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ep14.ためになる恋愛指南!!

 ふぅ、と去った嵐に、俺は安堵の溜め息をつく。

 ライカと霧夜のギスギスした空気からようやく解放され、ソファに沈ませていた身体全体を弛緩させる。

 なんだかよく分からないが、これで一息つける。

「モテモテだったじゃん、九王」

 テレビ画面に釘付けだった磯風が、タイミングを図ったように話しかけてきた。

 こいつ、今の今まで我関せずの態度をとっていたのに、台風一過になった途端にこれだ。

「……どこが?」

 視線は一点を見つめているままでいる磯風の横に、なんとなく座り込む。そうした方が話しやすかったからだし、自分から動く気配がなさげだったからだ。

 窓から見える空は闇に染まっていた。

 自宅とはいえ、保護者のいない夜となると、なんだか無性に会話したくなるこの衝動はなんだろうか。説明ができないが、なんでもいいから談笑に洒落込みたいところだった。男同士だからこその、気安さもあるが。それは磯風も同じようで、まだテレビに執心しながら、口を開く。

「九王、お前好きなヤツいるの?」

「ぶっ! なんだよその、ベッタベッタなテンプレ台詞は……。どうせなら、そういう話題は修学旅行の夜までとっとけよな」

「そうだけど、タイミングって大事じゃん。今を逃したらだめな時ってあるからさ……訊いといた。まっ、お前の答えは分かり切ってんだけどな」

 衝撃の発言に、固まる。

 なんでもないことのように、流暢に話すところが逆に説得力がある。俺が、誰が好きなのか気がついているような口ぶり。あいつに、恋焦がれているということに確信があるみたいだ。

「……まじで?」

「まじだよ、まじ。あんな視線の動きしてて気が付かない方がおかしいって。好きなんだろ、あの子のことが」

「……まーな」

 遅かれ早かれ、誰かを好きになってしまえば周囲には周知の事実になることだ。心の準備というやつがあまりできていなかったが、磯風相手ならしかたない。そこそこ空気の読めるこいつのことだから、いつかばれるのは覚悟していた。

「……あの――ライカちゃんのことが」


「違ええええよ!!」


 否定の言葉が思ったよりも部屋に響く。

 うわっ、と風呂場にまで届いたのかと振り返るが、水音がするとかの異常はない。これも、ゲームの音量のお蔭で掻き消されたようだった。

 磯風はそんな動転している俺を見て、せせら笑う。

「あはは、わるいわるい、ただの冗談だって。……だけど、ライカちゃんのことはいいの? 今のままでほんとうに後悔しないって言えるのか?」

「いいって、どういう意味だ?」

「分かってるんだろ? ライカちゃんが、お前のことを好きだってことぐらい」

「そん……なの……違うだろ。どう考えたって、ライカにからかわれてるだけじゃねぇの? ほら、そういうところあるんだよ、あいつは。イタズラ好きで、人を驚かせるのが好きなんだ。だから俺のことをそんな風には見てないんだよ」

「それ、本気で言ってる? だったら、俺は今からお前のことを軽蔑するけど」

 磯風の言葉が酷薄に満ちる。聞いた人間が凍りつくような語調に、俺はたじろぐ。そんな俺の心の動揺は察しているだろうに、いつものように磯風は助け舟を出すことはしない。あくまで、俺から本音を絞り出したいようだ。

 チープなゲームの音楽が、いやに遠くから聴こえてくるような気がする。カーペットに置いていた足を擦るようにして動かしながら、ここまで来て逡巡する。往生際が悪いのは自覚できているが、そうやすやすと口走れない。

 でも、このまま一人で抱え込むことが何よりしんどくて、項垂れながら、思わず胸中を吐露してしまう。

「…………わかってるよ」

 ようやく、その一言だけを絞り出す。

 そんなの分かっていた。……ライカが、もしかしたら本当に俺のことを想ってくれているってことぐらい。

 だけど、だからといってどうしたらいいんだ。

 俺には好きな奴がいるから、諦めてくれなんて、どの口が言える。そんな残酷な宣告言えるわけがないし、無神経に傷つけられるほどにライカのことを嫌いじゃない。

 むしろ、大好きだった。

 あいつには、欠点なんてどこにもない。好きな箇所を挙げろと言われたら、ノーモーションの矢継ぎ早に言葉が出てくるくらいだ。

 でも、だからこそ、気が付かない振りをしていたに過ぎない。そうすれば、俺に愛想を尽かして、他の男に想いを傾けるのではないかと、卑怯にも心の底で期待していた。

 実際にそんなことになれば、後悔することは分かり切っていた。だからといって、今の俺にできることなんて何もないから、耳を塞いで目を背けていた。

 それがどれだけ最悪な事なのかは百も承知だが、どうしようもなかった。何もできなかった。しようともしてこなかった。

 霧夜に『クズ王』といわれても仕方ない、ほんとうのクズだった。……俺は。

「なんで、ライカちゃんと付き合わないの?」

「なんでって、それは分かるだろ?」

 ライカには悪いが、他に好きな人がいるからだ。そいつのことを俺の心から抹消することなんてできない。

「……好きな人がいるから……か」

「…………」

 俺は、磯風の問いに無言で返すことしかできなかった。それがどういう意味になるのか分かっていながら、それ以上のことはできない。

「九王がどれだけその人のことが好きなのかは知らないけどさ、ライカちゃんの気持ちを知って、その想いを踏みにじってまで成就させるほどに、その想いは九王にとって大切なことなのかな?」

「そんなつもりなんてないよ。どうせ、俺の恋はうまくいかないし……」

 だって、霧夜はきっと磯風のことが好きだから。

 どれだけ鈍感な俺だって、見ていれば分かるから。

 俺なんかとは全然態度の違う、あんなしおらしい霧夜を見ていれば、誰のことを思っているかぐらい分かる。見ていれだけで、胸が締め付けられる思いをしながらも、それでも儚い想いを捨てきれなくて、大事にしたいと思った。

 だから、こうして立ち往生しているだけだった。

 まあ、どれだけ偉そうなことを言っても、ただ現実を直視したくないだけなんだけどな。

「初めて好きになった人が、こっちのことを好きになる確率ってどのぐらいだと思う?」

「なんだよ、いきなり」

 唐突に話が変わったからびっくりした。

「初恋がうまくいかないってよく言うじゃん。たった一度きりの恋が叶わないからって、そこで足踏みしてるだけじゃ、次に進めない。ずっと同じ場所にいたら、どんどん想いが積み重なって辛いだけだろ。……だったらさ、行動に移した方がいい。恋破れることがわかってるなら、次の恋をすればいいだけだろ」

「簡単に言ってくれるよな、お前は」

「ただの経験談だよ。高校では彼女いないけど、中学では付き合っては別れを繰り返してきたからな」

「……お前、ムカつくな」

 俺は含みのない言葉を吐きながら、微苦笑する。

 磯風みたいな相貌だと、そのぐらい交際しているほうが自然なのが不思議。っていうか、そうだったんだな。中学でも今みたいに硬派だと思っていた。

 もしかしたら、変わるきっかけが高校にあったのかな。それがなんなのか教えてもらっていない。知的好奇心はあるけど、今あh詮索する時と場合ではない。

「悪いことは言わない。ちょっとだけでいい、考えた方がいいって。二兎を追うものは一兎も得ずっていうじゃん。俺的には、お前にはすべてを失って欲しくないんだよ。一友達として、助言ぐらいはしたいんだ。決して叶わない想いを後生大事に持っているか、それともお前のことを見てくれている奴とちゃんと向き合うか。一体どっちが正しいと思う?」

「それでも、俺は……」

 磯風の言わんとしていることは、全部きっと正しい。だけど、理屈が正しいってだけじゃ、体が動かない時だってある。

「ははは、だよな、だよ、そうだよ。そうなるよな。最初はそんなもんだって思う。むしろ九王がそう言ってくれて安心した」

「安心ってなんだよ。ただの草食系なの、俺は」

「そうだな、ほんっ――と、九王はがつがつしてない。……だけどさ、この世に運命の相手なんてものはいないんだよ、九王。そんなものは漫画とかだけの空虚な恋物語に過ぎないんだ。出会って、一目ぼれして、それで相手も自分のことを好きになってくれるなんて、ぶっちゃけありえるか? 何十億人もいるこの世界で、たった二人がその瞬間に、恋を実感するなんて奇跡がこの世界にあると思うか? そんなわけないじゃん。そんなんじゃない、恋はきっともっとリアルなんだよ」

 一気に言い終えると、磯風はゲームの電源を切る。

 そして、ようやくこちらに双眸を向ける。そうしなければ、これからの言葉を俺に伝えるのが失礼とばかりに。

「恋ってやつは、付き合ってから始まるんだ。付き合って、一緒になってみて、そうして初めて『ああこの人ってこういうところがあるんだな』って互いに知っていって、ようやく恋に落ちる。世間のカップルが、互いに好きになって付き合うなんて稀だって。ほとんどそんなのは奇跡なんだ。むしろ、他人から好きだって気持ちを伝えられて、好きになるだけなんだよ。……やっぱり、好きって言われたら誰だって嬉しいからな」

 それは、確かにそうだなって思う。

 誰もが本気で恋をしていないように、俺には見える。あくまで、蚊帳の外から見た、俺の主観に満ちた視点からの物言いに過ぎないのだけ。

 だけど、誰もが気安く誰かと付き合っているように見えるのは事実だ。

 女の子なんか、自らのステータスを上げるための材料とばかりに、彼氏を作る。ルックスだとか面白さだとか、将来性だとか、どんな部活動に所属していうるかだとか、そういう査定を経て、ようやく作る。そこに愛とかいう感情はなくて、計算しか視えない。

 それから、友達に自慢しまくって、自分がどの位置にいるかを確認しているように思える。学校で自分はどのぐらいの地位を持っているのかが、とにかく気になっているようだった。

 男だって似たようなもので。

 ただそこにいたから、話がちょっと合うからという理由だけで、好きだって言って、うまくいかなかったら次にトライをする。彼氏彼女がいなければいけないみたいな、脅迫観念みたいな目に見えないものに迫られ、妥協して誰でもいいから付き合う。

 そういう風に俺には見えてしまうんだ。それは心の底から嫌で、どんなことだって折り合いをつきてきた俺が、それだけはしてこなかったことだった。

「でもな、九王。それは決して悪いことじゃない。誰だってみんあやっていることなんだ。今の九王はただ恋をしている自分に満足しているだけの奴に見える。なあ、今からでもいいからほんとうの恋愛ってやつをやってみた方がいいって。ライカちゃんのこと、傷つけたくないんでしょ?」

 そうやって、磯風に肩を叩かれる。

 それはとても正しく聞えて、すっと頭の中に入り込んできた。俺には反論できるほどの恋愛経験は積んでいないわけで、百戦錬磨である磯風がここまで自信満々に言ってくるってことは、そういうことなんだって思った。

 それでも、あうあうと無様に口が開閉する。曖昧な何かが口内から転がり出そうだった。その何かが分からない。否定したいのか、それともただ享受したいのかが全く。……結局、俺はそれから何も言葉を見つけられなかった。


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