら!」
二人のテンションは振り切っていた。
「うむ!お前ならそう言ってくれると信じていた!とにかくラーラを守る為にはお前は必要だ!」
「なんと!しかし何故でございます?王族の姫君でいながら、それ以上の守りを固めようとするのは一体…」
「ここから先は其方に魔法の誓いを立ててもらわねば言えぬ。私にでは無くて良い。ラーラに”忠誠の誓い”を立てられるか?」
バート王はそう言って王家の秘宝、聖剣デュオシルヴィータの鞘を抜いた。
「なんと!」
その聖剣デュオシルヴィータの”忠誠の誓い”それは、主の為に命を捧げる誓いである。
その聖なる剣の誓いはその代の王がたった一度のみ許される契約だ。
それを妹姫の為に譲ると言うのだ。
「王たる貴方が、それを使わず妹姫に譲られると?」
「なぁに、今は泰平の世!そんな誓いなど無くても私は大丈夫だ!なにせ稀代の王と呼ばれた先王!父上が、地盤をしっかり固めてくれたからな!」
「では、本気で?」
「本気も本気だ!今のわたしには妹の事が一番気がかりなのだ!」
クルディガンは驚いた。
いくら妹姫が大事と言っても王の証!王の特権とも呼ばれる聖剣による”忠誠の誓い”そしてこの事は秘密裏に行われるのである。
王の名誉すら妹姫の為に…。
正直、先王と比べるとどうしても幼さや甘さを感じたりもしたが、今のバート王に迷いも気負いもなく純粋に妹姫を守ろうとしている。
何より女性蔑視のところがあったバート王が妹姫を心から守りたいと願っている。
素晴らしい事だとクルディガン将軍は歓喜した。
「謹んでお受けいたします!」
そう言ってクルディガンが跪き、王は満足げに剣をクルディガンの肩にそっとあてた。
白銀の光が剣先からこぼれてクルディガンを包んだ。
「ありがとう。これで其方はラーラを裏切る事は生涯出来ない」
「そこまでして守らねばならないラーラ姫様の秘密とは…」
バート王は覚悟を決めた様にラーラの秘密を語った。
「…ラーラの魔力は私や父上よりもはるかに多くしかも純粋な白銀のオーラを持っているのだ。その光はこの聖剣デュオシルヴィータの放つ光よりも純粋で強力だった」
「な…なんと!」
そして、バート王は、先日のラーラの誕生日のお祝いの席でした魔力測定で見たラーラの魔力の事を語って聞かせた。
その輝きがどれほどのもので、それが他国に知られればどれ程の者達がラーラの事を望み奪おうとするか!
自国の大神殿にすら知られてはならない。
大神殿はラーラを守ろうとするだろうが大神殿の中に取り込もうとするだろう。
ラーラは初めて出来た家族といる事を望んでいるのだから…。
そしてクルディガン将軍は心からラーラへの忠誠を王の頼みからなどではなく誓ったのだった。




