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第41話

 養父の趣味で、ゴテゴテした調度品よりも品のいい花瓶や絵画などが飾られた応接間。

 そこで私は、茶色の髪の青年と向かい合って座っていた。


「……本当に、あなたが無事でよかったです、ザカライアさん」


 開口一番私がそう言うと、俯いていた彼ははっと顔を上げ、今にも泣きそうに顔を歪めた。


「……お嬢様は、優しすぎます。俺のことなんて、死んでしまえと思ってくれてもよかったのに」

「……確かに色々ありましたが、あなたが死んでしまった方がいい、と思ったことはありませんよ」


 私は正直に言った。


 ザカライアは出稼ぎのために王都に出て四番街の工房に弟子入りしたけれど、十人近くいる彼の家族を養えるほどの仕送りができなかった。

 生活に困窮した彼は修行をする傍ら、ちょっと危ない金稼ぎの方法を探り……宰相に声を掛けられたそうだ。


 宰相は私が森で見つからなかったため、あちこちで人を雇って私を捜させた。

 私の特徴は分からなくても、素肌に触れれば莫大な量の魔力を感じられる。一番最初に私を見つけた者に多額の報償を与えると、ザカライアを誘ったそうだ。


 ザカライアはまさか、自分がその使者を見つけることになるとは思っていなかった。

 彼が気づいたのも、偶然私の髪に触れた時で――悩んだ結果、彼は自分の監視役になっていた男に知らせ、盛花祭の前日に私を呼び出して誘拐することになった。


 ……でも彼は裏切られ、殺されかけた。

 そこをブラッドバーン家の使用人に見つかって助けられ、自白するに至ったそうだ。


「あなたも私利私欲のために私を売ったわけじゃないし……私を騙したこと、後悔していたでしょう?」


 捕まって意識を失う寸前、彼が私に謝る声が聞こえた。それを思い出すと……ザカライアのことを卑怯な極悪人、と思うことなんてできなかった。


 我ながら甘い人間だと思う。

 でも、ザカライアは工房からの追放やブラッドバーン家からの罰を受けたそうだから、これ以上私が彼を追いつめる必要はないだろう。


 むしろ……。


「私、あなたからもらうものをもらっていませんからね」


 私はそう言い、テーブルに置かれた箱を見下ろした。

 その箱は以前、薄暗い門の前で見たものとは形が違うけれど、中に入っているものが同じであれば十分だ。


 ザカライアはこっくり頷き、箱を手で示した。

 私が手を付けるよりも早く、応接間に控えていた護衛の使用人が進み出て、箱を開く。ザカライアと「商談」の続きをするということで、監視を付けてもらったのだ。


 使用人が少し離れたところで、数人掛かりで中のものを検査する。多分、針を刺されたり魔力を注がれたりしているんだろう。

 製作者であるザカライアとしては屈辱なことかもしれないけど、彼には前科があるからか黙って成り行きを見守っていた。


 十分くらい経っただろうか。使用人が蓋を閉じた状態の箱を置き、「問題ありませんでした」と告げた。


 蓋を、開ける。

 その中には、二本の髪紐が寄り添うようにして並んでいた。


 片方は、黒地の布に金と銀のビーズが飾られ、差し色の紫色の糸で文様が施されたもの。

 もう片方は、それよりも少し短くて太めで銀色の布に緑と水色のビーズ飾りが付いており、文様を刺繍した糸は黒だった。


 せっかくお揃いのものを作るのだから、お互いの髪と目の色を使うのはどうか、と提案したのはザカライアの方だった。

 リベリアでは恋人や夫婦でない男女でも、仲がいい者同士でお揃いのものを身につけるのはよくあることらしい。だから、カルチャーショックを感じてちょっと恥ずかしいと思いつつ、彼の提案に乗ってデザインも一緒に考えたのだ。


 門の前で見た時は暗くてよく分からなかったけど、本当に素敵な髪紐だ。これで髪を結ぶより、ひとつのインテリアとして飾っておきたいくらい。


「きれい……!」

「ありがとうございます。……本当はこれをお嬢様にお渡しする権利は、ないのかもしれません。でも、これは俺の中での最高傑作で……最後の作品にもなったので、やっぱりあなたにお渡しできて、よかったと思います」


 私が視線を上げると、彼は苦笑して頭を掻いた。


「……俺、破門になったってご存じですよね? 『最後の仕事』が終わったら、王都を出ます。もう二度と俺は物づくりの仕事はせず、他の生き方を探すんです」

「……もう、作らないの?」

「はい。俺は職人でありながら、自らその手を汚しました。作品をダシにしてあなたをおびき寄せるような真似をした俺に、鋏や生地に触れる権利はありません。……そうでないと、俺は俺を許せないからです」


 ザカライアは淡々と言うけれど、その青の目には強い意志が宿っていた。

 きっとこれが、彼が自分に下した罰なんだろう。その罰に、部外者である私が口を挟む権利はない。


 私は頷き、使用人に指示を出して革製の袋を持ってこさせ、テーブルに置いた。


「今回は本当にお世話になりました。……こちら、報酬です」

「えっ? ……だめですよ、お嬢様。これは受け取れません」

「いいえ、あなたは受け取らなければなりません」

「……俺はもう、職人ではないんです」

「あら、妙ですね? あなたはさっき、『最後の仕事』を終えたら王都を出るとおっしゃいましたよね? 注文を受けて望みの品を作り、相手に渡し、代金を受け取る。……ここまでできて初めて、『仕事』なのではないですか?」


 私は引かず、むしろ挑戦的な笑みを浮かべてザカライアに攻め込んだ。


 ザカライアは息を呑み――かなり考えた末、なぜかククッと笑い始めた。

 えっ、今のって笑うところ?


「ザカライアさん……?」

「ああ、いえ、申し訳ありません。……今あなたがおっしゃったことを聞いて、同じように俺を諭してくれた人のことを思い出して」

「工房長とかですか?」

「いいえ。格好いいけど怖くて、一生勝てないな、と思う人に、つい最近。……お嬢様のおっしゃるとおりです。髪紐製作代として、領収します」


 ザカライアは革袋を鞄に入れ、丁寧に蓋を閉めた。

 そして立ち上がると、おじぎをする。


「……お嬢様。きっとこれから先、俺は二度とあなたに会うことはありません。あの日あの時、あなたの靴紐を結んだのが正解だったのか不正解だったのか……俺の残りの人生でずっと考えていきます」

「……」

「さようなら、お嬢様」

「……ええ。さようなら、ザカライアさん」


 使用人たちに付き添われ、ザカライアは部屋を出て行った。

 窓辺に移動しカーテンを捲ってしばらく待つと、庭の間の道を歩いていく後ろ姿が見えた。


 彼は一度も振り返ることなく歩いていき、やがて私の視界から消えてしまった。

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