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姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第四章 百眼の蛇と姫騎士さん
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第二十五話



雨景色の中に白き煙。


温泉の町には珍しくもない街角の湯けむり、ボイラーのがんがん鳴る音。浴衣につっかけで浮足立つカップル。それを優しく雨が包む。


しとしとと、ぐるりと囲む山並みに、やわ布をかけるごとくの雨。


「私、とうとう分かってしまったんです」


僕と黑架と姫騎士さん。僕たちは水分子のように傘を並べて歩く。姫騎士さんはなんと番傘である。どことなく浮かれた様子で軽快な足どり。僕達より数歩進み出て、くるりとターンを刻んで言う。


「私、ロボットさんだったんです」

「……」


僕と黑架はやっぱり顔を見合わせて、眼のジャンケンで負けた僕が口を開く。


「ええと……姫騎士さん、なぜそう思ったか聞いても?」

「私、レントゲンを撮ったことがないんです」

「へえ、いまどき珍しいね」


…………


……


「……終わっちゃった」

「昼中っちファイトっす」


材料一つか……。料理にできるかなあこれ。


姫騎士さんは水たまりの前で両足をそろえ、ガラスの靴に足を入れるようにそっとまたぎ越える。


「きっと私の体は機械なんです。どこかで誰かが作ったんです」

「でも……姫騎士さんは子供の頃からずっと寝てないって聞いてるっす」

「はい」

「じゃあ子供の頃の記憶あるはずっす。体がちょっとずつ大きくなっていったはずっす」


まあそれ以外にも、姫騎士さんは食事もするしトイレだって行くだろうし、ロボットではない理由ぐらいいくらでも言える。


姫騎士さんはにこりと微笑む。よくぞ聞いてくれた、という顔だろうか。湿度を伴う和風の笑顔、という言葉が浮かんだ。


「それはきっと、記憶を新しく入力したからです。私は実はつい最近生まれたんです」

「両親の記憶も全部ウソってことっすか?」

「ええ、それは……」


と、姫騎士さん、電池が切れたように動きを止める。


そしてゆっくりと振り向いたかと思うと、その頬に涙が伝った。


「えっ!?」

「ど、どうしましょう。昼中さん。本当にそうだったら悲しいです。お父様とお母様が、実際にはいなかったら」

「ああああ! だ、大丈夫だから、そんなわけないから!」


人はピンチに陥ると脳がフル回転するという。僕の脳はモーターが焼き切れるほど回り、なんとか理屈をこしらえる。


「き、きっと、ボディをたくさん用意してたんだよ。そして成長に合わせて取り替えていったんだ。なんかそんな漫画も見たことあるし」

「いつ交換したのでしょう? 意識が途切れた瞬間というのが無いのですが」


そこ突っ込まなくていいでしょ!


さらに3倍速で猛回転。


「わ、分かった。じゃあ専門家に聞きに行こう。姫騎士さんもあの人・・・を見て思いついたんでしょ」

「そ、そうっすよ。私も一緒に行くっす」


そして僕らは足を揃えて西都の町に。

今日も今日とて大入り満員、西都に咲き誇るメイドの園へ。





「姫騎士さんがロボット?」


メイド喫茶の経営者であり、西都高校の養護教員、亜久里先生はメイドの格好で僕たちを迎える。


メイド喫茶は一階が店舗スペース、二階が亜久里先生の自宅だ。執務机もあってちょっとした事務所にもなっている。工具とか鉄板の切れ端とか、電子部品とかが散らばっている。


「そうなんです」


勢い込んで言うのは姫騎士さん。


「どうしたらいいんでしょう……私の記憶がすべてプログラムだったら」

「いや、私の見る限り、とてもロボットには見えないけど」


とてとて、と階段を上がってくるのは小柄なメイド。エプロンドレスのせいでほとんどフランス人形のようだ。


その子、桜姫さくらひめはずびしと挙手。


「あっさむ!」


アッサムティーらしい。人数分を入れてくれる。多少、手付きが危なっかしい気はするが、まあ人間並みの動きだ。


「亜久里先生、僕から見るとこの子もほとんど人間と見分けつかないんですが、見分け方とかあるんですか?」

「究極的には人間とロボットを見分ける方法はなくなるだろう。とはいえ桜姫の水準なら見分け方はあるよ、眼球だってよく見ればカメラだからね」

「桜姫ちゃん、かわいいっすねえ。おクチもちっちゃくて」

「おまえも!」


お前も可愛いと言いたいようだ。


「なんでこんな話し方なんですか?」

「最適化だよ。それでコミュニケーション可能だと判断したんだろう。桜姫は自己進化するロボットだから、どういう成長を辿るかは私にも分からない。今はまだ言語機能が成長しきってないんだ」

「自己進化……」

「そう、体も大きくなるよ。たくさん食べて運動してね。桜姫は取り込んだもので自分のボディすら作れる」

「え、食事できるんですか?」


ふふん、と亜久里先生は足を組んでふんぞりかえる。先生はミニスカートのメイド服という姿であり、みっちりと肉の張った腿が思い切り露出している。目のやり場にすごく困るが、気にしだすと居場所がなくなりそうなので黙っておく。


「食べるとも。有機物を人間よりも高効率でエネルギーに変える。排泄はほんの僅かだ。人間の模倣ではなく、人間よりもさらに進化した内燃機関を持つんだよ」


桜姫はというと、両腰に拳を当ててふんぞり返っている。こういうのは親というか、造り手に似たのだろうか。


「ものが食べられるロボットなんて素敵っす。こんどお土産とか持ってくるっすよ、ねえ昼中っち」

「ああ、そうだな。何か好物とかあるのかな? 桜姫」


ずびし、と手を真上に上げる桜姫。真上にクラゲとか飛んでたら串刺しになりそうだ。


「ふぐさし!」


いきなり高価なもん要求された。


「とらふぐ!」


フグの種類指定かよ!


と、そこで姫騎士さんが前に出る。


「お願いです。どうか調べて頂けませんか」


姫騎士さんは一ミリもぶれない。最初と変わらぬ調子である。


「どうか私の体について」

「……いやまあ、人間を調べる設備も一応あるけど……でも実際ありえないんだよ。この精度でロボットを組むのは」

「とらふぐ!」

「桜姫ちょっと静かにしてて」


……。

なんだか違和感がある。それというのも先生に不可能とか無理とかの言葉が似合わないからだ。

確かに今日ここに来たのは姫騎士さんの思いつきのせいだ。だがまったく根拠が無いとは言えない。

僕らはもう見ている。人間と見まごうばかりのロボットを。


「でも、その子はどうなんですか」

「ん……桜姫か」

「僕の眼からはとてもロボットには見えないですよ。あの戦闘力を見てなければ信じられない。姫騎士さんが同じ水準か、それ以上のロボである可能性が」

「それはない。桜姫は特別なの。あの橘姫もね」

「天才が作ったって言いたいんですか? でも世界は広いというし、どこかにまだ知られてない天才が……」


言うほどに、先生の眉が八の字に近づく。

先生は少し考えてから、違う方向から言葉を投げる。


「昼中くん、惑星直列って分かる?」

「はい? ええと確か、太陽系の惑星が一列に並ぶことですよね。重力の異常のせいで天変地異が起こるとか」

「重力の異常ってのはオカルトだけどね。橘姫と桜姫はそれだ。奇跡のような偶然から生まれたんだよ」


とんとん、と自分のこめかみを叩く先生。


「私の中には十人の科学者がいる」

「はい?」

「彼らはプログラミング、電子工学、物理学、脳生理学、そして量子力学などの専門家だった。それぞれが十年に一度の天才であり、私の頭の中は彼らのラボだった」

「どういうことですか?」

「これは国家によるプロジェクトだった。十人の科学者を集めて最先端の研究をさせる。だがプロジェクト自体はうまく行かなかった。我の強いメンバーだったからね。ただ唯一、私の頭だけに化学反応が起きた。これから百年において人類の誰にも訪れないひらめき、あるいは人間が絶対に到達できない知の地平が見えたんだ。私はそれをノートに書き留め、そしてプロジェクトは終了した」


古びたノートを取り出す。開いてみればびっしりと文字が。


「ほええ、何語っすかそれ」

「ドイツ語とか機械語とか色々。私にも、もうほとんど読めない」


先生は言う。


「私は大学を辞めて、橘姫を作った。現在の桜姫と同じような姿のものをね」

「え……」

「言ったろう? あれは成長するんだよ。そしてボディはともかく、核となるプログラミングはもう誰にも解析できない。アセンブラ単位で圧縮してる上に、唯一無二の言語で書かれてるからだ」

「な、なんか全然わかんないっす」


先生は桜姫を抱えあげて、そっと自分の膝に乗せる。


「橘姫のボディの記録、それと私が書いたノート。私はこの2つを解析して桜姫を作った。自分で書いたものなのに、解析に何年もかかってしまった。スタートの時点では橘姫より効率的に作れたけど、あれは十年分の自己進化をしてるからね。それにプログラミングはまだまだとしか言えない」


ふう、と、長く語りすぎたとの気配をにじませ、先生は話をまとめる。


「この二体に使われてる技術は、どれ一つとっても世界が変わるシロモノ。だから同じ水準のロボットなんてあるわけない。そういう理屈」


「……」


何だろう。先生の話、何かが気になる。

違和感というよりはその逆、奇妙な符号だ。

何か、もっと大きなこととリンクしているような。そう、それは確か、先生の研究テーマ……。


「てんちょー」


気の抜けた声が、空気をさっとかき混ぜる。


メイドさんだ。明るい顔立ちに見事な脚線美。華やかさの化身のようなメイドさんが階段を上ってきていた。先生が応じる。


「どしたのー?」

「シナモンとマカロンあがりでーす。キャンディちゃん19時からですけど三十分遅れるって言ってましたー、ヘルプでーす」

「ありゃそうか。じゃあ私が出るから、桜姫、先に行ってて」

「おまかせ!」


ばん、と先生の膝から飛び降り、どたどたと駆けていく桜姫。あらためて思うけどあの子を店に出していいんだろうか。


「さ、これからお店に出ないと行けないから、また今度ね」

「しょうがないですね。じゃあ姫騎士さん、行こうか」

「……」


姫騎士さんは少しためらう様子を見せたが、立ち上がって僕達に同行する。


店の外に出れば雨は上がっていた。まだだいぶ明るさが残っており、山の向こうは光を包んだ灰白はいはくしょくの雲が満ちている。梅雨というものに遮られた夏の気配。それが山の向こうまで来ている気がした。


「調べてもらうにしても日をずらそう。レントゲンだけなら病院で診てもらうって手もあるし」

「そっすよ。うちの眷属がやってる病院あるっす。紹介してもいいっすよ」


吸血鬼がやってる病院……。やっぱりあるんだなあ、そういうの。


「いえ、そうではなくて……」


姫騎士さんは店内に視線を向けている。大勢のお客と立ち働くメイドさん。笑い声に音楽に、甘い匂いが流れてくる、桃源郷の眺めというものか。


「何か、視線を感じたのですが」

「視線……まあ姫騎士さんも目立つし、見てる人もいたのかも」

「そうですね……」


そして解散。


スーパーで軽く買い出しして帰宅。今夜食べるものをつらつらと思い浮かべて、自炊の段取りを考える。

以前は冷凍食品が多かったが、最近は簡単な煮物と焼き物ぐらいはするようになった。生活費を節約したいのもあるし、家事に打ち込むと寝付きがいいこともある。


洗濯機を回して拭き掃除をして、ついでにテレビの録画予約もして。もちろん宿題もする。


すべてが終わって夜の10時。僕は寝床に入っている。

心地よい疲れと眠りの気配。もう5メートル先ぐらいに来てる。


「明日は風呂掃除して、ゴミ出しして、姫騎士さんと「はんど☆メイド」に行く日の打ち合わせを……」


はっと目を開く。

ふと気づいたのだ。店休日っていつなのか知らない。


僕は布団のそばのスマホを手に取る。店名を検索。SNSにお店のアカウントがあるはず。


「あった、これだ。ホームページもあるのか」


リンクを辿ってホームページへ。メイドさんの画像が出迎えてくれるポップな印象のページだ。店内の写真もプロが撮ったみたいに綺麗だし、料理や飲み物の解説も豊富。西都の観光協会へのリンクもあるあたり抜け目がない。


「ええと休日は第二、第四金曜日か……メモしとかないと」


ホームページのタグを閉じてSNSの画面に戻る。すでに4千人もフォロワーいるけど、これ全部西都の人? そんなわけないよな。


「えっ、他県からも来てる? なんだかすごいな、コメントも絶賛ばかりだし、先生ってもしかしてそっちの方でも有名人……」



――盗撮。



「……え?」


眼がそれを捉える。画面をスクロールさせれば、やはり見間違いではない。その言葉が。



――はんど☆メイドさん盗撮されてますよ。大丈夫ですか。


――自演だろ、写りが良すぎるからな、こんな営業する店とはがっかりだけど。


――市販のイメージビデオじゃないですか。何度も見た画像ですよ。


「何だ、これ……」



雨がまた降り出した。

夏を遠ざけようとする、ねばつく雨が。


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