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姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第十章 最果ての駅の姫騎士さん 
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第八十三話



何が現実で、何が夢なのか


真実とは幻想


真理とは虚構


歴史とは空漠


陽光とは暗黒


一切は、夢


もしも僕たちの人生が、経験が、世界が、誰かの夢に過ぎないとしたら


その中での僕の選択に、どんな意味があるのだろうか……





「なんだ、彼女とデートか」

「そうだ。百浜ももはままで行こうと思ってる」


「Flamme blanche」の店内にて、ほうれんそうのケーキをつまみつつ答える。味は悪くないがやっぱり地味なせいか、数は出てないらしい。


「そんなわけだから、何かあったら電話くれ、黒架の翼で帰ってくるから」

「……私がお前に助けを求めるのか?」


ソワレは憮然としたというより、本当に意味が分からないという顔を向ける。


「そうだ」

「そうなのか」


黒架は成長を続けているようだし、僕も足手まといにならない自信はある。ソワレに言うと鼻で笑われそうだが、自信を持つのは大事なはずだ。


「わかった、何かあれば連絡しよう」


あっさりと言うので、僕は少し驚く。

まあ数日とはいえ僕を鍛えたこともある。それで呼ばないというのも筋が違うだろう。


「それで、かの姫騎士どのには何か変化があるか」


その代わりに、とばかり聞いてくる。

そう言われても僕もあまり情報はない。たまに黒架と三人で図書室で会う程度だ。サンタクロースの件からこっち、大きな事件も起きなかったし。


窓の外を見る。メイド喫茶には今日も行列ができている。新しい店長はかなりやり手のようだ。

だが壁にはまだティラミスちゃんの写真がかかっているらしい。新しい店長はティラミスちゃんの信奉者のようで、あくまで自分は店長代理だという立場のようだ。この町に先生の記憶が残っている気がして嬉しく思う。


「おい、聞いてるのか」

「姫騎士さんには何も起きてないよ。ただ……」

「ただ?」

「何も起きてなさすぎる。橘姫は消滅したけど、前に話した魔法使い、ミネギシという女が沈黙したままなのは気になる」

「その名前については私も調べてみたが、よく分からん」


ソワレは食器を磨きつつ言う。


「西方魔法協会を通して情報を集めたが、高位の幻獣使いという以外はすべて噂しか出てこない。何百年も前から生きているという噂もあるし、急に頭角を現してきた天才だとの話もある。複数の話が折り重なっている」

「どういうことだ?」

「我々の世界には稀にそんな者がいる。どこからどこまでが一人の噂なのか分からない。明らかに矛盾する噂が証拠付きで出てくる、そんなやつだ。どこかのM-16を操る世界的なスナイパーに近い」

「世界的なスナイパーって何の話だ?」

「もういい」


ソワレはイラッとした様子でグラスを置く。妙なやつだ。


「正体不明で掴みどころのない……つまり私のようなやつだ」

「なるほど」

「なるほどではない」


最近忘れかけることが多いが、ソワレも伝説のハンターだったな。


「僕たちが留守にしてる間に姫騎士さんを狙う可能性もある。その時は頼んだ」


そう思うなら遠出などするべきではない気もするが、かといって姫騎士さんのために旅行を控えるのも違うだろう。


「一泊するのか?」

「日帰りのつもりだけど」

「なんだ、せっかくなら泊まってくればよかろう。どちらも両親不在なのだろう?」


僕はミリ単位で首を傾げる。ソワレにしては踏み込んだ発言だ。僕たちの仲が気になるのか?


「僕たちは高校生だぞ」

「お前は吸血鬼の眷属になるのだろう? かの貴族たちに人間社会の倫理など何の意味もない」

「……黒架は人間社会から逸脱しようとは思ってない。高校は卒業するだろうし、大学も考えてるようだし」

「度胸がないのか」


がたり、と椅子を引いて立ち上がる。


「ごちそうさま、料金ここに置くから」

「不機嫌になるのは負い目があるからだな」

「……」


睨みつけてやるが、具体的には何も言い返せない。


そうだ、負い目がある。


僕はなぜ黒架ともっと親密になれないのか。高校も大学も、眷属になった後でも通えるだろうに。なぜ黒架と一線を超えられないのか。


もちろん、そんなことをせずとも恋人でいられる。黒架だってそこまで求めていない。

僕に迷いがあるからか。それとも黒架にあるのか。


「そうじゃないんだ」


冷ややかに内面を見つめる。これも戦士としての技能だろう。ひたすらに冷静に、厳格に自己を見つめる。


「僕はただ待っているんだ」

「決断する時をか」

「そうだ、そしてそれは、遠くないうちに必ず来る」


やがて世界の終わりが訪れる。


その時にきっと、僕は決断するのだろう。どちらを選ぶのかを。


今はただ、待っている。



世界の終わりを待ち続けている。





「あ、昼中っちー」


西都の高速バス乗り場にて、先に着いていたのは黒架だった。


クラシカルなサテン地のロングスカート、ツイードの重たげなジャケットはどちらも黒。華美になりすぎず、それでいて上品さも十分なデートコーデというものか。


僕はさすがにパーカーにジーンズとはいかず、量販店で明るめのレザージャケットとウールのテーパードパンツを買った。若干、服に着られてる感覚があるが、まあ高校生らしさを残しつつ決めたつもりだ。


「うわ昼中っち、オシャレしてるっす」

「黒架こそ……けっこう高そうだな」

「一族が懇意にしてる職人さんの手作りっす。このジャケットは6000スイスフランぐらい」


6000スイスフランっていくらだろう? まあ6000円ぐらいかな。


バスに揺られて小一時間。県内で最大の商業区を抜け、臨海の百浜のあたりへ。


黒架は白い肌をしてるだけに黒が良く似合う。冬の物寂しい気配とも調和しており、そのまま雑誌の表紙を飾れそうだ。艶のある黒髪は、この世のどんな黒よりなお黒く。


僕たちはまずパスタ専門店で昼食を取り、県立の美術館へ。黒架が気になってたというゲーム関連の企画展があったので、しばらく鑑賞。

なるほど、このイラストレーターか。日本の誰もが知ってる大御所だ。格闘ゲームの仕事が有名だが、国民的ロボットアニメのキャラデザもやってるし、僕の好きなSFアニメにも関わっている。


「この作品のロボットデザインは機械的ではない世界観を感じさせるんだ。生物的とか軟体的とかそんなことではなくて、現行の技術の延長ではないロボットというか、根っこから違う文明によって生まれたロボットだな。でもこっちのロボットアニメはうってかわって機械的だ。これはデザインコンセプトが「納屋に隠せるロボット」だからで、この大きさでメカニカル要素を抑えると異様な怪物のように見えるからだと思う。さらに言うならロボットそのものに騎兵や騎士のイメージを重ねてて」

「おお……久々に出たっす、昼中っちのSF好き」


その後は海のそばにある巨大商業施設へ。開放的な空間には洗練された印象のテナントがひしめき、僕たちはしばらく見て回る。黒架はインナーをいくらか買って、その後でジグソーパズル専門店をゆっくりと歩く。


「ジグソーパズルってなんでバラバラで売ってるっすかね」

「レンガは普通バラで売ってるだろ」

「なるほど」

「なるほどではない」


屋台でドリンクとケバブサンドを買って、中庭のベンチで食べる。外にも飲食スペースはあるが、日がまともに差してるので中庭を選んだ。


「ふだん聞かないけど、太陽って大丈夫なのか?」

「直射日光が少しきついぐらいで平気っすよ。体の周りをオーラで覆って紫外線を防ぐ技があるっす。どっかの格ゲーの主人公と同じっす」

「あいつ別に主人公じゃないらしいぞ、あのゲームに主人公は設定されてないとか」


第三者にまったく分からないそんな会話を楽しみつつ、またショッピング。ゲームコーナーでクレーンゲームをやったり、なぜか住宅展示場を少し覗いたり、駐車場で外車を探して寸評してみたり。


そして日が落ちてくる。


「昼中っち、そろそろ行くっすよ」

「ああ」


移動する先は百浜の中心地、野球場のそばに立つ外資系ホテルだ。学生らしくすべてバスでの移動である。


予約は黒架が入れたらしい。彼女は堂々とした雰囲気をかもしつつ、最上階のレストランへ。僕と黒架が店員にどう見えたのか分からないが、うやうやしい態度で席へと案内された。窓の側で二人きりの世界を作れそうな席だ。


「おお……夜景がすごいな」

「ふふん、私はいつも見てるっす」


なぜか自慢げな黒架。ノンアルコールのモヒートを揺らして月にかざす。


「でも今日は一段と綺麗っす」

「そりゃよかった」


料理はよく覚えてない。黒架との会話が楽しかった。学校のこと、商店街のこと、テレビのことにゲームのこと。どこでもできるような話を、どこでもやるように繰り返す。黒架は笑っていたし、僕もきっとそうだろう。


「昼中っち、進学とか考えてるっすか」

「黒架はどうするんだ? 僕の進路はそれによって変わってくるだろ」

「うーん。フランスに吸血鬼の息がかかった大学があって、留学生も受け入れてるっすよ。試験は普通に受けることになるけど、教授にも吸血鬼とか魔女とかがいて、古い魔術を学べるらしいっす」

「魔法学校みたいだな、そんなのあるのか」

「似たような大学は世界中にあるっす。国内にはないけど、私は国内で進学してもいいって思ってるっすよ」

「黒架はもっと勉強が必要なんだろ、フランスの大学もいいんじゃないか」

「昼中っち、フランス語話せるっすか」

「言語なんか何とでもなるよ」


これは本気でそう思っている。努力で解決できることなど何でもないのだ。


「高校を出たら事業を始めてもいいんす。ホテルとゲームセンターの複合みたいな施設を考えてるっすよ。そのための勉強もしてるっす」

「へえ、楽しそうだな、僕も手伝えるといいんだけど」

「一族の伝手つてで融資を受けられるっすよ。高校出てすぐじゃなくても、1年ぐらいビジネスの専門学校に行ってもいいと思ってるっす。別の氏族が経営してるホテルに就職して、経営を学ぶのもいいと思ってるっす」

「立派だな……」

「でも、世界中を回って旅をすることも考えてるっす。色んな吸血鬼の氏族に会っておきたいし、ラインゼンケルンの一族にも……」


黒架は、そこで少し沈黙する。僕の方のグラスでからんと氷が動く。


ラインゼンケルンの一族は姿を消したままだ。


そして黒架が、一族からどういう扱いを受けているのか、実は分かっていない。


黒架はラインゼンケルンの長である黒架カルミナの娘。父親は人間だったらしい。そしてハーフというものは、ただそれだけで冷遇されることが多いという。


黒架の挙げた進路は、どれも一族と無関係なものだ。黒架は一族に戻る気がないのか。それとも、消えたままの一族とはもはや出会えないのか。


彼女の未来は無限に広がるようでもあり、狭まってくるようでもある。本当に自由に未来を選べるのか、吸血鬼と人間のどちらの社会で生きるのか、まだ何も見通せないのだ。


「じっくり考えよう」


僕は彼女を支えるべきだと思った。焦る気持ちを、不安な気持ちを包み込める外套になりたいと。


「まだ時間はあるんだ。僕もフランス語を勉強しとくよ。ホテルとゲームセンターの経営についても。世界の国々についても。無駄なことなんか何一つない。すべてが僕の血肉になるはずだ」

「うん……ありがとうっす、昼中っち」

「さ、それじゃ乾杯でもするか」

「ほえ? 何に乾杯するっす?」

「それはまあ、今日という夜に」


僕はグラスを差し出す。まあコーラだけど、こういうお店だとコーラもやたら長いグラスに入ってて。


気泡が。


「……あれ?」


大きな気泡が、グラスの中ほどにとどまっている。水のりでこういうのを見たことがあるが、なぜこの気泡は動かないのだろう。そういう現象があるのかな。


いや、気泡だけではない。コーラそのものがグラスの中ほどにある。上下に空間ができているのだ。


そのコーラはずりずりと、奇妙な粘性を持って上にずり上がって。


「……! 黒架! 気をつけろ!」


言い終わる前にそれが来た。全身が浮き上がって上に落ちる・・・・・


固定されていたテーブルに捕まるべきか。違う、天井に降りるべきだ。切り替わる重力の中で体を反転させ、数メートル上の天井に着地。あらゆる料理が、置物が、遠くでは店員らが落ちてくる。僕は黒架の肩を掴んで引っ張る。開けた場所へ。


「昼中っち、何が」

「分からない。重力が反転した。いや、このホテルが逆さまになった可能性もある」


ざざざと大量の小銭を流すような音。下階からあらゆるものが落ちてきてるのだ。この天井はそれらの重量物に耐えられるか?


あるいはホテル全体が地面から引っこ抜ける可能性もある。その場合は窓を割って脱出すべきか。あらゆることを考える。考えつつ冷静になろうとする。


この重力反転はなぜ起きているのか。


僕は轟音の中で神経を研ぎ澄ます。すべてを感じ取ろうとする。音も振動も、全身の細胞が受ける重力までも。


「……下に」


いや、正確には上に、だろうか。


「何かがある……巨大な、質量が」



それはあるいは、地球と同じほどの……?


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