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第35話

 盛花祭はつつがなく終わり、すっかり日も落ちた。


 夕方頃に目を覚ました私は窓ガラスに触れ、遠くに見える王都の町並みをぼんやりと見下ろしていた。

 このガラスには魔法が掛かっているようで、私の力では開けられないし、外から私の姿は見えないらしい。

 そもそもこの部屋は代々の異世界の使者が暮らす場所だったようで、まさに白くてきれいな監獄といったところだ。


 盛花祭……終わっちゃった。

 結局ザカライアから髪紐を受け取ることができなかったし、ユーインとの約束も守れなかった。


 というか、ザカライアはあの後どうなったんだろう?

 多分、何らかの方法で私が異世界人であることを知って、国に報告したんだろうけど……。


 ため息をついたところで、ずきっと頭が痛んだ。ずっと不規則な睡眠を取っているからか、しっかり寝ている割に体調は優れない。

 ソファで寝落ちする直前に白ローブたちの会話が聞こえた気がするけれど、それもうまく思い出せなかった。何か、物騒なことを言っていたと思うけど……。


 二日後に魔力が溜まるまで、監禁生活なのだろうか。ブラッドバーン家の皆は、大丈夫なのかな。

「殲滅する」と聞いて気が気でなかったけど、さっき来た黒い女性に聞いたところ、「……逃げられました」と悔しそうに語っていたので、内心すごくほっとした。

 もちろんここから助けてほしいけれど、無事なところにいてほしいという願いもある。


 そろそろ夕食の時間だろうか。そう思っていると、ドアノッカーの音に続いて勢いよくドアが開いた。

 この部屋に来る人は基本的に、ノッカーは鳴らしても私の了承を得ずにドアを開ける。それってマダムの教えによるとマナー違反なんだけど、私相手にマナーを大切にする必要もないんだろう。


 でも、今やってきた黒い女性は、焦った様子だった。

 てっきり夕食のワゴンと一緒に来るかと思いきや、手ぶらだ。何の用だろう。


「使者様。急なこととは存じますが、今夜、陛下のお部屋への参上命令が下りました」

「……は?」


 女性に言われ、私は間抜けな声を上げてしまう。

 えーっと……それってつまり、王様の部屋に来いってこと?


 確か今のリベリア王は、異世界人への理解はあるけど重鎮の言いなりになっていて、傀儡状態だったはずだ。

 まだ若い王様だけど政治的手腕もからっきしで、発言権もないって聞いたけど……。


「……王様が、何の用なの?」

「分からないのですか!? 陛下から使者様へ、夜伽のご命令です!」

「よとぎ?」


 セリーナが掛けてくれた翻訳魔法は、きちんと作動してくれている。

 だから「夜伽」とちゃんと頭の中で変換されたけど、あまり身に馴染みのない言葉だからすぐには意味が理解できなかった。


 えーっと、夜伽っていったら確か、男の人が寝室に女の人を呼んで――って、えええええ!?


「ちょっ、な、なんで、えっ!? 王様ってそういう趣味なの!?」


 もしここにユーインがいれば、「気にするのはそこですか」って突っ込まれそうだけど、あいにく黒い女性はそこまでの突っ込みスキルを身につけていなかったようだ。


 そしていつもの感触と共に、私の体が浮いた。そのままなすすべもなく向かう先は、洗面所。


「夜になってから支度をしたのでは間に合いません。すぐに御身を清めます!」

「えっ? マジで夜伽なの? というか、いや、待って、ここで脱がさないでーーー!」


 拒否権は、ありませんでした。












 異世界トリップしたら淑女教育を受けて魔力吸引され、王様に夜伽命令を下されました。

 なんだそりゃ。


 じっくり時間を掛けて体を磨かれた私はその後簡単な夕食を食べ、こってこてに着飾られて部屋を出た。

 いや、行きたくないと駄々をこねたから、魔法で部屋から追い出された、と言った方が正しいか。


 信じられない……信じられない……。

 飼い殺しにされて魔力を吸い取られるだけでもとんでもないのに、その上に夜伽?


 未経験の私に何をしろと? マグロってやつにしかならないよ? いいの?


 魔法で移動させられたようで、廊下を出たら一瞬で知らない場所に移動していた。そこは薄暗くて狭い部屋で、やっぱりここにも黒い女性がいた。


「お待ちしておりました、使者様。陛下も使者様のお越しを楽しみにしてらっしゃいます」

「うえぇ……」

「……夜伽の命令は下りましたが、ご安心ください。陛下は何も分かってらっしゃいません」

「……ん?」


 そりゃどういうことだ、と目線で問うと、黒い女性は少し視線を逸らした。


「……陛下のことは、幼児だと思って接してください。使者様が間違っても懐妊なさるようなことは、決して起きません。ただ、あの方の機嫌を損ねぬよう、無難に添い寝をなさってくださればいいのです」

「……」


 ……えっと、ちょっと、理解に苦しむんだけど?


 確かに今の王様は有能じゃないとは聞いていたけど……それって色々大丈夫なの?

 いや、本当の意味の夜伽じゃなくて添い寝だけならまあ、まだなんとかなりそうだけど。


 むしろ、王様は確か二十歳くらいだったはずだし、健康な成人男性がそれでいいの?

 あと、いくら傀儡でも王様に対する扱いが悪くない?


 でも相変わらず私に拒否権もちょっと待ってを言う権利もなく、部屋の奥のドアが開き、黒い女性が「行ってらっしゃいませ」と言うと同時に、私の体はすうっと奥の部屋に向かって飛んでいく。


 続きの部屋は、かなり広い寝室だった。相変わらずここも薄暗いけど、部屋の真ん中に馬鹿でかいベッドが据えられているのは分かる。

 ブラッドバーン家にある私の部屋と同じでベッドの周りは緞帳で覆われていて、中の様子は見えない。


 ……でも、私が床に着陸して魔法の拘束から解放されたと同時に、さっと緞帳が開いた。そしてその隙間から若い男性がひょっこり顔を覗かせると、私を見てはにかんだようだ。


「……あなたが、使者様ですか? こ、こんばんは。来てくれて、ありがとうございます」

「え、あ、はい、こんばんは?」


 あまりにも普通に夜の挨拶をされたから、私も挨拶を返してしまった。

 すると彼はふわっと笑い、私に向かって手招きした。


「使者様、こっちに来てください。僕、使者様がいらっしゃったって聞いて、わくわくしていたのです。今日は一緒に寝ましょう」


 お、おう……?

 これは本当に、いったいどういうことなんだ?


 命令に背くわけにもいかなくておずおずベッドに近づく。ベッドサイドに魔法の灯りが灯っていたので、それに照らされた青年の顔がぼんやり浮かび上がった。


 まるで人形のようにきれいな顔の男の子だった。うん、二十歳前後にしてはかなり幼い顔立ちで、顔も青白い。不健康というより、これまでほとんど太陽の下を歩いたことがないからだろう。


「……えっと、キーリ・ブラッドバーンです。陛下にお会いできたこと、嬉しく思います……」

「うん、よろしくね、キーリ。僕はナサニエルって言うんだ。だから陛下じゃなくて、ナサニエルって呼んでね」


 王様はにこにこして言うけど……ええっ、それってどうなの?


 こんなに頼りないけど、王様を友だちのように呼んでいいの? いや、でもこれも命令だとしたら、言われたとおりにしないとだめ?

 さっきの女性からも、機嫌を損ねないように、って言われているし……?


「……あー、はい。分かりました、ナサニエル」

「うん! ほら、一緒に寝ましょう! 僕、ずっとみんなにお願いしていたんだ。次の使者様とは仲よくしたい、お友だちになりたいって!」


 ……うーん、これって本当に、どうなんだろう? 王様なのにこんなに精神年齢が低いのはやっぱり、重鎮がこうなるように王様を教育したからなのか?

 リベリア王国の制度とか王家について詳しくないけど、傀儡政治目的とはいえすっごく歪んでいるよな……。


 とはいえ、寝間着の袖をぐいぐい引っ張ってくる力に抗うことはできない。というかこの寝間着、生地がすごく薄くてすぐに破れそうなんだ。デザインは可愛いけど、実用性は皆無だな。


 私をベッドに連れ込んだ王様はベッドサイドの灯りを消すと、ぎゅうっと私に抱きついてきた。

 精神年齢は小学生程度だろうけど体は立派な男のそれだから……く、苦しい。色々な意味で。


「えへへ……使者様と、一緒。使者様は、宰相たちみたいに怖いことを言わないよね?」

「え、あ、はい。その、私も陛……ナサニエルとは、仲よくやりたいです、はい」

「本当!? えへへ、ありがとう!」


 無邪気に言うと、王様はいよいよ私にしっかりと抱きついてきた。

 うっ……振り払うわけにはいかないし、彼に悪気はないと分かっているけど……き、きつい。


 こんな口調だけど、彼は成人男性だ。我慢我慢、と言い聞かせているけど体は緊張でガチガチだし……恋人でもない男の人に抱きしめられていると思うと、王様には悪いけれど本能的に危険を感じる。

 ユーインが聞いたら、なんて言うだろうか……。


 ……こんな時でも、考えるのはユーインのことだ。

 本当に……私はいつの間に、こんなに彼を意識してしまうようになったんだろう。


 こんな……彼のことが好きだ、という想いを抱いても、意味はないのに。

 ユーインならあからさまに嫌そうな顔はしないだろうけど、勘違いも甚だしいと思われるに決まっている。


 ぎゅ、と王様の手が私の寝間着を握りしめた。


「……ねえ、キーリ。寝る前に、いいことを教えてあげる」

「……何でしょうか」

「私は基本的に、普段の行動を常に監視されている。だが今は私の協力者の助力で、この閨の周辺だけは盗み聞きができないようにされている。そもそも連中は、私が何も分からぬ童子だと思っている。長年、愚王のふりをした甲斐があったというものだ」

「……」


 ……今、幻聴が聞こえた?

 精神年齢小学生程度(推定)の王様が、やけに流暢に言葉を喋った気がするんだけど?

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