第37話
その後、私は無気力に過ごした。
本当はそこまで茫然自失しているわけじゃないけど、「周りを欺くためにも、これまでの調子を保つように」と王様に言われたからだ。
この世界には様々な魔法があるけど幸い、自白剤のような魔法や相手の心を見透かす魔法などは存在しない。だから、私がいつも通り振る舞っていれば、周りに私の意図がばれることはないのだ。
王様と色々相談はしたけれど結局のところ私がすべきなのは、「皆が助けに来るまで大人しく待つ」ことと「あまりにも派手に反抗しない」こと、そして……「力を求められた時には、協力する」ことだけだった。
力を求められる……それの詳しい意味は、教えてくれなかった。
でもきっと、私の体の中から溢れる魔力を誰かのために使え、ということなのだろうと想像は付いた。
あの感覚は気持ち悪いけど、これで色々終えられるのなら……自由になれるのなら、ちょっとくらい我慢する。そう決意したからね。
黒い女性たちは、いつも通り私の世話をしてくれた。
この人たちは敵だと認識していいのかな……と一瞬迷ったけど、「殲滅いたします」発言と、「いつか帰れます」と嘘をついたことを思い出したので、敵カテゴリーに振り分けた。
同じ嘘でも、彼らがつく嘘とブラッドバーン家の皆がつく嘘は全然違うと、今では分かる。
「結局のところ、私に味方してくれるような嘘なのか」で判断すると、家族たちの方に軍配が上がる。信じるべき相手も当然、ブラッドバーンの皆や王様だ。
例の白ローブ集団は毎日二回やって来て、あの水晶玉で私の魔力を測定していく。あれ、ぴりぴりするし不快だから本当に嫌だ。
白ローブ集団の態度も気にくわないし、大人しく検査をされてさっさとお帰りいただくようにしていた。
盛花祭から二日後の午後。
そろそろ測定の時間か、とけだるく思っていたら、ドアノッカーの音に続いてドアが開いた。そしてやって来た集団の中には一人だけ、白ローブではなく紺ローブの人間がいた。
「お初にお目に掛かります、使者様。ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます」
紺ローブはそう言って、おじぎをした。見た感じ五十代くらいのひげもじゃのおじさんで、なんとなく偉そうな感じがした。
「わたくしはリベリア王国の宰相を務めている者です。使者様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
あー、はいはいはいはい!
あなたが例の宰相ですね! お噂はかねがね!
彼については王様から色々……本当に色々聞いているけれど、私はあえて不安そうな態度を演じた。
すると宰相は私の様子に気をよくしたのか、私に微笑みかけた。
「使者様のおかげで、我が国は二百年間、繁栄を続けています。脈々と続くこの国の平穏のため、その尊いお力をお借りしたく存じます」
「……あの、私がちゃんとおつとめをしたら、本当に元の世界に帰れるんですよね?」
不安そうな声で問うてみると、宰相は一切の動揺を見せることなく頷いた。
「もちろんでございます。申し訳ないのですが、何年おつとめいただけばよいのかここで明言することはできかねますが……必ずや、元の世界に送り届けます」
本当に元の世界に戻れないのか、それは誰を信じるべきなのか分からない。
でも、既に私を騙しているこの人たちの言うことを信じるのは難しかった。
宰相は、魔力測定をする間もその場にいた。そして結果が書かれたボードを見ると、満足そうに頷く。
「素晴らしい。この回復量なら、今夜にでも二回目の儀式を行えそうですね。……おまえたち、一応陛下にも連絡を。駄々をこねられても面倒だからな」
駄々をこねるって……この人たちが王様のことを雑に扱っていると憤るべきなのか、王様が名俳優なのだと賞賛するべきなのか……。
とにかく、重要な情報を得られた。二度目の魔力吸引が行われるのは、今夜――つまり、うまくいけばその時、皆が私を助けに来てくれるのだ。王様にも伝えると言っているから、きっとブラッドバーン家にも伝わるだろう。
……助けに来てくれることは、とても嬉しい。もし、魔力吸引機を破壊するついでだとしても、十分すぎるくらいだ。
でも、どうか無理はしないでほしい。
「嫌だ、いーやーだー!」
「お静かになさってください、使者様」
駄々をこねたけれど、黒い女性の魔法であっさり四肢を拘束された私は、ふよふよと宙を浮きながら城を移動している。この移動方法にも慣れてしまったのが、我ながら虚しい。
地上一メートルほどのところを浮遊しながら儀式の間に向かう私は途中、貴族らしい人たちとすれ違った。
養父たちよりずっと豪奢な服を着た彼らは、情けない格好で連行される私を見ると恭しくおじぎをし、「使者様に感謝を」と挨拶をした。
……そういえば、この人たちは真実を知っているのだろうか。宰相たちは、今ふよふよ空中移動している女を搾取し、死ぬまで魔力を搾り取るのだと。
もしかしたらそういうことは何も知らずに、ただ魔力の恩恵に与っているのかもしれない。
……たとえそうだとしても、彼らが権力に溺れて民を虐げているというのは事実だろう。通り過ぎ様、「早くあのブラッドバーン家を始末してくれないだろうか……」「成金のくせに、汚らわしい……」とぼやく人もいたから、彼らもまた私の中で敵カテゴリーに入れておいた。
その成金のおかげで、ここまでリベリア王国は栄えたんじゃないのかっ!
さて、そのまま連行された先は、例の儀式の間。
ここに来るのは二度目で、一度目は半分気絶した状態で連れ込まれたから何がなんだか状態だったけど、今は閉ざされたドア越しにもはっきり、吐き気のするような気配を感じていた。
ドアの前にはいつもの白ローブ軍団が控えていたけれど、その中に今回も紺ローブが混じっていた。
彼は黒い女性から私を引き取ると、私の全身を調べるように手の平をかざしてきた。
「……緊張されているのですか、使者様? 妙に心臓の動きが速いようですが」
ぎくっとした。
心のうちを読み取る術はないと王様は言っていたけど、動悸とかは分かってしまうのか……。
でもここで狼狽えたら負けだ。
私はぷいっとそっぽを向き、ぼそぼそ言う。
「……あの部屋、気持ち悪いんですもの」
「それもじきに慣れます。……さあ、中へどうぞ」
宰相の合図で、ドアが開かれた。
とたん、青白い光が廊下にまで漏れてきて……既に気持ち悪くなって、ぐらついた体を白ローブの一人がさっと支えた。
……今回は大人しくしているからか、足に鎖をつけられずに済んだ。そして、ひとまず従順な態度を取り、ちゃんと自分の足で歩けそうだから魔法も掛けられていない。
いつ皆が来てくれるのかは分からないけど、いざという時に動けるようにしないと。
私は吐き気を堪えて自分の足で立ち、宰相について青白い部屋に足を踏み入れた。
部屋の中央に据えられた、でかい水晶。相変わらず内部では雲のようなものが渦巻いていて、近づくにつれて気持ち悪さとけだるさ、そして足元から這い上がってくるような、ぞくぞくとした恐怖が私の身を蝕む。
……この水晶も二百年間、ずっとここに在るのだろうか。
サイラスという魔法使いの代からずっと存在し、何人もの異世界人がこれに触れ、魔力を吸い取られてきたのか。
階段を上がる。
強烈なオーラを浴びてぐらっとしたけれど……倒れちゃだめだ。
「さあ、使者様。お手を」
白ローブが言う。前回はそっぽを向いたけど、王様も言っていたように、「反抗しない」ことも大切だ。今回は渋々ながら手を伸ばす。
指先が、水晶に近づく。気持ち悪さが頂点に達し、体が震える。
早く、早く来て。
気持ち悪い、怖い。触りたくない……。
「使者様」
はっとした。
私の手はまだ水晶に触れておらず、白ローブがちょっとイライラしたように促している。
……ここで足踏みしていたらそれこそ、魔法で拘束されてしまう。
早く、早く、と祈りながら私は手を伸ばし――水晶に触れた。
とたん、頭の中に光が弾けた。
前回のように即気絶はしなかったけれど、その分魔力を吸い取られる感覚がはっきり伝わってきて、いっそ失神したかったと後悔する。
痛い、気持ち悪い、怖い。
……それだけじゃない。
誰かが、泣いている。叫んでいる。もうやめてくれ、いっそ殺してくれ、とすすり泣いている。
金髪の人が、肌の浅黒い人が、私とそっくりの女の人が、痩せた男性が――たくさんの人の姿が浮かび、消えていく。
その人たちは皆、悲しい顔をしていた。
彼らの顔を見たとたん、えも言えぬ懐かしさと辛さが身に襲いかかってきた。
それは、セリーナたちに連れられて初めて空中王城を見た時の感覚に、似ていた。
皆は――もしかして……。




