第39話
目が覚めたら、そこはブラッドバーン家の自室でした。
この天井を見上げるのがすごく久しぶりに感じられて、私は横たわったまま目を瞬かせた。そして体を起こそうとしたけれどなかなか言うことを聞いてくれず、しばらくの間ベッドの上でころんころん転げ回った結果、床に落下した。
痛い。痛いけど、起きあがることもできない。
「……ま、まあ! キーリ様、お目覚めになられたのですね!?」
音を聞きつけたらしく飛び込んできた侍女は私を見てびっくりし、慌てて魔法で浮かせてベッドに寝かせてくれた。同じく体を浮かせる魔法でもあの黒い女性と違って、この屋敷の人は私のことを考えて……。
……あ、思い出した。
「あの後……いっ、たたたた……!」
「落ち着いてください、キーリ様。まだお体が本調子ではないようですから、安静になさってください!」
声を上げたとたん、凄まじい頭痛で頭が割れるかと思った。いや本当に、一瞬意識が飛びかけた。
私を寝かせた侍女は魔法で、私の頭痛を少し緩和させてくれた。でもまだずきずき痛むし、涙目だ。
「気になっていらっしゃることも、たくさんあるでしょうが……今はまず、静養に努めてください。旦那様たちも、キーリ様のことを心配されています」
「お父様が……」
ああ、そうだ。あの後、皆は無事だったのか。
養父は、セリーナは、アラスターは……そして、ユーインは。
私の視線を受け止め、侍女は微笑んだ。
「旦那様方も使用人も皆、無事ですよ。セリーナ様の骨折もアラスター様の負傷も回復しました」
そっか、大丈夫だったんだ……セリーナも、怪我はしたけど生きている……。
「後は……国の方も、陛下と旦那様が協力して再建に努めてらっしゃいます。我々ブラッドバーン家の取り潰しも当然、撤回となりました」
……うん、そっか。
それなら……よかった。
「……まだお疲れでしょう。ゆっくり、お休みください」
うん……そうする。
やっぱりまだ、眠いんだ……。
そうして私は結局のところ、三日ほど眠り続けた。そしてその後も意識がぼーっとすることが多く、自力で立ち上がれない期間も長かったので、身の回りのことが全て自分でできるようになるまで、かなりの時間を要した。
それまでの間、私の部屋は男子禁制となった。身の回りの世話を焼いてくれるのは侍女たちで、時折セリーナやシャノンがお見舞に来てくれる。
あの戦いで骨折したと聞いたセリーナだけど、今はすっかり元通りになっているようだ。こんなに可愛い子に痛い思いをさせてしまって……本当に胸が痛い。
「まあ、何をおっしゃいますの。わたくしたちは自分の意志で戦いに赴きました。そしてお姉様の救出も装置の破壊も全てうまくいったのですから、むしろ誇りに思っています!」
セリーナはからっと笑ってそう言う。そしてシャノンと一緒に、あの時のことを教えてくれた。
皆は王様からの連絡を受けてすぐに準備を整え、夜を待って城に突撃した。
私が思っていた以上にブラッドバーン家の皆や使用人は魔法に優れていたようで、兵士たちに苦労させられつつも儀式の間に到着し、乱入した。
宰相は私の魔力を吸い取って皆を倒そうとしたけれど、魔力のみならず体術も優れたユーインが切り込み、私を救出。そして私の魔力を使ってあのでかい水晶を爆破したそうだ。
「あの水晶はね、異世界人召喚を始めるよりも前にサイラスが作り出したものなのー。そうして彼が国を出た後も、代々の国王と魔法使いたちで召喚を行い、魔力吸引を続けていたのよー」
「えっ? あ、あの、ちょっと待ってください。私、二百年前のこととかよく分からなくて……」
慌てて言うと、セリーナとシャノンは顔を見合わせた。そうして数日を掛けて、リベリア王国の歴史の真実を教えてくれたのだ。
――二百年前、サイラスは異世界人の召喚に成功し、彼女の助力を得て敵国の大軍を撃破した。
この時彼は彼女に、「戦争が終わるまでの間でいいから、協力してほしい。その後の生活は国が保証する」と約束した。
異世界召喚された人間が二度と故郷に戻れないことを、彼は知っていた。その上で全てを明かし、女性の同意を得たのだ。
敵国を撃破したサイラスと女性は、安堵した。これで彼女から魔力を吸引せずに済む。
いつしか互いに愛し合うようになっていた彼らは、この後二人で城を出て、穏やかな余生を過ごそうと約束していたのだ。
しかし、彼女の魔力の虜になった国王は約束を破り、彼女を城に閉じこめようとした。それに気づいたサイラスは彼女を救出し、わずかな弟子を連れて城を出た。
そして各地を逃げ回り、最後には遠く離れた国で腰を落ち着け、女性と弟子たちでの生活を始めたのだ。
心を許せる者だけでの生活は、幸せだった。
だが数年経った時、ついに居場所が割れ、サイラスは殺され、女性は国に連れ戻された。
そして彼女はかつてのように魔力を吸い取られ続け――数年も保たず、衰弱死してしまったのだ。
女性が存命中は召喚魔法が使えなかったが、彼女の死後、再び召喚魔法が使えるようになった。
そして代々の国王たちは異世界人を召喚し、森で保護し、魔力を搾取し、死亡したら次の異世界人を連れてきて――を繰り返した。
もうこれ以上魔力を蓄える必要がなくなっても貪欲に吸い取り続け、見栄を張るためだけに城を宙に浮かせ、次々に便利な道具を生み出していった。
「……でも、国王には誤算があったのです。サイラスを殺し、女性を連れ戻して安心していましたが……二人の間には、子どもが生まれていたのです」
セリーナの言葉に私は、ごくっと唾を呑んだ。
――父を殺され、母を奪われた子は、ただ一人生き残った弟子によって連れ出されて育てられた。
弟子は成長したその子に真実を伝え、子はいつか両親の敵を取り、魔力に溺れるこの世界を正そうと決意した。
サイラスはずっと、後悔していた。
自分が異世界人を召喚する方法を生み出さなければ、こんなことにはならなかった。
もしかすると戦争によって国は負けていたかもしれないが、少なくともこんな歪んだ国を作ることはなかったのだ、と。
子は、父の後悔と母の無念を晴らすべく、戦った。彼の死後は、彼の子どもたちが。さらにその子どもたちが先祖の意志と正しい歴史を受け継ぎ、国と戦ってきた。
だが、サイラスの子孫が存在していると知った国王たちも黙ってはいない。
二百年の中で幾人もの子孫たちが戦い、死んでいった。
「わたくしたちブラッドバーン家は、今でも残る数少ないサイラスの子孫の家系なのです。わたくしが生まれた頃にはもう少し親戚がいたそうですが……皆、国の制裁を受けました。我々は商会を発展させ、リベリアの要となることで国からの疑惑を逃れてきたのです」
「五十年くらい前には、森に現れた異世界の使者をいち早く保護できた家もあったそうなのー。使者が存命中は次の召喚ができないって言ったでしょ? だからその家の人たちは使者に事情を話して、とにかく長生きさせる方法を選んだの」
……つまり、私のようなパターンで保護された人が過去にもいたのだ。
国よりも先に使者を見つけ、養子入りするなどして守る。この国に馴染んで長生きすればするほど、国を弱体化できる。
「それは、うまくいったのですか?」
「……いいえ。保護するまでは順調だったのだけれど、その使者はとても繊細な方だったらしくて」
……その異世界人はおそらく宗教や生まれの関係で、異世界転移とか魔法とかが信じられなかったのだろう。
話を聞いても全く理解できず、泣きわめき、なだめようとしても聞き入れられず――ついに皆の隙を衝いて、自害してしまったそうだ。
そんなことが……あ、もしかして。
「皆が私に嘘をついたり歴史について後回しにしたりしたのは、そういう事例があったから……?」
「……はい。まずはこの世界に馴染み、わたくしたちのことを知ってもらって……もう大丈夫だろう、という頃になってから全てを明かすつもりでした」
「お義父様があなたと地方領主の結婚を願っていたのも、あなたを守るためよー。ミルズ領主とかも、大魔法使いサイラスの子孫なの。彼らは異世界人の事情を知っているから、あなたをお嫁に迎えることにも理解を示してくれる。領主夫人なら、夫以外に触れられないようにすることもできるからねー。あなたが国に気づかれることなく、天寿を全うできる道を選ばれたのよー」
……そういう、ことだったのか。
いきなりころっと拾われてきた異世界人である私が、あんなにトントン拍子に養女入りできたのも、皆が私を温かく迎えてくれたのも、全ては私を守り――その結果として、国の弱体化を狙うためだった。
養父は私の養女入りを「こちらにとっても都合がいい」みたいなように言っていたけれど、政略結婚の駒を増やせるというのはきっとその場しのぎの言い訳で、根幹にあったのは異世界人の保護と先祖の悲願の達成のためだったんだ。
……そういえば、まどろんでいる時に見た夢。
たくさんの人魂が天に昇っていく時に聞こえた、あの声は――
「……もしかして最初に召喚された人は、アヤという名前でしたか? 私と同じような黒髪黒目の女性で」
私が問うと、セリーナたちは驚いたように目を丸くした。
「あら……どうしてご存じなのですか? そのことは、口外しないことになっているのですが」
「……」
「ああ、いえ、無理に言わなくていいのですよ。……お姉様だって、色々考えることもおありでしょうし、無理はなさらないでください」
「そうよー。ああ、そういえばもうすぐお義父様たちが戻ってこられるのよねー。ずっとキーリに会いたがっていたから、元気に挨拶するためにも体を休めないとだめよー」
シャノンにも言われたので、私は今日のところは大人しくベッドに入った。
……異世界人と、サイラスの子孫と、召喚魔法。
色々な情報が頭の中でごちゃごちゃしているけど……でもきっと、これでたくさんの物事が解決する。
そう信じたかった。




