025.ラーラの涙
ラーラは王城の庭園の花々の美しさに見とれて呑気にもふんふんと鼻歌など口ずさみながらドレン、ミーファ、ソラの三人と一緒に花を愛でていた。
すると向かう先の大きな扉を勢いよく開けて、怒り心頭の様子でお父様が爺と歩いてくるのが見えた。
扉を護る騎士たちもぎょっとしている。
「全く何て奴だ!あんなに頑固とは!」
「全く!バート様らしくありませんな!子供っぽい焼きもちでしょうか?」と爺も何やら憤慨しているようである。
『子供っぽい焼きもち?』
ラーラには、それだけで、それがどういう意味かピンときた!だって中身は大人ですからね!
そしてラーラは、思った。
王様、怒ってるんだ!
そうだよね?
突然、母親の違う子供とか妹とか言われたってそんなの嫌だよね?
そっか、お父さんとられちゃうって思ったのか!
王様って言ったってまだ十八歳なんて子供だよね…。
この世界では十四歳で成人式を迎えて、成人とともに王位についたのだとドレン達に教えてもらったれど十四歳なんてまだ中学生くらいだし十八歳だって高校生くらいではないか!
ラーラは、自分は学校にすら行った事はなかったが、普通の子供は二十歳すぎても中々親離れできないもんだとおばちゃんが言っていた事を思いだしていた!
他人の私のせいで血のつながった親子が争うなんて、そんなの絶対駄目っ!
そう思った。
そして今まさに爺とお父様が出てきた扉の向こうに王の謁見室があり、今まだ国王バートが居るだろうと予測できた。
ラーラは、キッと王の謁見室を壁越しに見据え、昨日お父様が、転移の時に使っていた呪文を唱えた。
私にも魔力があるとタマチャンは言っていた。
私を王様のところに転移させて!と、心から願って叫んだ!
「ターリエンゼ!」
「「「ええっ!」」」
ドレン、ミーファ、ソラの三人が驚きの声をあげた!
なんと!ラーラは、見よう見まねで転移をやってのけたのである!
呪文唱えて場所を思えばいいんだろう?とばかりにだ。
まさに『適当』である!
後で命知らずな大変危険な行為だったと、こっぴどく叱られる事になる訳だが…。
そしてラーラは、王の間!
バート王のいる謁見室に転移した!
体がふっと浮いた気がした。
目の前がちかちかと光の粒子になった気がして再び視界が広がった時、目の前に、ものすごく驚いた表情の青年王バートがいた。
「ごめんなしゃいっ!」
転移からのスライディング土下座である!
ラーラは、とにかく力いっぱい謝った。
「えっ?」
そして、目に前にいる年若い王は固まっていた。
一体何が起こったのか把握できずにいたのだ。
小さな小さな女の子がそれもとびきり可愛らしい幼子が、目に涙をいっぱい貯めて自分に向かって謝っているのだ。
訳がわからないままにも、その少女のあまりの可愛らしさに目が離せずじっと見ていると、ふと少女は室内で帽子をかぶっている事が無作法だと思ったのか、えぐえぐと泣きじゃくりながらも、はっとしたように、慌てて拙い小さな手で首元のリボンをほどき再び、頭を下げた。
それは、初めて見る髪色と瞳の色だった。
バート王は、こんなにも綺麗で可愛らしい生き物は見たことがない。
『聖なる妖精』が舞いこんだのかと唯々、バート王は驚いていた。
先ほどの父との言い争い等、もう頭からどこかへ飛んで消えていた!
それほどの驚きだったのだ!
何よりこの部屋に転移してくるなんて前代未聞だった。
この部屋に直接転移ができるのは、今、この世にいる中で自分と父と弟だけだと思っていたからである。
ここから自在に転移できるのは王族直系の者だけである。
魔力があるだけでは駄目なのだ。
だから、この部屋には死んだ母(前王妃)すら転移して入る事など叶わなかったというのにである。
そういう『縛り』がこの部屋にはかけられているのだ。
王族直系以外の者がここに入るには扉の前で名乗りをあげ、王の許し『許す』と言葉を貰えた者のみで、それは訪れる度にしなければこの入って来ることは叶わない筈なのだ。
「ごめんなしゃい!わたし、出て行きますから!おとうしゃま盗ったりしないから!だから喧嘩しちゃダメなのでしゅ!」
その言葉に、バートは、はっとした。
ようやくバート王の思考が働きだした。
「お、お前、ひょっとして”ラーラ”なのか?」
ひょっとして、さっき父が言っていた”妹”なのかと、思い至った。
でもまさか、こんなにも小さな女の子だとは思っていなかった。
そう!変な先入観で勝手なイメージを作り上げていたのだ!
自分の妹だというから、もう少し大きい少なくとも七~十歳くらいの女児を想像していたのだ。
それも合う価値もないこまっしゃくれた何処の馬の骨ともわからぬ娘に違いないと!
だが、その少女は想像とはかけ離れた存在だった。
その涙はどんな宝石よりも清らかで神聖で美しく、悲し気だった。
そして、この部屋に転移で入って来られたという事は父の子供で間違いないのであろうとも瞬時に思った。
(もちろん実際は違う!ラーラには、王家の縛りが効かなかっただけなのだが!)
「ごめんなしゃい!ごめんなしゃい!わたしは平気なので!お父様もお母様も、もともと家族なんていなかったから!だから大丈夫なのでしゅ!だから…だから…け…喧嘩しないでぇ~…えっえっ…うぐ…」と泣いて謝った。
喧嘩なんて駄目だ!ましてや現国王と先王!
国が割れる!
その時のラーラは必死で、突然自分が消えてしまった事で爺やお父様やドレン達がどれだけ驚き、心配したかなど、思い付きもしなかった。
とにかく目の前の事に必死で"うっかりぽん"である。
そしてそんなラーラの涙の訴えは、偏見を持ってラーラの存在を会いもせずに否定していたバート王の頭をまるで氷でぶち抜くような衝撃を与えたのだった。




