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7 天使がそこに居た(※バロック視点)

「ローラン……」


「あぁ、バロック……」


 私、バロック・レディアンは公爵令息という立場から親交のある……いや、友人のローラン・フュレイル侯爵令息と、今日デビュタントだという令嬢の歌に魂を抜かれたところだった。


 陛下は前々から目を付けていたらしく、この場で歌うことは織り込み済みだったのだろうが、本人の戸惑った様子を見るに知らされてはいなかったのだろう。そして、自分の歌声がどれほどのものかもさっぱり知らなかったに違いない。


 彼女が楽団の前に行く時に目が合った。なんとなく、特別な色合いの瞳でも顔立ちでもない彼女が連れて行かれるのを見て目が離せず、そのまま追いかけて最前列で聴いてしまったが、とんでもない歌声だ。


 周りの割れんばかりの拍手に戸惑っている彼女をどう助けたものかとじっと見つめている間にローランに声をかけたのだが、ローランの方をふと見ると真横をじっと見つめて固まっていた。


「ローラン?」


「バロック……、天使が居る」


「あぁ、本当に天使のような歌声で……」


「違う! 天使みたいな美女がそこにいるんだ!」


 その言葉に呆れてしまった。あの人間の物だとは思えない歌の間、この友人は別人をじっと眺めていたらしい。


 ローランは茶色の柔らかそうな巻き毛に緑の瞳をした優し気で知的な男だが、こいつがこんなに取り乱しているのは初めて見た。


 気になったので少し身を乗り出して確かめたら、その少女は、今目の前で天使の歌を歌いあげた令嬢に近付き親し気に手を握って涙ぐんで話しかけている。


 困ったように笑ってはいるが、彼女にとっては安心できる存在なのだろう。少しだけほっとしたように、緊張がほどけているようだ。


「諸君、今日はデビュタントの令息令嬢も多い建国記念日の夜会によく来てくれた。今歌を披露してくれたのは、我が国の宝と称しても良いだろう、フリージア・ドントベルン侯爵令嬢だ。本日デビュタントを迎えたばかりなので、あまり囲むことはないように。――フリージア嬢、突然の申し出にも関わらず最高の歌をありがとう。この国の繁栄を願って、改めて乾杯しよう」


 陛下が二階の席で立ち上がり、金の盃を掲げて今日という日を祝った。


 未だ歌の余韻に茫然としている貴族も、陛下の威厳のある声に応えて其々手近にあったグラスを取った。


 私たちもそうしたし、横目でフリージア嬢を見たら両親らしきドントベルン侯爵夫妻が彼女ともう一人の令嬢にグラスを渡していた。


 デビュタントだから、歌えたのかもしれない。目立つ者は潰されるのが貴族社会だ。歌は、女性の間では教養の一つだが、これだけとびぬけて巧みな者がいれば同年代で声楽に自信があった令嬢など木っ端みじんに自信を砕かれたことだろう。


 彼女の姿はお茶会などでも見たことがない。両親もそれが分かっていて、親交を広げないようにしていたのかもしれない。


(ローランはもう一人の金髪の令嬢に夢中なようだし……、私が気を付けてやらねば)


 今日がデビュタントならば、今後彼女には様々な申し込みが殺到するだろう。


 侯爵家ならば、公爵家の私が割り込めない集まりは無いだろう。王族の私的な集まりを除けばだが。


 話したことも無いのに、あの子供のように不安定に揺らぐ瞳が頭から離れない。あの歌声は、永遠に忘れることはできないだろうし、永遠に聴いていたいが、話したことも無いのでは無理だ。


 ローランは先程から、フリージア嬢と一緒にいる令嬢の名前、が気になって仕方ないらしい。


「よし、ローラン。なら、私たちが最初の勇者になろうじゃないか」


 彼女の歌声に圧倒され過ぎて、誰もフリージア嬢たちに声を掛ける者が居ない。


「正気か? バロック。おびただしく目立つぞ。お前、目立つの苦手だろう」


「そんなのを恐れていては、魂を奪われた女性に近付けない」


「……そこまで惚れたのか」


 呆れ半分に言ったローランも、特に止める気は無いらしい。


 私は薄く笑って、堂々と答えて脚を踏み出した。


「あぁ、持っていかれた」

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