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第45話

「……陛下。確かに私はあの夜、陛下と同衾しました。しかし! それは問題解決のために否応なしにそうなっただけであり、私は陛下と、だ、だん、だんじょっ……」

「男女の仲にはなっていない?」

「それです!」

「それもそうだね。でも、私はキーリと一緒に寝るととても気持ちよかった。王妃に社交性や知識が必要なのは間違いないけど、私を精神的に支えてくれる人――つまり一緒に寝て心地いいと思えるというのも、大切な条件じゃないかな?」


 王様はにこやかに反撃してくる。彼のことを一生懸命で公正な人だと思ってた過去の自分を殴りたい。

 もう反撃の材料もなく沈没した私を見、それまでずっと黙っていた養父がふうっと紫煙を吐き出した。


「……それで、どうするのだ、キーリ」

「お父様……?」

「私は、君にこれといった想い人がいないのならば陛下の求婚を受けるべきだと思っている」

「お父様もですか!?」


 さては、ずっと黙っていたのは事前に王様の意図を知っていたからで、私がどのように対応するのかをずっと見守っていたのか……?


 養父は私をちらっと見、葉巻をトントンと叩いて屑を灰皿に落としつつ言う。


「色々なことを差っ引いてでも、君と陛下の結婚はプラスになると判断している。これまで宰相にへつらっていた貴族も、いつか立て直す。そうしてそれまでの態度が嘘のように陛下に対して従順になり、自分たちの娘を差し出してくるだろう。……そうなる前に、妃を決めてしまうのだ。早急に王妃を据え、他国に発表する。そうすれば、狡猾な連中も手が出せなくなろう」

「……そ、それはそうですが!」

「それに、陛下は一般市民が活躍できる国作りを志されている。その橋渡しになるのは、市民の身分を持ちながらも並の貴族を越える資産を持ち、商業において他国とも渡りあっているブラッドバーン家だ。その長女を王が所望すると聞いても、民もなんら疑問には思うまい」


 ヤクザの親分フェイスで養父は淡々と語ると、すぱーっと葉巻を吸った。

 彼の言い分は以上、ということだろう。


 ……養父はどちらかというと、結婚に賛成派。

 アラスターたちは反対してくれるけど、王様の意見を覆せるほどの材料を持っていない。

 そして当の本人である私は、言わずもがな。


「……さ、どうする? キーリは、私と結婚してくれる?」


 正面では、上品に笑う王様が。

 周りでは、固唾を飲んで成り行きを見守る使用人たちが。


 ……私は。

 私は、皆のために力になりたいと思っていた。結婚することによって皆が助かるなら……恩返しになるのなら、それが一番だと思っていた。ミルズ領主との縁談の時だって、そういえばそうだったとあっさり理解した。


 ……でも、今は。

 胸の中にたった一人の男の人しかいない、今は――!


「……陛下、お待ちください!」


 ――声が、応接間に響いた。

 ざわめきの中、使用人の波を縫って進み出る男性。急いで着替えたらしい従僕服を纏う、灰色の髪の男。


 ……私の心の中で微笑むその人が進み出て、私の隣に立った。


「……ユーイン」

「……お許しください、お嬢様。後で、どれほど叱咤してくださっても構いません」


 ユーインは私の手の平にそっと触れた後、前を向いた。

 私も彼に倣って前に向けた視線の先には、不敵な笑みを浮かべる王様と、いつになく凶悪な顔つきの養父が。


「うん、君は誰?」

「……私はブラッドバーン家の従僕である、ユーイン・エディントンと申します。恐れながら陛下に、申し上げたいことがございます」


 おい、やめておけ。戻れ、ユーイン。と使用人たちがざわめく中、ポン、という音が皆を制した。

 魔法の炎で新しい葉巻に火を付けた養父は使用人たちを一瞥し、ふっと灰色の息を吐き出す。


「……ユーインにも覚悟があるのだろう。黙って見ているのだ」


 リベリアの商業を束ねる男の静かな言葉に、使用人だけでなく、アラスターたちや王様の家臣たちまで体中に緊張をみなぎらせた。


 そんな中、王様はおもしろそうに笑いながら小首を傾げる。


「私に言いたいこと? それは、キーリの結婚に関することだね?」

「はい。……陛下のおっしゃることにも旦那様のおっしゃることにも、反論するつもりは一切ございません。リベリアの未来のためには、陛下が最高の伴侶を迎えられることが肝要であると、つまらぬ身ではございますが思っております」


 流暢に喋っているけれど、彼の意図が見えない。

 不安になって見上げると、ユーインは私を見て微笑み、胸に手を当てた。


「しかし、先ほど旦那様もおっしゃったように……キーリ様の意志を無視することは、お嬢様の教育係として許し難いことだと思っております。それは私のみならず、アラスター様たちや使用人一同も思っていることです」

「……君の言うことはもっともだ。いくら国のために結婚したとしても、キーリが不幸だったら何にもならない。それこそ、過去に異世界の使者たちを辱めた者たちと同類になってしまうだろう」


 王様の言葉に、私はぎょっとした。

 なんだよく分からない理屈をこねる人だと思ってたけれど、それでもやっぱり私の幸せを考えてくれていたのだ。


「はい。ですので……キーリ様が心に決めた人がいるのかどうか、この場で確かめたいのです」

「えっ?」


 私の声は、周りのざわめきにかき消される。

 でも王様が片手を挙げることで皆は静かになり、彼はふふっと笑ってユーインを見つめた。


「なるほどね。……では、どうやってそれを確かめるのかな?」

「……私がキーリ様に求婚する機会を、どうかお与えください」


 ――ユーインのその言葉は、私の胸に刺さり、脳みそを震わせ、体中を熱く沸騰させた。

 そして、彼が無礼を承知でこの場に進み出た理由が分かり――目の端が熱くなってきた。


 それじゃあ、彼は、ユーインは、私のことを……。


 はは、という王様の快活な笑いが脳に響き、びくっとしてしまう。


「それはおもしろいし、道理に適っている。では、君にはキーリに求婚する機会を与え、それに対するキーリの判断で全てを決めようではないか」


 王様は至極楽しそうだけど……えっ、え、え?

 いや、確かにそうなるけど……えっ?


 つまり、王様かユーインかのどっちかを選べってこと? 何その究極の選択?

 他の人がいいです、という選択肢はないのね? そうなのね?


 絶賛混乱中の私をよそに、養父は明後日の方向を向いて葉巻を吸うし、アラスターはもうテーブルに突っ伏している。反面、セリーナとシャノンはなぜか目をきらきら輝かせて私たちを凝視しているし、使用人の女性陣からも「まっ!」というはしゃいだ声が聞こえる。


 いや、これどういう状況なの?


「キーリ様」


 名前を呼ばれた。

 それまでは傍らに立っていたユーインが滑らかに動き、私の前に跪く。


 その青紫の目を、緊張で引き結ばれた口元を、ほんのり上気した頬を、決意に満ちた瞳を見て――すとん、と何かが胸の奥で落ち着いた。


 ……分かっていたじゃないか。

 彼は絶対に、私が嫌がることはしないって。


 たまにからかってきたりいじってきたりするけど、全ては私のため。彼の行動のどれ一つとして、私を傷つけるものはなかった。

 私が望まないことはせず、私が心の中でほしいと思っていた言葉、態度を与えてくれる。ずっと、そうだったじゃないか。


 さっきは、人生最大の究極の二択、なんて思ったけれど、そうじゃない。

 彼は、私に手を差し伸べてくれた。私が本当にほしい、こうでありたい、と思っているものをそれとなく差し出してくれる。


 もう一度、名を呼ばれた。

 私が、はい、と返事をすると、彼は胸に手を当てて真っ直ぐ私を見上げる。

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