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第44話

 裏庭から応接間に行くまでの記憶がない。多分ちゃんと自分の足で走ったんだろうし着替えもしたんだろうけど、覚えてない。

 だから、全部侍女たちが魔法でやってくれたんだろう、ということにしておいた。


「やあ、久しぶりだね、キーリ。元気そうで何よりだよ」

「へ、陛下もご機嫌麗しゅう……」


 屋敷で一番広い応接間。その超座り心地のいいVIP用ソファに優雅に腰掛ける王様を前に、私は絶賛混乱中だった。


 国王陛下のお越しということで、この部屋には養父やアラスター、セリーナやシャノンだけでなく、手が空いている使用人のほぼ全てが集合している。

 さらに王様が連れてきた護衛や使用人も含めると、この応接間だけでウン十人もの人が密集しているんじゃないだろうか。なにこのイベント。


 私と王様が向かい合って座り、はす向かいに養父たちが腰掛けている。養父はいつも通り悠然としているけど、アラスターたちは私と同じくらい動揺しているようで、完全に固まっている。いつも「あらまー」で全てを解決するシャノンでさえ、表情が死んでいた。


 初対面の王様は寝間着だったけど、今日は当然国王らしいジャケットに勲章付きのマントを纏っていて、傍らに立つ兵士は宝剣らしきものを捧げている。前に養父から聞いたことがあるけど、あの宝剣は代々王家に伝わるもので、国王の重要な外出の際には必ず持ち出されるという。


 ……重要な外出、だってさ。ハハハ……。


「君には本当に世話になったし、我が国の事情に巻き込んでしまったこと、申し訳なく思っている。……すまなかった、キーリ」

「いっ! いえ、陛下が謝られることじゃありません! 陛下は私のことも考えてくださいましたし、もう二度と私たちのような人間が生まれないように尽力してくださいました」


 焦って言ったけれど、本当に、王様が謝ることじゃない。


 彼は養父たちと協力してリベリアの悪しき慣習を打破するため、何年も屈辱に耐えてきた。宰相たちには雑に扱われ、同じ志を持ったお兄さんも失い、苦しい中でも信念を変えずに戦い続けてきた人を責められるわけがない。


 王様はしばし黙った後、頷いた。


「……そう言ってくれると、ありがたい。君の言うとおり、私はこれから、リベリアをあるべき姿にするために尽力する。異世界人召喚なぞしなくても、リベリアはやっていける。古の大魔法使いサイラスが本当に願った国になるよう、この一生を懸けていきたい」

「……」

「……それで、だな。君に打診があるのだ」


 王様はにっこりと笑い、脚を組んだ。

 とたん、それまでいい意味で緊張していた私の体にビビッと危険信号が走り、嫌な汗が噴き出してくる。


 ああ、ここから本題だわ……。


「私はこれからよき国作りに努めていくが、それには優秀な伴侶が必要なのだ」

「ハイ」

「といっても、今のリベリアは貴族の中でもごたごたが起きていてね。貴族の大半は宰相におもねていたため、旗頭を失って迷走中。他の貴族も魔力に頼りきりになっていて領地の内政をおろそかにしていたから、余裕がない。となれば、私の妃には貴族の娘でなくても、リベリアのために貢献してくれた者であればいいのではないかと思うのだよ」

「サヨウデスカ」

「となると、候補はどうしても限られる。さらに……キーリ、君はブラッドバーン家の養女で、異世界人。膨大な魔力を自ら生成できる君が愚者の手に渡らぬよう、ジャレッドも心配していることだろう」


 言われ、養父を見た。養父はそっぽを向いて葉巻を吸っている。

 ……アラスターたちはともかく、養父は何か企んでいる。間違いない。


 私は営業スマイルを貫いていたけれど、次の王様の言葉で顔面崩壊しそうになった。


「単刀直入に言う。私はキーリ・ブラッドバーンとの婚姻を望む。私の王妃になってくれ、キーリ」


 ……ああ、マジでこれか。これだったのか。

 宝剣を持ち出すほどの大切な話っていうから嫌な予感はしていたけれど……これかー!


 さすが教育の行き届いたブラッドバーン家の使用人や王様の家臣たちはびくともしなかったけれど、真っ先にアラスターが声を上げた。


「へ、陛下! 恐れながら申し上げます!」

「うん? アラスター、君は私のことをナサニエルと名で呼んでくれたではないか。いきなりよそよそしくなって、私は悲しいぞ」

「そ、それは、『陛下』という言葉が宰相派に盗み聞きされないための苦肉の策です! それはいいとして……キーリの結婚のことで、兄として申し上げさせてください」

「ああ、いいよ」

「……確かにキーリは、いずれ嫁ぐ身として教育を施されてきました。そして、彼女が類い希な魔力を有していること、ブラッドバーン家の長女として狙われても仕方ない身であることも承知しております」


 アラスターはそこで一旦言葉を切り、きっと顔を上げた。


「私は、淑女教育を始めて半年も経たないというのに日々成長する妹のことを誇りに思っていますし、才能もあると信じています。しかし、家庭教師陣が彼女に教えたのはあくまでも、地方領主程度のもとに嫁ぐことを前提とした内容のみ。彼女は政治経済などを全くと言っていいほど履修しておりませんゆえ、陛下の妃になるのは妹にとっては力不足であると判断します」


 うんうん、その通りだ!

 正論をありがとう、アラスターお兄様!


 私を褒めつつも妃としては不十分だと言うことをちゃんと述べてくれた兄に、称賛の眼差しを送る。セリーナとシャノンも、同意だとばかりにうんうん頷いていた。


 ……でも、王様はきょとんとした様子で凄まじい反撃を繰り出した。


「そうかな? キーリのように勉強熱心な子ならやっていけると思うし……ああ、そうそう。私たちはもう、同衾しているんだよ」

「えっ?」

「はいっ!?」

「え、嘘……」

「ちょっと……!」


 これには我慢ならなかったようで、実に色々な人が悲鳴を上げた。

 セリーナやシャノンだけでなく、使用人の方からも何人かは確実に声を上げた。


 いや、確かにそうだけど。その通りだけど!

 それ、言っちゃうの!?


 ……背後から刺さるような視線を感じる。ユーインは今、いったいどんな気持ちでこの場を見守っているんだろうか……。

「大好き」発言をした女が、実は王様とベッドインしてました! って打ち明けられて、どんな顔をしているんだろうか……。


 きりきり痛む胃を押さえつつ、私は声を上げた。


「へ、陛下! それは言葉の綾……じゃなくて、作戦上仕方なかったことでしょう!?」

「それはそうだけど、確かにあの夜、私たちは抱き合って寝たよね? ベッドの中でたくさんお喋りをして、くっつき合って……朝日の中で見た君の寝顔、とても可愛かったなぁ」


 王様はむしろ、当時を思い出すように頬を染めて語っている……って、やめてくれー! 誤解、誤解だ! 

 確かにたくさんお喋り(今後の打ち合わせ)をしたし、くっついた(盗聴防止のため)し、朝まで一緒に過ごした(疑われないため)けど、私は潔白だ! 純潔だ! もっとぶっちゃけてしまうと処女だ! この際、信じてくれるならもう何でもいいや!


 でも、王様の発言にアラスターは口から魂を飛ばし、セリーナは「お姉様が……わたくしのお姉様が……」と白目を剥き、シャノンは「……そんなことがあったのねー」と呆然としている。

 使用人たちも我慢ならなかったのかあっちでコソコソ、こっちでヒソヒソしていて……軽く死ねる。


 むしろいっそ、このまま殺してくれ。

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