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第40話

 数日後、やっと私の部屋の「男子禁制」が解除され、一番に養父とアラスターが来てくれた。


「キーリ! ああ、私の可愛い娘よ……本当に、本当に無事でよかった!」


 泣く子もさらに激しく泣くような極悪の顔をぐしゃぐしゃにした養父はそう叫ぶと、椅子に座っていた私をガッチリホールドした。


 それはまさに、プロレスの試合。

 キーリ選手の敗北まで、カウントを取る間もない。


「父上! せっかく元気になったキーリを絞め殺すおつもりですか! ただでさえ体格差があるのですから、容赦してください!」

「お、おお、そうだな。キーリ、痛くなかったか? 骨は繋がっているか?」

「大丈夫です。心配をお掛けして申し訳ありませんでした、お父様、お兄様」


 本当は、解放された体中が悲鳴を上げているけれど、努めて笑顔で言った。


 養父はなおもグジグジ泣きそうになっていたけどアラスターになだめられ、ようやくソファに腰を下ろした。


 養父たちは今、王様と共に国の再建に取り組んでいる。

 あの空中王城は二百年ぶりに地上に降り、一時は国中が混乱し、貴族たちもわめき立てた。


 でも、傀儡だとばかり思っていた王様が驚くべき手腕で皆をまとめ、反発する者を説き伏せ、これまで上層部のみが知っていた異世界人召喚の真実、この国の歪みを摘発したのだ。


 地方の者は、王都の闇に触れて困惑した。

 王都の一般市民は、自分たちの便利な生活の裏に潜んでいた真実を知って驚いた。

 そして――王族にこびへつらって魔力を分け与えられ、民を虐げていた貴族たちは拠り所を失い、絶望した。


 これからもうしばらく、国は揺れ動くだろう。

 でも、本来リベリア王国があるべき姿に戻るだけ。二百年前と違って各国との仲も良好だから、攻め入られることもない。

 そもそも異世界人の魔力なんてなくても、ユーインのように優秀な魔法使いはいくらでもいるのだから、彼らの教育をきちんとすればいいのだ。


 ……そうだ。ユーインは、どうしているんだろう。

 使用人も全員無事だとは聞いているから大丈夫なんだろうけど、儀式の間で気を失ってからというものの彼にも会えていない。


 でもひとまず、「彼女」から託されたことを伝えないと。


「……あ、あの、お父様、お兄様。信じてもらえないかもしれないんですが……伝言を預かっています」

「うん? 伝言?」

「誰からかな?」


 二人が身を乗り出してきたので、私は少し迷いつつ、口を開いた。


「……皆様のご先祖の、アヤという女性からです」


 その瞬間、二人は息を呑んだ。


 セリーナが言っていたように、最初に召喚された女性で、サイラスの恋人であるアヤのことはブラッドバーン家の者以外、誰も知らないのだろう。


 私は、アヤの遺した言葉――この国は嫌いだけど、サイラスのことは愛していた。彼が本当に望んだリベリアになるように、王様と協力してほしい――を告げた。


「私が吸引機に触れたら、たくさんの人が悲しむ顔が見えました。そして壊れた時には――皆が感謝の言葉を述べて、去っていくのを見送りました。アヤもその時に、私に声を掛けてくれたのです……多分」

「……そう、か。そういうことだったのか……」

「……きっと吸引機に、これまでの使者たちの思念が残っていたのですね。二百年間、国に搾取され続けた犠牲者の……」


 養父とアラスターは沈痛な面持ちになり、呟いている。


 ……たくさんの人が犠牲になった。

 でも、皆が動いてくれなければ私も彼らの二の舞になり、王様も傀儡から抜け出すきっかけが掴めず――そしてこれから先もずっと、異世界人が召喚され続けていただろう。


「……私、きっとお父様や陛下なら、アヤの願いを叶えられると思っています」

「……君はもう、元の世界に戻れないのに、か?」


 ……ああ、そうだ。

 養父も最初から、「元の世界には戻れないだろう」って言ってくれていた。「戻れるかもしれない」って言った方が私は安心しただろうけど、その場しのぎの残酷な嘘をつくよりも真実を告げた方がいいと判断してくれたのだろう。


 今は……彼らがどんな嘘をつき、どんな真実を教えてくれたのかという、その判断に感謝しかない。


「はい。……もとより私は、キーリ・ブラッドバーンとして生きるしかないと覚悟していました。私が異世界人であることは、貴族たちによって不用意に広められる前にと陛下が正しい歴史と共に皆に公表したようですが……それでもよければ、これからも皆の家族でいたいです」


 思いきって言い、顔を上げる。


 これから先、「床次桐花」が復活することはない。あの世界に戻るとしても、それはアヤたちと同じく、死後のことになるだろう。


 だから……踏ん切りを付けないといけない。


 私の言葉に、養父はまたしてもくしゃっと顔を歪めて凄まじい形相になり、アラスターも涙を堪えるように洟を啜った。


「……ああ、ああ! もちろんだとも、我が愛しい娘よ!」

「君が家族でいてくれるのなら、セリーナやシャノンも喜ぶよ。結婚までは三人で仲よくしたい、と言っていたからね」


 二人にそう言われて私はほっとする、けど……。

 あ、そうだ。結婚だ。


「……ありがとうございます。その、結婚するまでの間にはなりますが、これからもどうぞよろしくお願いします」


 すっかり失念していたけど、私は元々サイラスの子孫の誰かに嫁ぐ予定だったんだ。

 そのために淑女教育を受けてきたわけだし……やっぱり結婚すると、家族も喜ぶし……。


 ……ユーイン、なんて言うかな。

 やっぱり結婚までの短い間でも彼を想っているというのは、難しいことなのかな。


 私の言葉に、養父は「ん?」と声を上げて首を捻った。


「結婚……ああ、そうだそうだ。そのことなんだがな……キーリ。話がある」

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