9 新しいことへの一歩
「ジャスミン様、ずっとお顔が険しいですわ。もしかして、具合でも悪くされましたか……?」
「い、いえ! 違うんです、フリージア様の前だというのに、私ったら……。今日の歌があまりにも素敵で、それで、その……踊っていらした方とは、どんなお話を?」
私が心配そうに声をかけると、ジャスミン様は慌てて表情を取り繕った。
どうやら私が別の方と楽し気に話していたことが気になっていたらしい。初めての社交の場で、どこまでも私を優先するジャスミン様に、おかしくなって小さく笑ってしまった。
「ふふ、いえ。お友達になってくださるそうです。ジャスミン様が親友で一番のお友達ですが、今日は一人お友達が増えて私も嬉しいです」
「まぁ、お友達……そう、お友達ですか! それはよかったです! それに、その、私のことを親友だと言ってくださって……どうしましょう、今日二番目に嬉しいことですわ」
可愛らしく赤くなった頬を抑えている様は、どんなに美しい人形や彫刻も叶うまい。生きた天使が目の前で嬉しそうにしている様子が見れるのは、素直に目に楽しい。
「一番は何ですの? あのダンスを踊っていらしたフュレイル侯爵令息様との出会い?」
「一番はもちろん、フリージア様の歌をあの広い場所で思う存分聞けたことです! 涙が出そうになりました、本当に素晴らしかった……」
手を組んでうっとりとその時のことを思い出している。うん、ジャスミン様の私ファーストは変わりようのないことらしい。
「ですが、ダンスを踊ってお話していらしたでしょう? 私にも教えて欲しいわ」
「えぇと……、フリージア様と踊っていらしたレディアン公爵令息様について、根掘り葉掘り」
あら、ということはジャスミン様が気に入ったのはバロック様だったのかしら。
私に声を掛けてくれたとても奇特な方ですけれど、ジャスミン様とあの方ならばきっと天使が対になったようなカップルになられるはず。
これは、何かしらバロック様とジャスミン様を引き合わせる機会を作らなければならないわ。
お茶会を開催してみようかしら……他に、お呼びできる方を知らないのだけれど。今日も結局、バロック様と私に話しかけて来る方はおらず、デビュタントでもあったからあまり人とお喋りするのも気が引けていたし、ちょうどいいかもしれない。
「ジャスミン様、私、これを機に社交活動をしてみようと思いますの。お茶会を開いてみたいと思うのだけれど、ジャスミン様はどなたかお友達がいらして?」
「そうですね、フュレイル侯爵令息様はお顔が広いようでしたし、何人かご紹介いただきましょうか。私もそんなに顔が広い訳ではないので……」
それはそうだ。3日と空けず私の元に来て、私の社交の予定を予め潰しにかかっていたのだから、彼女も社交活動する暇がなかったに違いない。
「では、二人で主催しましょう? 一緒に素敵なお茶会になるように考えてくれると嬉しいわ。私も、バロック様にご友人を連れてきてくださるようお願いしてみるわね」
「一緒に? いいんですの? でも、とても素敵ですわ。また数日後に、一緒に計画を練りましょう」
私は今日の疲れもあって、えぇ、と答えると、なかなか進まない馬車の時折軽く揺れる振動に、疲れて座席に背を預けて、いつの間にか重たい瞼が下がってしまっていた。




